19.セピアの写真 -百花-
11月3日。
唯香と一緒に出掛けた雪貴君のピアノコンクール。
その日の夕方、お墓参りに出かけた私は
残酷な真実を知った。
私の最大のライバルは、
大好きな理佳お姉ちゃん。
ずっと託実を追いかけて、
託実が想っている大切な人に嫉妬してた醜い私。
最初から手に届かないと知りながらも、
託実が天界から、下界に降りてきてくれるから
その夢の中に溺れ続けた。
そんな甘い生活がピリオドを告げたあの夜。
あの日から私の時間は凍り付いたように固まった。
お墓から逃げ出すように駐車場へと向かい、
車を発進させた私は、
満永の自宅へと車を走らせていた。
満永の自宅なんて、
遠い昔に私の居場所ではなくなったはず……。
合鍵なんて持ってないから、
遅い時間にも関わらず、
私は玄関のチャイムを鳴らす。
「はーい」
スピーカー越しに聞こえてくるのは、
お母さんの声。
「モモです」
何も言葉に出来なくて、
ようやく紡げたのは名前。
「百花?
お父さん、百花が帰って来てるわ」
そんな声が聞こえた後、
すぐに玄関の扉が開く。
「百花、どうしたの?
こんな時間に……」
駆け寄ってくるお母さん。
「百花、こんなに体を冷やして。
早く家の中に入りなさい」
支えられるように満永の家へと入った私は、
そのままストーブの前へと座らされた。
「百花、ホットミルクいれたわ。
少し体が温まるでしょう?」
そうやってお母さんが、私の傍のテーブルへと
マグカップを置いた。
そのマグカップには、【Momoka】とアルファベッドで
名前が綴られている。
「何があったか知らないけど、
お祖父ちゃんには電話しておくわ。
百花が好きなだけ、この家に居なさい。
今はお父さんも、お母さんも何も聞かない。
落ち着いたら話してちょうだい。
百花の部屋もずっとあるのよ。
お父さんに案内して貰って」
そう言ってお母さんは、
何処か別の部屋へと移動していく。
実家に帰ってきたはずなのに、
自宅のような気がしないのは、
この家で住んでた記憶があまりに乏しいから。
そんなことを思いなから、
私はホットミルクをゆっくりと飲み干していく。
「百花、少し温まったか?
百花の部屋に案内しよう」
そう言ってお父さんは、私をゆっくりと立ち上がらせると
二階へと誘導していく。
二階にある4つの扉。
「百花、トイレは右奥のドア。
階段あがって、正面の部屋が理佳。
その隣が、お父さんとお母さんの寝室。
その隣が、百花の部屋だよ。
何か足りないものがあれば、すぐに言いなさい。
今日はゆっくりと休むといいよ」
慣れない両親の優しさが、
心に痛みを感じる。
こうやって両親が私に優しくしてくれるのも、
お姉ちゃんが天国に旅立ってしまったから?
幼い時の記憶の両親は、
いつもお姉ちゃんにばかりかかりきりで、
私はいつも、お祖父ちゃんとお祖母ちゃんに
預けられっぱなしだった。
ドアを開けて入った私の部屋は、
私の部屋と言う実感は何一つないけど、
それでもベッドやクローゼット、そしてテーブル。
クローゼットを開くと、
一通りのランジェリーや洋服がつるされてる。
そんな部屋の洋服たちを見つめると、
私の好みかどうかは別として、
私の存在が受け入れられているのは実感できる。
その日……眠れなくなる自分自身を自覚して、
意識を手放すように、市販の睡眠薬を口に含んだ。
翌日、まだ残る薬の副作用。
気怠さと疲労感が私を包み込む。
「百花、起きた?
お祖父ちゃんの画廊に仕事に行かなくていいの?」
そう言いながら入り込んでくるお母さん。
「ごめん……今日は無理みたい。
体が動かない……」
ようやくの思いでそれだけ告げると、
再び私はベッドに体を預けた。
次に起きた時、お祖父ちゃんに携帯から連絡して
暫く休ませてほしいと伝える。
*
私が好きな託実は、
お姉ちゃんの恋人でした。
*
社会人としては甘えてるって言うのはわかってる。
だけど……今の私は、
何をする気にもなれないから。
満永の私の部屋に引き籠って、
カーテンも閉め切って、ベッドで眠りを貪る。
そして両親が出かけて居なくなったら、
私は……ふらふらと、
お姉ちゃんの部屋と教えられたその場所に彷徨う。
お姉ちゃんの部屋と教えられたその場所には、
私の知らないお姉ちゃんの病室での写真が
コルクボードや写真縦に収められていた。
グランドピアノの譜面立てところに飾られているのは、
病院のピアノを演奏しているお姉ちゃん。
コルクボードに飾られている写真は、
あっ……この人、夏に唯香を最初に助けてくれた人……。
記憶を掠める顔を見つけて、
その写真立てに手を伸ばしてフレームから取り出す。
*
20××年4月
理佳の病室にて。
主治医の亀城宗成先生と
*
亀城?
この苗字って……託実と同じ……。
ふいに玄関の扉がカチャリと開く。
「ただいまー。百花?」
私の名を呼びながらあがってくるお母さんは、
開けっ放しになってる、お姉ちゃんの部屋へと姿を見せた。
「百花、理佳の部屋に居たのね」
あらっ、懐かしい写真。
そう言いながら私の手から、
お姉ちゃんと、亀城先生の写る写真をスルリと抜き取って
フレームの中へとおさめた。
「この写真はね、理佳の主治医の先生と一緒に、
あの子の誕生日に撮影したものよ。
最初の先生には、そんなに生きられないって告知されてたのに
理佳はちゃんと頑張ってくれてた。
そんな理佳の記念日に撮影した写真。
この年から、
理佳は少しずついろんな顔を見せてくれるようになったのよ。
宗成先生の息子さんが、理佳の病室に同室してきて……
確か、託実君って言ったかしら?」
……託実……。
それだけは聞きたくなかった。
どれだけ事実だと知っていても、
核心に迫りたくなかった。
「ごめん。
出掛けてくる……」
泣いてる顔を見られたくなくて、
お母さんを振り切るように、
鞄だけを掴んで玄関から飛び出す。
愛車に乗って彷徨う街中。
商店街をブラブラとぶらついて、
ふと視線を向けた電気屋の巨大テレビ。
*
映し出された寺院。
真っ黒な服に身を包んで、
ズラリと出来た行列。
AnsyalのTaka急逝
●●寺より生中継
っと遠慮気に綴られた字幕。
『ファンの皆さん、大勢集まっていますね。
長谷川さん、この列は何処まで続いているんでしょうか?』
『えぇ、この行列は最後尾が見えないほどファンの列が続いています。
昨夜のAnsyalの、二人のTakaの公表以来、
ファンの方にもパニックした様子が見られています。
私が朝、8時頃に話しを聞いた方の中には
いてもたっても溜まらなくなって、
夜行バスに飛び乗って上京されたのだと答えてくれたファンの方。
気が付いたら、此処に友達と居たと
答えてくださったファンの方がいらっしゃいました』
『今も続々と、AnsyalのTakaを慕って訪れるファンの列。
SHADEの佐喜嶋怜の告別式の日を連想させます。
さて、セレモニーホール側はいかかでしょうか?』
『はいっ。
こちら、AnsyalのTakaさんの
告別式が行われている会場前です。
ファンの献花の列は、今もたえることがありません。
ファンの一人一人は、
今も事務所サイドより準備された一輪の花を
関係者から受け取っては
中央祭壇に献花が行われています。
建物の内部では、先ほどTakaさんを
送り出すAnsyalの演奏が終わった頃です。
この後、最後のお別れをして出棺となる予定です』
TVの中の映像は、
別次元であまりにも遠すぎて。
映像は引き続き、先日の記者会見の映像へと切り返される。
喪服に身を包んで、
疲れた表情で、マイクに向かって淡々と話す託実。
今後のAnsyalの活動。
二人のTakaの話。
……どうして……。
自らの心を完全に置き去りにしたように
話し続ける託実の目には何も映し出していないように思えて。
それと同時に、脳裏に親友の唯香を思い出す。
AnsyalのTakaが急逝って。
唯香……。
慌てて唯香の携帯へと電話をかけるものの
唯香とも連絡がつく気配がない。
会場は?
私も行かなきゃっ。
そのままTVに映し出されていたお寺へと、
車を走らせる。
だけど会場周辺は警察官や、
警備員が一メートル置き位に配置されて
近づくことも出来ない。
託実に……一目会いたい……。
そう思うものの、
その願いは叶うはずがなかった。
託実は有名人。
ただのファンでしかない私が
立ち入ることなんて許されない存在……。
そのまま献花列に並ぶことも出来ず、
私は促されるままに、
車を運転しながら会場を後にした。
その後も、何度も何度も唯香の電話を呼び続けるも、
唯香が電話に出る形跡はない。
家まで行ってみるものの、
帰ってる形跡すら存在しなかった。
そのまま新年を迎え、
私は益々、家の中に閉じこもった。
お祖父ちゃんの画廊も、
これ以上迷惑かけるのが嫌で退職。
ただマンションに帰宅して、
この家へと持ち帰ってきた、描きかけのキャンパスを
じっと見つめながら、筆を取り続ける。
自分の夢と思いを塗りこんで
託し続けている絵のはずなのに、
自分自身がこの絵を見ても何も揺れない。
届かない。
ときめかない。
ただキャンパスに
描かれた星空。
その星空に
伸ばし続ける手。
だけど……その絵はそこにあるだけで、
希望も光も存在しない。
ただその絵が伝えるものは
「苦しみ」のみ。
光ではなく……闇。
そんな絵が
描きたいわけじゃない。
描きかけのキャンパスに
カッタ-ナイフで傷つけて
そのまま、キャンパスを倒すと
真っ黒な絵の具をその上から零した。
『誰もお前を受け入れてはくれないよ』
そんな囁きだけがもがき続ける私に
降り注いでくるみたいで。
このまま私は此処で。
ネガティブな感情だけが
私の中で大きくなっていく。
負の感情だけに支配されて
飲み込まれてしまいそうになる
そんな恐怖だけが何度も何度も自分を包み込む。
託実と出会ってそんな心の恐怖に
脅かされることなんてなくなってたのに。
そんな闇の時間を生息しながら、
時間だけが一月、また一月と過ぎていった。
三月に鳴りはじめる頃、
流石に今まで何も言わずに好きにさせてくれていた両親も
本格的に干渉を始め出す。
そんな干渉が凄く煩わしかった。
「百花、入るわよ」
閉ざした扉の向こう。
お母さんの声が広がる。
「百花、貴女……亀城くんと付き合っていたのね。
お母さん、お祖父ちゃんに話しを聞いて、
百花が塞いでた理由がわかったわ。
百花、今も託実さんが好きなんでしょ?
理佳と同じ人を愛してもいいじゃない?
生きているのは百花、貴女なのよ。
お祖父ちゃんが連絡くれたわ。
今日も託実さん、画廊に顔を出したって。
時間を見つけて、何度も何度も貴女に会いたくて
足を運んでくださってるみたいよ」
お母さんの声が聴覚を素通りしていく。
託実が私に逢いに来てくれてる。
それは凄く嬉しいけど、
あんなに大好きなAnsyalのサウンドも
今は何故か届かない。
そんな私が、
託実に逢う資格なんてあるわけないじゃない。
「ほっといてよ。
今は一人にして、今までも散々放ってきたくせに、
今更、母親ずらしないで」
全身の拒絶。
言葉の暴力。
そうとは自覚しても発せずにはいられない憤り。
今の私みたいだよ。
醜すぎて。
自分の部屋から飛び出して駆け込んだのは、
お姉ちゃんの部屋。
主のいない部屋で、
お姉ちゃんのベッドに突っ伏して声を殺す。
ふと……視線を向けた先には
セピアに色褪せたお姉ちゃんの写真。
純粋な笑みを浮かべ続けて微笑み続ける写真の中の
お姉ちゃんは天使みたいに綺麗で、
その度に……私自身の醜さを自覚させられて。
お姉ちゃんのところに行かなきゃ。
お姉ちゃんに逢いたい……。
ただそんな思いに急きたてられて、
私は自分の部屋で服を着替えると、
鞄を持って、玄関の方へと向かった。
「百花?
貴女、そんなかっこうして何処行くの?」
「病院」
病院なんて行く気ない。
ただ……居場所を喪失した私は、
もうどうしていいかわからないから。
「そう。
なら……お母さんも……」
「いいよっ。来なくて。
それに……向こうで、
唯香と合流するの決まってるから」
何言ってんだろ。
嘘に嘘を塗り重ねて。
唯香なんて……ここ暫く、
連絡すら取れてないのに。
逃げだすように玄関から出ると、
寒空の下、コートの中で震えながら
走らせる車。
闇雲に街の中を走らせて続けて
最後に辿り着いた場所はお姉ちゃんが眠る場所。
玉砂利を踏みしめて境内の奥の坂道を
ゆっくりと降りていく。
綺麗に整備された墓地の一角
静かに姿を見せるお姉ちゃんのお墓。
揺れる指先には墓石の冷たく硬い感触が
伝わるだけで。
墓地の掃除をするわけもなく、
ただお姉ちゃんのお墓の前に腰を下ろして
ボーっと、見つめ続ける。
鞄の中から取り出した手帳に
挟まれた写真。
そこには、まだ幼い時間のままの理佳姉が
無邪気に笑ってた。
そう……写真の中のお姉ちゃんは
妹みたいに……小さくて。
お姉ちゃん……。
「何で……何で……
お姉ちゃんばっかり……」
涙腺が崩壊し流れ続ける涙は
せき止めるものも
何もなくて地面を濡らしていく。
「なんで?どうして?
いっつも、酷いよ。
ずるいよ。
私が欲しいものばっかり
ずっと手に入れて」
手に入れてさ……。
「託実は……託実は私の光なんだよ」
そう。
託実は私の光。
託実が居たから、託実が音楽を通して
Ansyalとして私を支えてくれたから
今の私は、この世界にしがみ付いていられるの。
「託実は私の光なの……。
ただ……病気って言葉に縛られて
ベッドの上で、いつも前を向こうとしなかった。
お姉ちゃん……なんて、
病気の自分に溺れてただけじゃない?
そうやって、逃げてただけじゃない。
独り占めにして」
……独り占めにして……。
ずっと……ずっと寂しかった。
寂しかったの。
そんな……
「そんな……私の気持ちなんて何一つ届かない。
ただ……」
ただただ私も愛して欲しかっただけ。
幼い私の願いは一つだけ。
「私も見て欲しかったの……。
ただ……簡単なそれだけだったのに。
そんな夢も適わなかった。
憎みたいんじゃない。
お姉ちゃんを恨み続ける私なんて大嫌い。
だから自分の意思で願掛けして、
お姉ちゃんにお父さんたちをプレゼントしようって。
もう私自身が傷つかなくていいように。
そうでもしないと私が壊れちゃう。
私が崩れちゃう。
そんな暗闇ばかりの時間に、
Ansyalだけが優しかったんだよ」
そう……あの日……。
Ansyalのサウンドが
星空の下に羽根となって降り注いだ
野外LIVEで。
あれ以来……私は託実が好きで
託実を追いかけて……託実の夢を見続けた。
適わない夢でも良かった。
夢って言葉に浸れるだけで人として空っぽの自分を
満たすことが出来たから。
それが例え、偽りのものだとしても。
「託実は……託実は優しかったの……。
私の暗闇……
託実だけが光なの。
唯一の……だから……」
だから……託実を返して……。
託実の心まで、
そっちに連れて行かないで。
お願いだから。
託実だけは……私が手を伸ばしたら
触れられる場所に居て欲しいの。
居て欲しいの。
「だから……理佳姉、
私から託実を奪い取らないでっ!!」
叫び続ける私の体を
背後から抱きしめる腕。
いやっ。
触らないでっ!!
もう……誰も触れないで。
私が……壊れてしまうから。
腕の中、もかきながら体が激しく痙攣して
固まっていくのを感じる。
息が出来なくなる。
その直後……、鈍い痛みと共に
あたりが真っ暗になって体が崩れ落ちていくのを感じた。
……託実……
今の暗闇から助け出して……。
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