12.話し合う時間 -託実-
画廊を訪ねた夕方、
初顔合わせの、蒔田如月こと狭霧との対面を終える。
羚さんと俺、宝珠姉に暁鈴・美加と顔を連ねたスタジオで、
その少女は堂々と自分の歌を歌って見せた。
「有難うございます」
一曲歌い終わった後、彼女はゆっくりとお辞儀をする。
「なら後は羚。
彼女にうちのボイトレの講師陣を紹介して。
デビューまでにはまだまだ歌い方の癖を矯正していかないと、
長くは持たないもの」
堂々と歌いこなしていたように思えた蒔田に対して、
宝珠姉の評価は俺とは違うらしく、
羚もそれに同意するように一礼して彼女をスタジオから連れ出した。
「暁鈴、アナタも今は羚と一緒に行動を。
私が出掛ける時には声をかけるわ」
そう言って、シークレットサービスに別の仕事を言いつけると
ゆっくりと俺に宝珠姉が向き直った。
「託実、貴方は会長室へ」
言われるままに宝珠姉の後をついて、
最上階の会長室へと入る。
その部屋には、裕兄さんと高臣会長
そして実夜の姿が確認できた。
「託実、悪いけど香港でのこと
たった今、報告させて貰ったわ。
本当はあぁは言ったけど、話す予定なんてなかった。
だけど……貴方が今日、
あの喜多川百花が働く職場に入っていくのを確認したから。
私……あの時、言ったわよね。
隆雪が大切にしてるAnsyalを貶めないでって。
隆雪の一番の親友である託実が、
こんな時に何してるの。
ふざけないでっ!!」
俺の姿を捉えた途端、実夜は冷静な口調から段々と取り乱すように
怒鳴り散らして、最後は過呼吸に近い状態で発狂していく。
そんな罵声を俺はただ黙って聞いていることしか出来なくて、
動けなくなっている俺の傍、裕兄さんが何かをしてる気配だけは感じて取れた。
「託実、貴方は此処に座りなさい。
美加、悪いけど実夜を奥のソファーで休ませて来て」
宝珠姉が言うままに、俺の後に続いて入室していたであろう美加は
実夜を抱きかかえるように奥の部屋へと連れていき、
ゆっくりと戻ってきた。
美加が帰ってきたところで、
テーブルを取り囲むようにそれぞれのソファーに着席してるメンツ。
「託実、怒っているとかそう言うことじゃないの。
託実が誰かを好きになるっていうなら、
それは誰も反対なんて出来ないわ。
此処に居るメンバーは、
貴方と理佳ちゃんが過ごした時間を知るものしかいないもの。
貴方が新しい時間を動き出したいと望むなら、
私は託実を全力で守るわ。
そうやって高臣さまとも話をしたの。
それに……裕お兄様や、此処にはいないけど裕真とも。
だから託実の気持ちを聞かせてちょぅだい」
そう言って切り出された話し合い。
「託実、託実が彼女に惹かれたのは何時?」
「彼女がLIVEハウスに来てくれる頃から、
よく目が行ってた。
特に意識するようになったのは今年になってから」
「そう。
今年になってから、特に意識するようになったきっかけは何?」
裕兄さんにそう問われた途端、
思わず言葉に詰まる。
『……彼女の姿が理佳と重なったから……』
そうやって浮かび上がった言葉を飲み込んで
俺は黙る。
「託実が言いにくそうだから私が答えようか……。
彼女、喜多川百花さんが満永理佳さんに面差しが良く似ているから。
託実が惹かれる理由はそれじゃないのかな?
先日、彼女の友達が病院に入院した時に一度だけ会話を交わしたけど、
その時に私も驚いたよ。
彼女が見せる表情のところどころに、理佳ちゃんの面影が感じられたから。
それは……宗成叔父さん。
託実のお父さんも感じたみたいだった。
そうやって叔父さんが裕真に話したそうだよ」
突きつけるられるように、見透かされるように告げられた言葉に
俺は息苦しさを覚える。
「託実を追い詰めるつもりじゃないし、責めるつもりもない。
それは今しがた、宝珠が話した通りだよ。
ほらっ、ゆっくりと息を吐き出すと、自然と空気が吸えるよ」
何時の間にかソファーから立ち上がって、
俺の傍で……誘導するようにゆっくりと呼吸をはじめる裕兄さん。
暫くの時間の後、息苦しさから解放されると
高臣社長が、自家製のハーブティーをテーブルへと置く。
ティーカップに手を伸ばして、
一息つくと、俺は自由になった呼吸でゆっくりと深呼吸を一つ続けた。
「裕兄さんの言うとおりだよ。
最初は、ただ彼女に目が行ってばかりだった。
六月、母さんの紹介で立ち寄った画廊に
彼女が働いてた。
彼女が描いた絵を購入して、隆雪の病室に飾った。
次に会ったのは、香港のファンクラブ旅行。
百花ちゃんを意識して会うようになればなるほど、
理佳と重なることが多くなって、
理佳に対する罪悪感が消えることはなかった。
だけど彼女が気になる俺自身も止められないんだ。
Ansyalが隆雪の大切な夢だってことは知ってる。
俺にとってもAnsyalは大切な存在だから。
だけど……俺は、
Ansyalの託実でしか存在することは許されないのか?
ずっとAnsyalの託実だった。
Ansyalの託実であり続けた俺が、
今、兄さんや姉さんたちの前以外で、
唯一Ansyalの仮面を外せる存在。
彼女が今の俺にとって、そんな存在であることは事実なんだ」
そう……。
どれだけ目を反らそうとしても、
気が付いたら彼女を追いかけてる。
彼女の気が惹きたくて、
彼女に少しでも関わっていたくて
今日みたいに、忘れ物を自分で届けてる。
多分……彼女が今の俺の暗闇から連れ出してくれる
そんな存在だから、こんなにも彼女が気になって仕方ないのかもしれない。
そんな風にも思えた。
「わかったわ。
託実……貴方の気持ちは良く伝わった。
そうね、事務所の責任者としての私からは
マスコミには注意を。
念のため、私と高臣様の持つ悧羅のパイプをフルに活用して
報道規制をしようと思うわ。
十夜にも話しを通しておきましょう。
今日もロサンゼルスで心配してたわよ。
ちゃんと連絡入れておきなさい」
宝珠姉はそう言うと、高臣さんと視線を合わせた。
「託実、今の託実には時間が必要なようだね。
ずっと止まり続けていた時計の針が、
ようやく動き出そうとしてる。
ゆっくりと自分の心と向き合ってみるといいよ」
裕兄さんはそう言うと、
ジャケットのポケットから一つのカードを取り出す。
「これは裕真から預かってきたもの。
最上階の部屋の鍵。
彼女と過ごすのに使うといいよ」
裕兄さんから、裕真兄さんが預かっている
伊舎堂グループ内のアメジストホテルのカードキーを受け取ると
俺はポケットの中へと突っ込んだ。
「こっちは私から。
彼女と一緒に、ラウンジに出掛けるもよし
展望台のレストランで食事をするのも良し」
親族と言えども、御前と呼ばれる伊舎堂の前会長に認められたものしか
贈られることのない大切なアメジストの填め込まれた百合のピンバッジを俺に手渡す。
「託実もこのピンバッジの効力は知っていると思う。
それを持っている限り、彼女にも託実にも危害を加えようとする者は居ない。
それを持つ者に危害を加えることがどういう事か酷く知られているからね」
そう言いながら裕兄さんは、
そのバッジを俺のジャケットに留めた。
かなりのお膳立てにびっくりしながらも、
兄さんたちがバックに居るって言うだけで、
Ansyalにも隆雪にも、メンバーにも迷惑かけずに
公認で彼女と会えることの方に、何よりも嬉しさを感じた。
その夜、スタジオでベースを鳴らす俺のスマホが着信を告げる。
見知らぬ電話番号。
だけどその番号は、百花ちゃんかも知れなくて
ベースを演奏する手を停めてすぐに電話に出た。
「もしもし、亀城です」
「夜分にすいません。
喜多川と申します。
託実さんの携帯電話でしょうか?」
そう問いかける彼女の声に、
俺自身の鼓動が高鳴る。
「百花ちゃん、電話有難う。
仕事、終わったの?」
仕事モードの俺ではなく、
少し力を抜いてリラックスした口調で答える。
「はいっ。
えっと……今仕事終わって、お祖父ちゃんから
託実さんのくれたお届け物全部頂きました。
後……電話番号も。
こんな大切なもの、私に教えちゃっていんですか?」
「構わないよ。
俺が百花ちゃんには知っていてほしかったから」
そう……俺が君のことが気になるから。
少しでも君に繋がっていたいから
あのメモ帳に書き残した。
「良かった……」
そう言って紡ぐ彼女の声は震えて、
受話器越しに彼女が泣いてるのが感じて取れた。
そんな彼女をギュッと抱きしめたい衝動に駆られる。
「良かった……。すいません、ヒック……
嬉しいはずなのに……ヒック、涙が……」
泣きながら言葉を続ける彼女。
そんな彼女とその後も電話で会話を楽しんで、
9月25日の夜の約束を取り付けた。
夕方、彼女が仕事を終えるころ
俺が彼女を迎えに画廊に行く。
確実に動き始めようとする世界と、
今も時間を止めようとする俺の心。
2つの心が今も鬩ぎ【せめぎ】あいつづける。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます