第3話 計画停電

 生徒会会議室は一〇〇人程度なら収容できる大部屋で毎月生徒会はそこで定例会議を行っている。前面には巨大な黒板と脇の方に講演台が、それをどこからでも見えるように扇形かつ階段状に机と椅子が設置されていた。また、議論の妨げを防ぐために部長級以上は必須参加だが課長級は任意、それら以外は基本的に参加禁止というのが慶雲女学園生徒会の伝統的なルールとなっていた。

 定例報告は特に何事も無く粛々と進み、議長が発言した。

「はい、ありがとうございます。続いて意見・提案ですが、今月分はありますか?」

 その言葉を聞いて、俯きながらおずおずと宮司が手を挙げた。

「あ、じゃあそこの地域貢献部の方、発言してください」

「はい......」

 俯きながら宮司は立ち上がり、発言した。

「課長の宮司です。あの、土日に計画停電を行うのはいかがでしょうか......」

 議長が訝しげな表情になった。

「それはどういう背景からでしょうか?」

「はい、学園付近の商店街や中小企業の方にも地球温暖化やSDGsの考えが広まりつつあります。そこで土日だけでも計画停電し、学園も環境に配慮していることをアピールすることで、地域と学園との連携をさらに強め――」

「アピールがどう利益に繋がるんですか」

「え?」

「暇な地域貢献部と違ってこっちは貴重な時間を割いているんだから、もう少しマシな意見を出してくださいよ!」

 辛辣な意見をぶつけられ宮司は苦笑いしながらも少し涙が出てきてしまったが、同時に普段の地域貢献部の活動内容を客観的に考えれば仕方ないという諦めもあった。何も言い返せない宮司は、日々のストレスのサンドバッグと化していた。非難されている部下の目の前に座る今川は腕を組んで、自分には一切関係ないと言わんばかりに明後日の方向を向いていた。

「はいはい、お静かに。発言中の勝手な意見は慎んでください。宮司さん続きをどうぞ」

 くすぶった炎が燃え広がらないうちに、議長によって速やかに会議の秩序が取り戻された。

 宮司はさり気なく親指で目元の涙を拭い、続きを述べた。

「あ、はい......電気代を節約することで、経費削減にも繋がると考え、提案、させていただきました......」

 途中イレギュラーはあったが、なんとか練習通りに宮司は意見を述べた。最後は消え入りそうな弱弱しい声だったが。

 宮司はこのまま可決して終わることを願いながら音も立てず静かに座った。

 しかし一人、長く滑らかな黒髪の女性が手を挙げた。二年生で、生徒会技術開発部の千正 朱熹せんしょう しゅきである。彼女も課長なので任意参加なのだが、毎回定例報告会に出席していた。

 古代の名工が大理石の塊から彫りだしたような白色の均整の取れた顔は、それとはアンバランスに取り付けられた黒色の双眸を真っ直ぐ議長の方へ向けており、気圧されるように議長は千正を当てた。

「生徒会技術開発部の千正です。私は宮司さんの意見に反対です。停電するということは、情報技術部の通販サイトや、自動車部による自動シャトルバスなど、あらゆるインフラがストップするということです。例え休日である土日でも、停電は危険だと思います」

 まるで人生経験豊富な新進気鋭の起業家を思わせるような、堂々と自信に満ち溢れた声が会議室内に響いた。

 この声だけで宮司は反論する気が失せていたが、ここで逃げてしまうと後輩たちの努力が全て水の泡に帰すため、なんとか再び手を挙げた。

「お、では地域貢献部の......えっと、宮司さん、反論お願いします」

「はい、一応事前に調べたのですが、通販サイトでの購入金額は土日がダントツで低く、シャトルバスも利用率は平日の平均利用数に対して一〇%程度しか利用されていません。他のサービスについても同様です。なので計画停電しても問題ないかと思います」

「いえ、例え利用率が低くてもサービスの停止と再稼働を繰り返せば――」

 宮司の発言に対し、今度は手も挙げず千正が立って発言した。

 千正が発言している途中で、議長が「また始まったか」と言いたげな呆れ顔になった。

「あー、千正さん、いつも言っているように発言は手を挙げてから発言してください。宮司さんのご意見はよく分かりました。多数決で決めましょう」

「ぐっ......」

 千正の意見は議長によって遮られ、千正は大人しく座った。それから少し時間が経ち、技術開発部以外は賛成だったため土日の計画停電が可決された。

 定例会議終了直後、自分の仕事を完遂した宮司は逃げるようにしてオフィスへ戻って行った。


「あの無能どもめっ!」

 定例会議終了後、千正は自身の課長室のソファに座っていた。本来、個室が与えられるのは部長級以上なのだが千正の功績があまりに大きすぎるため、特別に専用の個室が与えられていた。ただこれは表向きの理由で、実際のところは新進気鋭の彼女を危険視している者が技術開発部に何名かおり、彼女を隔離するために技術開発部の余っていた部屋を用意したという背景があった。

「落ち着いてください、千正さん。みなさん、成果を残している千正さんに嫉妬しているのです。計画停電が賛成多数だったのは、ただのつまらない嫌がらせです」

 千正に冷静さを取り戻すよう述べた目の前の女性の名は半那 楓子はんな ふうこ。身長一八〇cm越えの長身で、学生服の上からでも分かるほどすらりとした体躯、髪は黒色の中性的なショートボブ、そして危うく男性と見間違えかねないほどの中性的な顔の持ち主なのでよく成人に間違えられるが、彼女は千正と同じくまだ高校二年生の一六歳である。

「そんなつまらない嫌がらせをする連中が上にいるというのが腹立たしいわ!」

 化学性の火災のように純粋に水を掛けただけでは千正の怒りが収まらないと判断し、半那は話題を変えた。

「しかし、なぜ地域貢献部の課長は突然、計画停電を提案したのでしょうか」

「......SDGsがどうのこうのとか経費削減とか言ってたけど、土日に計画停電したところで電気代の節約費は微々たるものだし、そもそも地域貢献部とは一切関係ない......。稼ぎ頭の技術開発部に対する、嫌がらせかしら?」

「少し、疑心暗鬼になっていますね」

「逆に疑心暗鬼にならないと、周りの連中に潰されるわ。......あなたさえ味方でいてくれれば、それでいい」

 半那は照れ笑いと若干の困惑が混じった複雑な面持ちになった。幸いにして後者の感情は千正には見抜かれなかった。

「まあ、仕事をしているアピールで意見を述べただけかもしれません。ここは様子見ですね」

「えぇ、そうね」

 しかし、計画停電の目的が決して仕事をしているアピールではなかったことを、二人は三か月後に気付かされることとなった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る