第五節:精霊たちのささやき

 その日、我が家の“物置”が――世界地図から外れた魔境へと変貌した。


 


 きっかけは父・和也のひとことだった。


 「地下に作業スペースでもあれば、魔法の道具作りもはかどるんだけどなぁ……」


 それを聞いたフェルが、なにげなく返した。


 「……あ、それくらいなら、空間を“掘る”魔法、教えられますよ?」


 「え?」


 「え?」


 「いやいやいや、軽すぎない!? 空間掘るってなに!?」


 美月のツッコミもむなしく、フェルは微笑みながら手をかざす。


 「“精霊界式・基礎掘削術”です。風と土の精霊にお願いして、ちょっとだけ空間を押し広げるんです。

 ただし、耐震設計と音の漏れは保証外なので、ご家庭の責任で――」


 「そこ重要!!」


 


 しかし、和也は完全に目を輝かせていた。


 「おおお……これが……精霊式DIYの力……!」


 その日の午後、和也は魔法を応用して土を溶かしながら掘削し、母・涼子は植物魔法で湿度調整を加え、美月は身体能力魔法で土嚢を空中キャッチ&搬送、そして陽翔は地盤の安全度を観察・解析。


 つまり――


 家族全員で**地下拡張工事(合法魔法施工)**が始まってしまったのである。


 


 翌週。


 リビングの隅、かつて物置だった小さな床板の下に、“地下への魔法階段”が完成していた。


 階段の先には――


 - 第1層:家庭用菜園ゾーン(湿度自動調整&植物育成光つき)

 - 第2層:父の工房ゾーン(工具が意思を持って配置される不思議空間)

 - 第3層:美月のトレーニングルーム(風圧トレーニング+体術練習の壁走り完備)

 - 第4層:陽翔の観察ラボ(あらゆる物が勝手に分類される自動棚付き)


 まるで家の下にRPGのセーフエリアが出現したかのような異空間だった。


 


 「……なにこれ、RPGの拠点か、秘密結社かってレベル……」


 美月が呆れながらも風でベンチプレスを浮かせている。


 「お父さん、工具が勝手に整列してるよ!」


 「素晴らしい……俺の“意志”が工具に伝わってる……!」


 「……伝わってるっていうか、ドライバーに人格宿ってる気すらする……」


 陽翔が観察メモを取りながら、小型トマトを摘んでパクリ。


 「お母さんの菜園、温度25度、湿度68%、光合成効率バランス完璧……!」


 「ふふふ。朝採れトマト、地下産です♪」


 フェルがトコトコと歩き回りながら、ぽつりと呟く。


 「精霊たちも喜んでるよ。“人の手で創られる、小さな自然”って」


 「つまり、この家って――」


 「――完全に秘密基地になった、ってことだよね」


 


 その日以降、家族の口癖がこうなった。


 「うち帰ったら“地下行こう”」


 「ごめん、菜園で虫の世話してた」


 「ドリルの精霊が拗ねてるんだけど誰か謝って」


 「お姉ちゃん、また壁走りしてトマト棚壊した!!」


 


 フェルは、そんな家族を見て、笑っていた。

 精霊魔法は、“異能”でも“特別”でもない。

 それは、家族の中で“生きる力”になっていく。


 けれど、遠く、見えない場所で――


 精霊の気配を探知する者たちが、少しずつ“この家”を認識し始めていた。


 


 でも今はまだ。


 今日も笑って、「ただいま」と言えるこの家の中で――


 魔法と日常の秘密基地ライフが、そっと芽吹いていた。

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