第35話 身代わり人、これが俺らの仕事だよ【5】




ウォッチもやったことのある篠原なら隠れるのはお手のものだ、と言いたいところだったが。


シンプルすぎる部屋。

部屋には机と何も入っていない棚しかない。

奥の部屋に隠れても入り口から遠くなるので意味がない。

机を眺めながら島山と篠原はため息をついた。


「もうドアの後ろにするか?」


中開きのドアなので開いたら見えない。

しかし閉まると丸見えだ。

鏑木と藤井からロックナンバーを聞いて、後で頃合いを見て出る、ということが叶わない。


ドアのところに隠れるととなると、かなりうまく入れ違いに出るしかない。

机の下や陰に隠れたとしても、誰かにそこを通られたら丸見えだ。


篠原にも島山の言う通りドアの後ろが一番いいような気がした。


「俺が引きつけるから。その間に外に出ろ」

「4人が順番に入ってくるじゃん。

一番最後のヤツがドアを閉めるのと同時に出るってこと?」


再びドアが開いたら怪しまれてしまう。

しかしドアが開く方に隠れると閉められる時に出にくいのだ。


「んー。やっぱ無理か」

「咲ー。篠ー」


考え込んでいる二人に筧が呼びかけた。


「2対4になるから不利なんだよ。

だから哉太と大智も中に入れたらいいんだよ」

「ダメダメ!何言ってんの!

危険な目に遭うヤツ増やしてどうすんの?」

「右近はまだわかんないけど上川と丹下は篠の蹴りで倒れたんだよ。

そこまで強くないし、飛び道具も持ってない。

持ってたらあの場で出してるから」


筧の言うことは一理ある。

島山から護身術や柔術を習っているので全員、その辺のヤツよりは強い。

そして篠原はじめ、全員が護身用の拳銃も持っている。

ただし本物ではないが。


「亜也くんの拳銃も本物かどうかわかんないし。いけるんじゃね?4対4なら勝つだろ」

「勝つって。対抗戦じゃないのよ筧。

まあ…でも篠原を逃せないとなると、

それしかないか」


島山はこの時、自分の身を挺してでも鏑木、藤井、篠原を守ると誓った。

自分の蒔いた種だ。

自分の命に変えてもメンバーを守ると。


「そろそろ戻ってくるよ」


藤井のマイクを借りて鏑木が話す。


島山の実弟、亜也に持って行ってもらった盗聴器からは、上川と丹下も合流したことが聞けていた。


「ロックナンバーは一応見とくわ。

出る時に要るから」

「一番最後のヤツが入る時に大智くんと一緒に入るね」


筧が、不安そうにしている島山に話し合いだから、と念を押す。


島山の想像通り亜也が島山の自由を守るために行動しているのなら大丈夫なのだが…

懸念するのは島山を戻さないように動いている右近たちがついて来ることだった。


右近たちの前で亜也はどう動くのか。

全く読めない。

しかし4人ならなんとかなるだろう、と筧は指示を出した。


エレベーターの丸い明かりがチカチカと点滅する。

ポン、と軽やかな音を響かせてエレベーターのドアが左右に開いた。


先頭で出てきたのは右近。その後に亜也、丹下、最後に上川だった。


先頭の右近がテンキーに指を伸ばす。

すぐ近くの壁に隠れていた藤井と鏑木がその指の行く先を見ていた。


カチャ、と音がしてドアが開く。

エレベーターから出てきた順に部屋の中へ入り、最後に入った上川がドアを閉めてテンキーに先ほど右近が入れたロックナンバーと同じものを打ち込むとドアはロックされた。


中か外からからロックしない限り鍵は開けっぱなしだ。

だから今朝、コピーした鏑木と篠原が入る時には普通に開いたのだ。


机に座っている島山と篠原を見て右近が一歩前に出た。


「本当の依頼のことはCEOから聞かれましたよね」

「聞かなくてもなんかあるってわかってたけどね。雑なんだよあんたら」


そう言って島山が右近の机に置いてあるパソコンを右近たちに見えるように向ける。


トランプゲームの画面を見ても右近の表情は変わらなかった。


「ゲームはダミーだとしてもせめて仕事してます風な画面にしてチャットしな?あとあれも」


篠原が上川の机の引き出しからファイルを出して中をパラパラと開いた。


「白紙って。ここもせめて仕事してます風なのにしなよ」


上川の表情も変わらない。

そして丹下も同様だった。


「雑でいいんですよ。

会議に出てくれるための身代わりじゃないことに気づいてもらわないとならなかったので」

「は?」

「気づいたら本当の依頼はなんなのか気になるでしょう?」


島山と篠原には意味がわからなかった。

確かに本当の依頼はなんなのかみんなで考えてはいたが、それがなくても依頼なので普通にこなしている。


右近の言いたいことが理解できなかった。


「咲也さんを来させるためです」

「俺を?」

「ターゲットが咲也さんだ、とそこまで気づいてもらわないと。

あなたが現場に来ないとやる意味がないですから」


そういえば右近は身代わりをするのは誰か、と聞いていた。

鏑木と篠原だと言ったので島山をここへ来させるために仕向けていったのだ。


「やっぱりあんたらが一枚上手だったな。

右近さん、上川さん、丹下さん。あんたらは

上層部の人間か?」


それにしては若い。

しかし今は亜也がCEOをつとめている。

上層部も入れ替わっているかもしれない、と島山は考えた。


「いえ。上層部のオッサンたちは咲也さん、あなたを呼び戻そうとしています。

私たちはその逆」

「亜也の味方、ってことか」


本当に味方なのか。いや違う。


亜也なら自分たちの思い通りに動かせると思っているのだ。

傀儡のように亜也を仕立てる。

なんの権限もないCEOとして置いておくのだ。


そして一方上層部の人間たちは素直に亜也では心許ないと考えている。

島山ひとりでももちろん父親である前CEOのようにはなれない。 

だから二人で柱を作らせようとしているのだ。


亜也の気持ちは置いておいて、全てのことを理解した島山はどうしたらいいのか悩んだ。


「亜也と話をさせてくれないか?」

「話はさっき終わっています。

後は咲也さんをこの世から亡き者にするだけです」

「その前にもう一回話させてくれって言ってんだよ」


亜也はどうしたいのか。島山はどうしても本音を聞きたかった。


「往生際が悪いですね」

「話ぐらいいいじゃん。ケチくさい」


篠原が座っていた椅子からゆっくりと立ち上がる。 

そして自分の拳を反対の手のひらにドン、とぶつけた。


「話もさせてやらないんなら、俺があんたたちを黙らせようか」


ボコボコにして外に放り出してしまおうかと篠原は考えていた。


こいつらは亜也の味方でもなんでもない。

言い方は悪いがそそのかしているだけだ。


ムカついた顔をしている篠原に右近がニヤリと笑った。


「さっきは上川も丹下も不意打ちをされただけ。

あなたひとりで我々を全員黙らせることは無理な話ですよ」

「だから?」

「だからって、」


島山の声だと思って右近が振り向くと、そこに鏑木と藤井が立っていた。


「なんで、」

「これで4対4。咲くんと亜也くんをのぞいて

3対3でやる?言っとくけど俺ら強いよ」


この部屋にいるはずのない二人がいた。


最初に事務所に依頼をしに行った右近は藤井を見て、これで島山代行事務所の全員ここに出張ってきていることがわかった。


「早いとこ話させた方がいい。

そうしないとまたこいつらに亜也くんがいらんこと吹き込まれる」


篠原の声に鏑木と藤井が頷く。

上川と丹下は顔を青くして後ずさった。


亜也は何も言わずに右近の隣に立っている。

右近がため息をついて島山の目を見つめた。


「力づくでもCEOを話をするつもりなんですね。

まさか篠原さんと鏑木さん以外も呼んでいたとは」


「別にそんなんで呼んだんじゃねえよ。

俺らはいつも全員で一丸となって仕事をしているだけだ」


右近がバカにしたように微笑む。

くだらない仲間意識とやらが気に入らないのだろう。


しかしここでこれ以上突っ張っても力では

島山代行事務所のメンバーに負ける。


それがわかった右近たちは引き下がるしかなかった。


「わかりました。上川、丹下。出るぞ」

「はい」


さっき篠原にやられている上川と丹下はホッとした表情を浮かべて、われ先にと入り口へ向かった。


「CEO」


右近が亜也の耳元で小声で囁く。

うん、と小さく頷いた亜也の肩を右近がポン、と叩いて入り口へ向かった。


「咲也をやらないとあなたの未来はないんですよ、って右近が言ってたわ。

大智の仕掛けた盗聴器が拾ってくれた」


筧からの情報に、亜也が傀儡となっていることが確定した。

亜也の本心はまだわからないが、右近は操っているつもりなのだ。


「ふたりで奥の部屋で話してきたら?

奥はあいつらに盗聴器とかカメラとか仕掛けられてないから。チェック済み」

「ありがとう大智」

「俺たちはこっちの部屋で待機してるから」


亜也のことは信用している。

しかしモデルガンかどうか定かではない飛び道具を亜也は持っている。


もしものために鏑木、藤井、篠原の3人は外へ出ずにこの部屋で待機することにした。


「亜也」


こくん、と頷いた亜也を連れて島山が奥の部屋に入る。

ふたりの後ろ姿が似ているのを見て藤井がニコッと笑った。


亜也の持っている盗聴器と島山がつけているマイクとカメラ、そして排気口からのカメラでも奥の部屋の状況がわかる。


しかし先日カメラに細工をされたことがあるので藤井は降りて来る時に排気口の蓋に鍵をして、中からカメラを触れないようにしておいた。


盗聴器等から聞こえる音声を島山を除く全員のイヤホンに届けるように筧がセットする。

これで危険な状況を未然に防ぐことができるだろう。


奥の部屋に入った島山と亜也は立ったまま向かい合っていた。


「正直に言う。

お前の側近の右近たちは、上層部に入れ替わるのが目的だ」


亜也の顔色は変わらない。

ということは右近たちの企みを見抜いているということだ。

それに島山は少し安堵した。


「上層部の面々は咲也を連れ戻そうと、

親父を説得してる」

「親父は?」

「会社を継ぐ意志のないものは戻しても役に立たないって言ってるけど、揺れてるのが俺にはわかる」


亜也と島山は声もよく似ている。

しかし島山は声も大きく話し方もハキハキしているのに対して、亜也は落ち着いた話し方だ。


盗聴しているメンバーたちにはそれがとても微笑ましかった。


「亜也は?亜也はどうしてほしい?

本音を聞かせてくれ」

「俺は…」


亜也が島山からスッと視線を外す。

何か考えているみたいに黙ってしまった亜也を

島山は焦らせることなく静かに待った。


「俺だと、ダメなのはわかってる」

「…」

「咲也とふたりならなんとかなるって、

上層部も親父も思ってるのも…わかってる」

「あのな、話を割るようだけど、そのセリフは10年やってから言え」


怒っているのではない、島山は呆れていた。

亜也はまだ父の会社を継いで一年ほどだ。

それでなにがわかるというのだ。


もちろんセンスや才能はあるだろう。

しかしそれが出てくるにはまだまだ早すぎる。

幼い頃から一緒に育ってきた島山には贔屓なしでも亜也にはできるとわかっていた。


「10年…」

「そうだよ。10年やってダメならお前は

ダメだった、ってことだ」

「でもそれじゃ遅いからじゃない?

10年経ってダメでした、俺は向いてませんでした、じゃ会社潰れちゃうじゃん」


父親が興した会社だが、島山たち家族だけのものではない。

社員、社員の家族、全員の生活がかかっている。


亜也に任せていては会社が潰れる、というのではなく上層部としては確実に潰れないように、

これからも続いていくようにしたいのだ。


「まあ、その心配はある。

上層部の言いたいこともわかる。

それを差し抜いて亜也はどうしたい?」


さっきはどうしてほしい?と聞いた島山だったが、よくよく考えると決めるのはCEOの亜也なのだ。


亜也が右近たちを無視して戻ってきて欲しい、と言えば島山は戻る覚悟を決めていた。


島山代行事務所はメンバーに託す。

本音は最後まで一緒に仕事をしたかったが、いくら縁を切ったとはいえ弟を見捨てることはできない。


「亜也くんが頼んだら、咲のヤツ戻るんだろな」


筧の声にメンバー全員が頷く。

島山がいなくなること。

考えると本当は身を引き裂かれそうなほど辛い。


しかし島山のことをよく理解しているメンバーたちは、島山が亜也を見捨てることをするはずがないこともわかっていた。


「俺は…咲也に戻ってきてほしいって思ってる」

「そうか」

「咲也がいたら心強いし、誰よりも相談しやすい」


島山がぎゅっと目を閉じる。

そのまぶたの裏にはメンバーの顔が次々と浮かんでいた。


イジメを受けていた藤井と一緒に復讐をした。

戻った本物の笑顔で、藤井は島山代行事務所に就職してくれた。


鏑木と知り合って、二人で一生懸命バイトして金を貯め、相談に相談を重ねて島山代行事務所を作った。


売られそうになった筧を匿った。みんなに迷惑をかけまいと一生懸命働く筧はなくてはならない司令塔になった。


業務内容も知らずに面接に来た篠原とは、最初から心が通じている気がした。

島山の心の奥底をいつも理解してくれる篠原は

いつのまにか島山の心を支えてくれる存在になっていた。


長い人生のほんのひとときだろう。

そのひとときに巡り会えた自分の命よりも大切な仲間たち。


ありがとう、と島山は心でつぶやいた。






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