第12話 同姓同名の詐欺師【3】






入り口の前に

【ラディッシュコーポレーション】

と彫られた大理石が置かれている。


背の高い自動ドアから島山と篠原が入り、

オープンカウンターの受付へと向かった。


「あーすみません。わたし【こうだい農園】の幸田と申します。副社長さんお願いします」

「お約束はいただいておりますでしょうか?」

「はいー」

「少々お待ちください」


受付にいた女性が内線をかけている間に島山と篠原が受付から離れる。

キョロキョロとフロアを見回している島山の腕を篠原がちょん、とつついた。


「ネーミングセンスゼロなのわかってるけど…」

「失礼だな。代行をひっくり返してこうだい。センスのかたまりじゃん」

「そんなかたまり捨てちまえよ。

で?俺は?なんて名乗ったらいいの?」

「お前も幸田でいいよ。あ、夫婦みたい?」


篠原の顔が一瞬で赤くなる。

くくく、と島山が笑って篠原の背中をぽんぽんと叩いた。


「お前のそれ好きだわ」

「うるさい。いらんこと言うな」

「いいじゃん、あ、呼んでる」


受付の女性が、幸田様、と体を伸ばしている。

島山と篠原があわててカウンターに駆け寄った。

 

女性が受付から出てきて、テーブルと椅子が間を空けて3組置かれているブースに島山と篠原を連れて行った。


「副社長はまもなく参りますのでこちらでお待ちいただけますか?」

「わかりました。ありがとうございます」


二人は通る人に顔を少しでも覚えてもらおうと人通りの多い通路の方を向いて座る。

なるべくこちらを見た社員と目を合わせるようにしていると数人の社員が島山と篠原に会釈をしてきた。


「会社の中、案内してもらわなくて良かったの?」

「間取り図は頭に入ってるからな。

それに客で来てるから案内してもらうのも変だろ」


うんうん、と頷いた篠原と二人で、人待ち顔をしながら通路を見ていると、その通路の突き当たりにあるエレベーターから阿藤が秘書と一緒に降りてきた。


「お。ラッキー。秘書もいる」

「阿藤さんにくっついてきたのかな」


農園が社長ではなく副社長にアポを取ったことが珍しいのだろうか。

一緒にブースにやってきた秘書が阿藤の後ろで頭を下げた。


立ち上がった島山と篠原もそれに頭を下げる。

阿藤がお座りください、と言ったので全員で白く丸いテーブルを囲んだ。


「副社長さん、急に申し訳なかったね」

「いえ。あ、こちらはわたしの秘書の梅谷です」

「梅谷と申します。

本日はよろしくお願いします」


阿藤の秘書の梅谷は30代ぐらいの男だった。

見た感じ仕事ができそうに見える。


梅谷は挨拶が終わると手に持ったiPadを指でなにやら操作し始めた。


「ラディッシュコーポレーションさんの噂はわたしの知り合いから聞いてまして。

ぜひうちの農園とも契約してほしくて」

「ありがとうございます。

しかし、わたしの独断ではなんとも。

手順といたしまして、まず幸田様の農園にお伺いさせていただき、野菜の品質や収穫量などを調査させていただきます」

「わ!ありがとうございます。

見にきてくれるんですね」


島山がひとりで話している間に篠原は秘書を観察する。

iPadをずっと操作しているが何をしているのか。

おそらくこうだい農園のことを調べているのだろう。


スッと秘書が阿藤にしかわからないぐらいの強さで阿藤の腰を叩く。


その瞬間話をしていた阿藤がピタッと話を辞めた。


「こうだい農園様は主に…」


やはりiPadを操作しながらこうだい農園のホームページを秘書の梅谷は見ていたのだろう。

作っている野菜の種類や例年の取れ高を確認した。


「はい。それが取引先のひとつが今月末で閉店して、うちとも終了になりまして」


筧があわてて作ったでたらめなホームページ。

おそらくどこかの農園のをそのまま引っ張ってきてちょこっと変えただけのものだろう。

しかし秘書はそれを真剣に見ていた。


また秘書が阿藤の腰を叩く。

すると阿藤がまた話をし始めた。


1時間ほどデタラメな話をして島山と篠原が帰ろうと立ち上がる。


阿藤と秘書と挨拶を交わしていると背後から阿藤を呼ぶ声が聞こえてきた。


「副社長。お客様ですか?」

「はい、あの、こちらは、」


また秘書が阿藤の腰を軽く叩く。


言いかけた言葉を飲み込んで黙った阿藤が視線を落とすと代わりに秘書が話始めた。


「ご契約をご希望のお客様です。

社長が外出中でしたので私が副社長に付き添いました」

「ご苦労様。では後ほど話を聞きましょう」

「あのー社長さんですか?わたしは、」


島山の大きな声が聞こえていないかのように、阿藤の兄である社長が歩いて行く。


阿藤は視線を落としたままだったが、秘書は頭を下げて社長を見送っていた。


「感じ悪」

「こらこら。すみませんねえ。

ではわたしたちはこれで。

副社長さん、いいお返事をお待ちしておりますよ」

「副社長に頼んでも変わりありませんよ。

会議をいたしますので、こちらからご連絡させていただくまでお待ちください」


引きつった笑みを浮かべた阿藤が軽く頭を下げる。 


秘書にもう一度腰を叩かれていないので話すことができないのだろう。


「感じ悪っ」

「こらこら」


篠原をたしなめながら島山が帰って行く。


その夜、阿藤から島山代行事務所にメールが届いた。






「似てるけど大智じゃないのは普通にわかった」

「ホームページの写真は…どっから手に入れたのかわかんないけど大智本人だよな」

「実際会ってみると俺たちでも大智じゃないって普通にわかるんだけど、阿藤さんはわかんないんだもんなあ」

「てかさ秘書も社長もマジで感じ悪い。

モンク言いそうになった」


まだムカついている篠原が頬を膨らませる。

島山がその顔を見てぽんぽんと肩を叩いた。


「とにかく阿藤さんにはなんの権限も持たせてないってことだ」

「その、秘書が阿藤さんの腰を叩く合図は社長からの指示なんだろな」


パソコンを見ている筧の横で鏑木が腕を組んだ。


「だろうな。あの秘書も社長の息がかかってるみたいだったし」

「阿藤さんがかわいそうすぎる。

だってあの人兄貴が現れなかったら社長だったんだろ?」

「調べたところによると父親である前社長は急逝したらしい。

でもいくら若いからって社長やってんだから遺言書とか残してなかったのかな」


カタカタと筧がキーボードを打ちながら首を傾げる。


阿藤の兄が現れたのが父親か亡くなってから一年後。

遺言があればそれまでに実行されていてもおかしくはない。

ということはやはりそのようなものがなかった、ということか。


「あ、阿藤さんからメール来てる」


みんなが筧の周りに集まる。

筧がメールを開けてみると今日の無礼をお詫びいたします、と一行目に書かれてあった。


【島山さん、篠原さん。

兄や秘書が本当に申し訳ございませんでした。

二人とも仕事熱心なだけで悪い人ではないのです】


秘書の指示で動かされていることはバレていないと阿藤は思っているのだろう。

そしてそのことを自分から言うのは恥ずかしいのかもしれない。


阿藤のメールには詫びだけしか書かれていなかった。


「いい子だよな。だからこそ詐欺とか許せないんだろな」


会社での阿藤を思い出して篠原が悔しそうな顔をする。

秘書に話すな、と指示を出される阿藤の気持ちを考えると腹が立った。


「あんまり触れられたくないだろうけど…

阿藤さんには秘書からの指示のこと確認した方がいいよね」

「だな。お前がコピーした時にもしかしたらしゃべるなって指示じゃなかったらエライことだ」

「全部の計画ができたら阿藤さんにまた来てもらうんだよな?

その時にでも確認してみるわ」


社長と秘書に怒りがおさまらない篠原をなだめて、鏑木が暗くなってきた窓の外を見る。


窓に映った自分を見て同じ顔をした社長のことを考えていた。


「篠。社長はどうだった?」

「大智と同じ顔だったよ。でもそれはパッと見ただけで全然違うってわかった」

「へえ。咲も?」

「おう。てかあれ、俺らみたいにコピーしてるんじゃなくて美容整形か、特殊メイク?みたいなヤツだな」


おそらく鏑木の写真でも見せて同じ顔にしてもらったのだろう。


顔は同じだが仕草や話し方、雰囲気が全く違う。

だから島山も篠原も別人とすぐにわかるのだ。


島山代行事務所のコピーは、顔は完全ではないにしろ仕草や話し方、対象が持つ雰囲気などの特徴を完全にコピーする。

だからよほど近しい人間以外には見破られることはない。


「当日は咲くんと篠くんも入ってくれるんだよね?」

「そのつもりだ。今回は篠原もウォッチで入る。

そして先に詐欺を暴く。その流れで社長が

鏑木大智を名乗っていることを暴く」

「できる限りの証拠を掴んでからだな。

俺は大智くんをウォッチしつつ、会社中探ってみるわ」


キャロットストアが社長の別会社だというのも暴かないとならない。

こちらの件は証拠がまだひとつもないのだ。


長椅子に座っている藤井が顎に手を当てて目を閉じている。

窓際に立っている鏑木も同じように目を閉じていた。


「ここを阿藤さんに紹介したのは…

ラディッシュコーポレーション社長の鏑木大智」


鏑木がゆっくりと目を開く。真っ暗な空が窓の外から鏑木を包み込んでいた。







決行日を決めるために阿藤が島山代行事務所にやって来た。

入るなり頭を深く下げて先日のことをまた詫びていた。


「僕らは全然いいんですよ。

ただ阿藤さんがあんな中でいつも仕事してるのかと思ったら…なんかムカつきました」


篠原が正直にそう言うと阿藤がうれしそうに笑った。


「僕の心配してくれてたんですか。うれしいなあ。ありがとうございます。

僕なら全然。態度は悪い二人ですが、仕事はできるし僕ものびのび仕事してますから」


人が良いのか鈍感なのか。

それともそうだと自分に信じ込ませているのか。

阿藤が本当に全く社長と秘書を恨んだりしていないことが伝わってきた。


「決行日を決める前に確認したいことがあるんですが」


鏑木を見て阿藤がはい、と笑顔で答える。

これから聞くことを聞いたらこの笑顔が曇ることはわかっていたが、聞かないと秘書と絡めない。


完全にコピーするためだ、と鏑木は自分に言い聞かせた。


「秘書さんがあなたの腰を叩くのは何の合図ですが?」


鏑木の予想通り阿藤の顔色がサッと変わり、笑顔が消えた。


鏑木が優しく頷くと肩で息をしながら阿藤が口を開いた。


「黙れ、という合図です。

もう一度叩かれたら話して良いということなんです。

…見られてたんですね」

「島山と篠原がおそらくそうだろうと言ってましたが、やはりそうだったんですか。

理由を聞いてもいい?」

「はい…」


息を整えて阿藤が鏑木を見る。

兄と同じ顔をしているのに鏑木からは優しさと包容力を感じる。

認めたくはなかったが阿藤は兄からその二つを感じたことがなかった。


「僕は無能なんで」

「そんなことない」

「篠」


鏑木に止められて体を前のめりにしていた篠原が唇を噛んで座り直す。


篠原に軽く頭を下げてから阿藤が続けた。


「兄は社長ですから権限は全て兄にあります。

無能な僕が勝手なことをしないように秘書がコントロールしてます。

僕もあの合図がないとどこまで話していいかわからないから。

余計なこと言ってしまってからは取り返しがつきませんので」


阿藤は無能などではない。

詐欺の証拠が入っていたのはおそらく、メモリの中の社長の隠しファイルだ。

しかもおかしいと思ってひとりで調査をしたのだ。


「そうですか。わかりました。

話してくれてありがとう」


鏑木が阿藤の肩に手を置く。

その手が温かくて阿藤は目の奥が熱くなった。


兄と仕事をし始めてから数年。こんな温もりをもらったことなどなかったのだ。


「お兄さんのこと恨んだりしてないんですか?」


辛抱たまらずという感じで篠原がまた体を前に乗り出す。

え、と小さく声を出して、阿藤がびっくりした顔をした。


「恨む…ですか?なんで?」

「ええ子や」

「篠原さん?」


藤井と筧が顔を見合わせて笑う。


篠原だけでなく、ここにいるみんなが阿藤のことを良い人だと思っていた。

それが鈍感でもなんでもいい。大切なのは人間性だ。

依頼者として絶対に望みを達成してやりたいと思わせる、阿藤はそういう人間だった。


「20日は兄が午前中いっぱい外出します。

埼玉の農園を数件回るので帰社するのは昼を過ぎてからになります」

「あの秘書さん、梅谷さんはお兄さんが連れて来たんだよね?

外の時とかはついて行くの?」


阿藤が持って来た決行日の候補が書かれた紙を見ながら島山がそう聞くと、阿藤は首を横に振った。


「梅谷さんは僕の秘書なんで。

僕が何かやらかさないように常に僕についてると思います」

「じゃあお兄さんは誰を連れてくの?

もし農園を回るのが売れ残った野菜の件だと、

別会社のことを知ってる人しか連れてけないよな」


一番の候補の【20日】と書かれた下の社長のスケジュール。

同行者まではスケジュールには記載していないようだった。


「竹岡という兄の秘書がいます。

おそらく竹岡さんが同行すると思います」

「ねえ、その竹岡って秘書もお兄さんが連れて来たの?」


藤井が阿藤を見ながらメモを取る。

今回ウォッチの藤井は鏑木を見守りつつも証拠を掴むために動かないとならない。

少しでも情報収集したいところだった。


「はい。僕の秘書の梅谷と兄の秘書の竹岡は兄がうちの会社に入る時に連れて来ました」

「他には?」

「あとは松口という秘書がもうひとりいますが、兄の秘書とは名ばかりで常に営業で外を飛び回っています」


阿藤の兄、そして秘書の二人と社長直々の営業がひとり。

どうやらこの4人で詐欺を働いているようだ。

そして阿藤は副社長という役職に就きながらも会社の核には触れさせてもらっていない。


その核が詐欺なのだからなおさらだ。


「オッケオッケ。じゃあ20日にするか!」


島山がパンパン、と手を叩く。

島山代行事務所のメンバーと依頼者の阿藤がうん、と頷いた。


「ちょっと早いんだけど20日は阿藤さんはここに…そうねえ8:00には来ててくれる?」

「わかりました。8:00前にお伺いします」


ありがとうございました、と阿藤が帰って行く。

篠原がわざわざ下まで見送りに行った。


「別会社持っていること。

それがわかれば詐欺も確定」

「あと、社長とお前との関係だな」

「こっちは知らないけど向こうは知ってるってことなんだよな」


鏑木が複雑な表情で島山を見る。

藤井がニコッと笑ってふたりの肩に手を置いた。


「暴いちゃおう。今回の依頼は調べることがいっぱいあるけど、俺たちならできる!」

「そうだな。大智、がんばろうぜ!」

「俺も入れてくれよぉー」


筧がふざけて3人に抱きつく。

うん、と鏑木が笑った。


戻ってきた篠原が抱きついている4人に、ビックリした顔でなにやってんの、と笑うと、島山が手招きをした。


「篠原も来い!」

「円陣組むのなんて初めてなんだけど」

「あはは!篠くんにはこれが円陣に見えるんだ」


藤井が愛くるしい笑顔で入ってきた篠原と肩を組む。

五人で顔を見合わせてから、おー!と叫んだ。


無意識に組んだ円陣だが、阿藤が持って来たこの依頼は、島山代行事務所にとって正念場になることは間違いなかった。






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