第10話 同姓同名の詐欺師【1】






島山とバディを組むようになった篠原のコピー力も板についてきていた。


榎と筧を救うために売り組織に潜入した仕事で、篠原に生死を彷徨わせてしまった島山は二度とその失敗を繰り返さないようにと自分に気合いを入れていた。


司令塔の筧、そしてウォッチの藤井とコピーの鏑木のバディの仕事も順調だった。



コンコン、と古いドアからノックが聞こえる。

事務所にいた篠原がドアを開けると、20代前半ぐらいの若い男性がスーツを着て胸に四角いカバンを抱えていた。


「どちら様ですか?」

「わたくしこういうものです」


あらかじめ用意しておいた名刺を篠原に渡そうとして、男は胸に抱えていたカバンを落としそうになった。


「あ、」

「大丈夫です」


カバンを受けようとして篠原が手を伸ばすと触られたくないのか、男はまた両手でカバンを持つ。

なんとか差し出した手で篠原に名刺を渡した。


「あとうひなた…さん」

「はい。わたくし阿藤陽と申します。

依頼したくて参りました」


島山代行事務所の依頼の受付は基本予約だ。

ネットのサイトにも

【どなたかの代行、お引き受けいたします。

依頼は予約になっておりますのでまずはお電話を】

と載せてあった。


「ご予約はいただいてませんよね?」

「すみません。あわててて」

「承知いたしました。少々お待ちください」


隣の部屋に島山、筧、藤井の三人がいるが、事務所として使っている部屋には篠原ひとりだ。

独断で中に入れるわけにはいかないので、そう言って篠原は一旦ドアを閉めた。


隣の部屋へ通ずるドアを開けると一番手前の机にいた島山が顔を上げた。


「怪しそうなヤツか?」

「全然。真面目そうで可愛い若い子」

「依頼だろ?困ったなあ。

今日は大智がいねえんだよな」


鏑木は今日有給休暇を取っていた。

無理やり家族旅行に連れて行かれる、と数日前からぼやいていた。


一応依頼は全員で聞くことにしている。

その方が確自の思うことが聞けるし、依頼者を見るのも必要なことなのだ。


「また明日来てもらったら?」

「なんかカバンを大事そうに抱えててあわててるって言ってたけど、そうするか」


篠原が引き返そうと開けていたドアの方へ体を向けるとその手首を島山が掴んだ。


「なんか急がなきゃならない気がするな。

よし。大智には後で録画したものでも見てもらうか」

「受けるってこと?」

「話を聞くだけだな」


篠原の手首を掴んだまま島山が椅子から立ち上がる。

並んでいる机に座っていた藤井と筧もスッと立ち上がった。



「あの、兄が…」

「お兄さんが?阿藤さんの…ですか?」

「はい。あの、」


言いにくいのか、大きく息を吸いながら依頼者の阿藤は瞬きを繰り返している。

篠原が淹れてきたお茶を目の前のテーブルに置くと阿藤は小さく頭を下げた。


「兄が、詐欺を、してるみたいなんです」

「してるみたい?」

「これを見てください」


大切に抱えていたカバンから阿藤はメモリを取り出す。

筧が電話の乗った棚の中からノートパソコンを持ってきた。


「拝見させていただきますね」


島山が筧にメモリを渡すと阿藤が深刻そうに頷く。

筧がみんなが見えるようにテーブルの上にパソコンを置き、島山から渡されたメモリを挿した。


「え?」

「は?」


みんなの口から驚きの声が上がる。

出て来たのは阿藤の兄の画像が社名の下に大きく載っているホームページだった。

しかしみんなが驚いたのは画像が大きいからではなかった。


「これ、」


島山が目を細めて顎に手を当て、パソコンに近づく。

大きく写し出されている画像は今有給休暇を取っている鏑木大智だった。


「これはうちの社長、僕の兄の鏑木大智です」


うーん、と声を上げて藤井が腕を組んで背もたれにもたれる。

島山が静かに小さく首を振ったのを見て、みんなはまたなんてことない顔をしてパソコンの画面を見つめた。


「うちは都内に無農薬の野菜をメインにしたレストランや和食の店を持っているんですが、

農家さんから直接買い付けをしているんです」


阿藤の説明が全くみんなの耳に入ってこない。鏑木と他人の空似かと思っていたがまさか名前まで同じだなんて。

鏑木から副業しているなど聞いたこともなかったのでわけがわからなかった。


「お兄さんと名字が違うのは?

あなたは阿藤さんですよね」

「実は2年ほど前に父が亡くなって、その後すぐに兄が現れたんです。

母親もすでに他界しておりまして、僕は兄がいることも知らされてなくて」

「お兄さんが現れた?あなたの兄だ、と言ってきたんですか?」

「はい。最初は信じられませんでしたが父が兄に宛てた手紙を持ってまして。

父の字で、兄とふたりで会社をするように、と書かれてありました」


そんな偽造し放題のものを阿藤は信用したのか。それとも本当に阿藤の兄なのだろうか。

疑問点はたくさんある。

しかしそれを阿藤に全てぶつけるわけにはいかなかった。


「兄は幼い頃に親戚の家に預けられていたそうです」

「あなたは兄がいるということを聞かされてなかったんですね。

なのにお父さんは一緒に会社をやるように、と」

「はい。その辺は兄も詳しくわからないそうなんですが、父が亡くなった後にこの手紙に書いてあるんだから弟を手伝ってこい、と親戚に言われてやってきたそうです」


【ラディッシュコーポーレーション・体に良くて美味しい上質な野菜をあなたに】という文字の下で鏑木大智という阿藤の兄が微笑んでいる。


父親が宛てた手紙ひとつで社長の座に座ったなんて。

この会社には弁護士はついていないのか、と島山は頭が痛くなった。


「お兄さんとあなたのことはわかりました。

で、単刀直入に聞きますけどこのお兄さんが詐欺というのは?」

「ホームページの下にファイルを貼ってきました。そちらを見ていただけますか?」


筧がマウスを動かして一番下まで移動するとファイルが隠れるようにして貼ってあった。

カチ、とクリックすると賑やかなホームページとは真逆なエクセルの画面が現れた。


「これが?」

「わかりにくいですよね。

例えばこちらの農家さんを見てください」


阿藤が画面を指さす。この農家から買ったとされる野菜がふたつに分けられていて、片方は総額200万、もう片方は総額で50万ほどだった。


「ここの農家さんから200万で買ったのが我が社です。

うちとだけ契約している農家さんなんですが半分しか買ってないんです」

「なぜ?」

「捌けないというのが理由です。

その代わり少し高めの金額で買ってます。

これがこちらの200万です」


阿藤の説明にみんなは首を傾げる。

阿藤の会社、ラディッシュコーポーレーションとしか契約をしていないので残った野菜はどうするのだろう。


「捌けないのはわかりますが…

残った野菜は?農家さん困りますよね?」


篠原が大きな目で阿藤を見ると困ったような顔をして頷いた。


「残った野菜を買ってくれる業者を見つけたからと言って農家さんに売らせました。これが50万の方です」


農家も残った野菜が無駄になるぐらいならとラディッシュコーポーレーションの1/4の値段で渋々売ったのだろう。儲けになっているのかさえ島山たちにはわからないが破棄するよりはいいのかもしれない。


「その残った野菜を買ってくれる業者というのが、兄が密かに持っている別会社だとわかったんです」

「そういうことね」

「この農家さんだけではありません。

わざと残るように買い付けて残りを兄の別会社が格安の値段で購入する」

「でも、その次の年から農家さんは考えるんじゃない?

半分しかいらないって言われた時のために、最初から半分しか作らないようにするとか」


持っている畑の大きさなどもあるのだろう。

毎年作る野菜の量は決まっているらしい。

かといって残り半分を例えば他の業者に回すのもラディッシュコーポレーションが中に入らないと契約違反になる、と阿藤は言った。


「僕はこんなことがされているなんて知らなくて。

父が亡くなってから1年間は会社のみんなでなんとかやってたんですが、兄が社長に就任してから店の価格を少しですが下げたんです。

元々たくさん来てくださっていたお客様が安くすることでさらに増えて。売り上げは大幅に伸びました」


売り上げが伸びたのは価格を下げて客が増えたのももちろんあるだろう。

しかし詐欺まがいのことをして、原価を安くしたのが一番の原因だ。


「阿藤さんはなぜそれを知ったんですか?」

「おかしいな、とは思ってたんです。

一軒の店での売り上げから原価や光熱費、従業員に払う給料など差し引いても計算が合わない。

兄にそれを聞いたらそんなはずはない、としか言わないんです」


また新しい農家と契約するということで、兄が出掛けた隙に阿藤はいつも兄の机の引き出しに入っているメモリを取ってコピーした。

後でその内容を見てみるとこの詐欺が行われていることがわかったのだ。


「農家さんは変に思わないの?」

「農家さんにしたら残りを買い取ってくれる業者を紹介した兄に逆に感謝してるそうです。

それに200万で買った野菜も、元々の買値より高く買ってますから」

「うまいこと考えたよね。

阿藤さん、ちょっと厳しいこと言うとさ、」


クリクリとマウスを操作してパソコンの画面を見ている藤井が、感謝ねえ、と呟く。

島山が阿藤の方を向いて姿勢を正した。


「厳しいこと言うと、これ持って警察行きゃいいんだよ」

「それも考えました。

でもこれだけでは証拠が足りない気がして」

「確かに。なんとでも言い逃れできるわ。

しかも農家さんがお兄さんに感謝してるとか言ってみな?」

「でもさ、」


今度は篠原がマウスを操作する。50万で野菜を買い取った【キャロットストア】が兄の別会社だと証明できればと篠原は考えた。売り上げの計算が合わないという疑問、兄のメモリの内容、阿藤はそれだけで兄の詐欺を想像しているのだ。


「別会社がお兄さんのものだって証拠掴んだら勝ちだよね」

「そうだな。それなら言い逃れできない」

「どっちにしても懐に入らなきゃわかんないよね」


阿藤の前なのであまり突っ込んだ話もできない。

各々が自分の思ったことを軽く呟くだけだった。


「それで、依頼なんですけど…うちの会社に潜り込んでもらえますか?

代行として。僕の信頼できる社員がいるのでその人の、」

「いや。代行、つまり身代わりになるとしたら阿藤さん、あなたにならないと無理でしょうね」

「僕ですか?」


ここで阿藤が断れば、今話していたことは全て嘘だ。

社長である兄を陥れるために阿藤が描いた絵だ。


阿藤をコピーするということは阿藤は現場にいられない。

兄を陥れることか目的なら、実際に自分も現場にいなければまずいことになった時に対処できないからだ。


「はい。弟さんがお兄さんと対等になれる唯一の人だと思いますので」

「わかりました。そうですよね。

よろしくお願いします」


即答だった。これで阿藤は白だ。

うん、と島山が頷くと、阿藤が頭を下げてよろしくお願いします、ともう一度言った、


「確認させていただきます。

阿藤陽さん。あなたは兄である鏑木大智さんの詐欺の罪を暴くことがご依頼の目的ですね?」

「はい。会社を守りたいんです」

「わかりました、お受けいたします」


筧が阿藤の正面に座り直し、パソコンを見ながら料金の説明をする。

壁にもたれた島山、藤井、篠原がそれを見守りながら小声で話をしていた。


「まさかマジで大智くんじゃないよな?」

「大智だったら話は早いんだけどな。ははは」

「笑い事じゃないでしょ。

問題はなんで阿藤さんの兄が大智と瓜二つで同姓同名かってこと。

なんで大智をコピーしているのかってことだよ」


ホームページの画像は鏑木だった。

しかし実際本人に会えば違うと感じるだろう。


篠原が言うように大切なのはなぜ阿藤の兄が鏑木をコピーして、悪事をはたらいているかということなのだ。


阿藤にいきなり兄だと名乗ったのも気になる。


会社を大きくするために詐欺をはたらく。

大きくするだけ大きくして全てかっさらっていくつもりなのか、それとも売上金の一部を兄は自分の口座に入れているのか。


「計画などを立てますので明後日にまた連絡させていただきます」


契約書にサインを書きながら阿藤が頭を下げる。

なるべく早くして欲しかった阿藤は安心したように少し微笑んだ。


阿藤を見送った筧がドアを閉める。

みんなの肩から力がサッと抜けた。


「ヤバ。頭が混乱してきたわ。

桜くんはどう?」


さっきの壁際会議に参加できなかった筧に、藤井が笑いながら聞くと筧もふう、と大きく息を吐いて笑った。


「大智副業?いいねえ。それなら話は早い!」

「あはは!桜くん、咲くんとおんなじこと言ってるー」

「冗談だよ。てか大智なわけないし。

あいつ双子なのか?」

「双子なら名前が違うでしょ。

マジで頭混乱するよな」


明日は鏑木が出勤してくる。

それから会議をしないと、今考えてもいい案が浮かばない。

鏑木がいてもそれは同じかもしれないが。


筧と藤井が帰って行き、篠原も帰ろうとバッグを肩に掛けると事務所の長椅子に座った島山がまだパソコンの画面を見つめていた。


阿藤が持ってきたメモリはコピーしたものだった。

メモリを挿したパソコンの画面の灯りがチカチカと真剣な顔をした島山を照らしていた。


「帰らないんすか」

「なあ」


帰らないのか、と篠原が聞いたことへの返事ではない。

おそらく篠原の言った内容は島山には入ってなかったのだろう。


「もし、俺とそっくり…てかこの大智みたいに全く同じ容姿のヤツがいたらお前はどっちが本物の俺かわかるか?」


まだラディッシュコーポーレーションの社長である鏑木大智には会っていない。

ということは見た目で、と島山は聞いているのだ。


「わかるよ」

「…」

「絶対わかる」


パソコンの画面から島山がゆっくり顔を上げる。

入り口のドアの前に立っている篠原がニコッと笑った。


「なんで?」

「んー。理由つけろって言われたら難しいけど…

わかるでしょ。普通に」


一卵性の双子でも全く同じ顔というわけではない。

パーツがそっくりでも配置などが違う。

だからこそ島山代行事務所がコピーする人間は親しい人には見抜かれてしまうおそれがある。

そこまで会ったことのない人間や遠くから見てるだけの人間とかならコピーしても見抜かれることはまずない。


毎日のように会っている島山だ。

篠原が見抜けないはずがないのだ。


「普通に、か。なーんだ」

「なーんだ、って」

「愛してるから、とか言ってくれんのかと思った」


ぎゅっと眉間にシワを寄せた篠原の顔が真っ赤になる。

元々色が白いので赤くなるとすぐにわかってしまうのだ。


「おつかれさま」

「怒んなよ篠原」

「怒ってない」

「じゃあ照れんなよ」


バン!と篠原が出て行ったドアが豪快に閉まる。

蝶番がグラグラしているのを見て島山は笑った。


「わかるよなあ。

じゃあこいつはなにもんなんだ?」


偶然にもほどがある。弟の阿藤はこっちの鏑木のことをなにも知らずに依頼を持ってきた。

それも引っかかるところだ。


世の中には似た人が何人かいるらしい。

しかし名前まで同じとは。しかも[鏑木]という姓はその辺にごろごろある姓ではない。

百歩譲って名字が同じだとしても名前までも同じというのはどう説明したらいいのか。


「あー。頭いてぇ」


ガシガシ!と島山が自分の髪を鷲掴みにする。


やっぱり懐に入ってみないことには考えてもわからない。


メモリを抜いてパソコンを閉じる。

背もたれにもたれて島山は今日何度目かのため息をついた。












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