第4話 売り組織をぶっ壊せ!【1】







ドンドンドン!と古びたドアが壊れそうなほどのノックの音が聞こえて、長椅子に座っていた篠原と藤井は顔を見合わせた。


「今日って来客予定なかったよね?」

「なかった。誰だろ」


大きな目をくりくりとさせている藤井に頷いて篠原がパーテーションの向こうに歩いて行く。

その間にもドア全体が揺れるほどのノックが繰り返されていた。


「はい」


篠原がドアを開けると、大きなノックの音からは想像できないぐらいのピシッとスーツを着た愛想の良さそうな男が立っていた。


「え?ああ、新人さんか。初めまして。わたくし榎と申します。筧桜輔さんはいらっしゃいますか?」

「えのきさん?」

「ここにはそのような人はいませんよ」


篠原のすぐ後ろから藤井がそう言って榎と名乗った男の目を見つめる。篠原も身長は高い方なのだがそれよりももっと高い藤井が後ろから榎に圧をかけるように見下ろしていた。


「いるのはわかってるんですよ。急ぎの用なんです!」

「ここにはいないって言ってるでしょ。何度来てもらっても同じです」

「しかし、」

「おかえりください」


まだ24歳の可愛いらしい顔をキリッとさせた藤井の圧に榎はうなだれた。

篠原は状況が読めなかったがとりあえず筧のことは言わないことにして藤井に合わせてうんうん、と頷いた。


「…また来ます」

「来なくて結構です」

「あ、そうだ。これ、これだけ筧に渡してください」


内ポケットから榎が取り出したのは折り畳まれた白い紙。

上から見下ろしている藤井の手にそれを無理やり握らせた。


「いないって言ってますけど」

「もし、来たら。筧がもし来たら渡してください!」


ニコッと笑ってうんうん、と頷いた榎が藤井の手を上からさらにぎゅっと握る。

迷惑そうな藤井を見ながら隣にいた篠原にペコっと頭を下げて帰って行った。

榎が階段を降りていく音を聞いてから篠原が口を開いた。


「筧の知り合い?」

「そう。でも桜くんは会いたくないんだって」

「そうか」

「篠くんには理由言っといた方がいいな」


筧は今外出中で本当にいない。

しかしもうこの事務所で働き出してひと月が過ぎている篠原には言ってもいいだろうと藤井は判断した。

ひと月過ぎているのもあるが、篠原が信頼できる人だということはここの全員がわかっているからだ。


榎が訪ねてくる前と同じように藤井と篠原が長椅子に向かい合って座る。

前にある崩れそうなローテーブルに置いていた資料を藤井が重ねてトントン、とした。







1階に着く最後の階段のところに島山が壁にもたれて立っていた。

ビル自体古いのでコンクリートの壁もところどころぼろぼろと崩れている。

もたれていた島の黒いTシャツの肩に灰色のコンクリートの欠片が乗っていた。


「また来たの?」

「またいないって言われましたよ」


島山がいるところの数段前で足を止めた榎がそう言ってため息をついた。


「調べたんだけど榎さん、あんた筧って人の相棒だったらしいね」


思ったことをすぐ口にしてしまう島山だが、言葉を選びながら話していく。

自分ではなく大切な所員である筧のことなので慎重にしなくてはならない。

頷くこともせず榎はじっと島山を見ていた。


「相棒でした。昔はね。でも今は筧を救いたいから探してるんだ!」

「救いたい?」

「調べたんなら全部知ってるんでしょ所長さん。組織から追われてるあいつを俺は救うために俺も逃げてきたんだ」

「その組織からあんたも足を洗ったってこと?」


うん、と榎が静かに頷く。キチっとしたスーツを着ているのは榎なりの変装なのだろう。

一番最初にここを訪れてきた時の榎は、島山みたいにラフな格好だった。

しかしここ最近は印象も違うし見た目も変わっているのだ。

逃げている、という言葉を信用してもいいか、島山はボロい壁を見ながら考えた。


「マジで申し訳ないんだけどさ、筧って人はここにはいないから」

「でも、」

「いないけど、良かったらまた来いよ」

「所長さん…」

「その呼び方好きじゃねえんだよな」


動かすにじっと立ち尽くしている榎の肩をぽんぽん、として島山は階段を上がる。

島山に振り向くことなく榎はまだじっと前を向いていた。







「売り?」


篠原が目を見開いてそう聞くと藤井がうん、と小さく頷く。

しかし売り、と聞いても篠原はピンとこなかった。

まず筧が身を売っていたのかそれとも売りを斡旋していたのか。はたまた身とかではなく何かを売っていたのか。


「桜くんはさっきの榎くんと組んで売りをさせられるところを逃げ出してきたんだ」


筧と榎は元々親友だった。小学校の時からのいわゆる幼なじみで、立教大学を卒業した筧とFラン大学を卒業した榎。

年も筧の方が2歳上でバラバラな人生を歩んできたにも関わらず気が合うのか、ずっと仲が良かった。

大学を卒業してから筧は一流企業に就職したが、榎は定職につかずフリーターとして暮らしていた。

いろんな仕事をしていた榎は交友関係も広く、その関係でまた新しい仕事を紹介してもらったりしていた。


「榎くんが仲良かった人が、その、売りを斡旋してたんだよ」

「売り、って麻薬とか、じゃないよね?」

「ううん。まあ篠くんも気づいてると思うけど一般的にいう売り。

榎くんはもちろんそんなことも知らずにいい金になるからって誘われたらしい」


篠原がさっきの榎という男の顔を思い浮かべる。確かにそんな犯罪に手を染めるような男には見えなかった。

気の良さそうな感じさえして、筧の親友と言われても頷けた。


「で、筧を誘った、ってこと?」

「二人一組でやれって言われたらしい。いい金になるならって一番仲の良かった桜くんを誘ったんだって」


榎は純粋に筧にも稼がせてやろうと誘ったのだ。しかし蓋を開けてみたら売りだったというわけだ。


「買う相手と榎くんが交渉して、桜くんは商品」

「うわあ」

「もちろんそれを知った榎くんは桜くんを逃した」


割と大きな組織だったのか、ヤクザが絡んでいたのかはわからない。

顔も整っていて可愛い雰囲気の筧は上級の商品だったのだろう。

内部のことを知られたのもあるからなのだろうか筧が勤めていた会社に、いかつい男数人が探しにきたりして筧は会社に行くことができなくなった。


そればかりではない。一人暮らしをしていたマンションや実家にまでその組織から派遣されたいかつい男たちは容赦なく踏み込んだ。

筧を逃した榎は組織に縛り付けられた。

ほとんど金ももらえずに雑用のような仕事をさせられる。

雑用とはいえ犯罪を

行なっている組織だ。もし警察に入られたら榎も捕まってしまうだろう。


「考えようによっちゃ榎くんは筧くんを逃したから組織に留め置かれてるんだよね」

「いい人っぽかったもんな。榎さん」

「だよね。俺もそれは思う。でもそういうことだから桜くんに会わせるわけにはいかないのよ」


いい人に見えても、筧の親友でも、騙して筧を連れ去るかもしれない。

逃れて逃れてやっとここに落ち着けた筧にもう

二度と苦労はさせたくないのだ。


「確かに。組織と繋がってるんだもんな。安易に信用できん」

「篠くんもそう思う?だよね。でも何回も何回も来るからなんだかかわいそうになってきてさ」


冷たい目で帰るように言い放った藤井がそんなことを考えていたなんて。

コピーというのは単なる変装ではなく演じる

ことなのかなと藤井を見ながら篠原は思った。


「繋がってないらしいぜ」


いつのまに入ってきたのか、パーテーションの向こうから島山の声がした。

背中を向けて座っていた篠原が島山に振り

向くと篠原の肩をぼんぽんとして隣に座った。


「どういうこと?」


向かいの長椅子にひとり座っている藤井が大きな目を丸くして膝に自分の肘を置き、身を乗り出した。


「榎が入ってここに行くのが見えたから、」


用事を済ませて事務所に帰って来た島山がビルに入ろうとすると向こうから榎が走ってくるのが見えた。

サッと近くの大きな看板に身を隠したので見つからなかった。


「どうせすぐに追い払われて出てくんだろ、と思って階段で待ち伏せしてたのよ」

「で、なんか話したの?榎くんと」


島山は良くも悪くも正直な人間だ。筧のことを何か漏らしたのでは、と藤井は心配した。

しかし藤井がそのあたりのことを心配していることも島山にはわかっているので安心させるように微笑んだ。


「筧がここにいることは言ってない。筧の相棒だったことを調べた、って言っただけだ」

「繋がってないってどういうこと?」

「あ、篠くんにも話したんだよ。良かったよね?」


榎と売り組織が繋がっていない、と島山が言ったことに対して頭の中でいろいろ考えていた篠原がその理由を聞いた。

榎も逃げて来たのか。はたまた繋がっていないというのは嘘か。


「もちろんいいよ。篠原はもう俺らの仲間だからな。

筧が逃げまくらなくていいように榎も足を洗ったってさ。筧を救いたい、って言ってた」

「ホントかな」

「わかんね。でも逃げて来た、って榎は言ってたから足を洗ったっつうより単に逃げてるだけかもよ」


逃げて来た榎にどうやって筧が救えるのか。二人してどこか遠くへ飛ぶしかないのでは。

ああいった組織はもちろんだが口外されることを一番に恐れる。

口外された先が警察ならそこで終わりだ。

今ごろ血眼になってふたりを探しているだろう。そして見つかった暁には。


「榎もかくまったとしてもすぐにバレるだろうな」

「そうだよね。大勢で来られたら俺らだけでは無理だよ。

桜くんを引き渡すなんてこと絶対したくない」

「よし。筧に相談すっか」


トン、と自分の膝を打った島山がうんうんと頷く。

さっきより目を丸くした藤井と眉間にシワを寄せた篠原が顔を合わせた。


「咲くん、マジでバカだよな」

「俺もそう思った。てかびっくりした」

「はあ?なんでだよ」


藤井と篠原があきれた顔になっていく。意味のわからない島山が二人の顔を交互に見ていた。


「そんなこと言ったら筧はみんなに迷惑をかけるからってこっそりここを出て行くだろ」

「桜くんてやりたい放題なとこあるし、お坊ちゃん気質だけど仲間だけはめちゃめちゃ大事にするよ」

「ははは。お前らこそバカだな!」


大きな口を開けて島山が笑う。

しかし藤井と篠原は笑ってはいない。

瞬きをしながらさらに豪快に笑う島山を見ているだけだった。

バカにしているのではない。ただただ楽しそうに笑っている島山。

篠原はまた頭の中で今島山が発した言葉を拾って組み立てていた。


「まさか」

「そう!そのまさか!」

「まだ言ってないんだけど」

「え?え?篠くん?」


島山は筧と榎が追われている売り組織を壊そうとしているのだ。

二人を匿うことによって追って来るであろう組織の人間に対応するのではない。組織ごとぶっ壊そうとしているのだ。


「無理無理無理無理」

「篠原。お前、まだやってもないのに!」

「ちょっと待って。どういうことよ二人とも!」


篠原が藤井にそのことを話すとバッ!と藤井が立ち上がる。

身長182cmの藤井を篠原と島山が見上げた。


「ほら。無理でしょ。哉太もビックリしてるじゃん」


立ったまま藤井が両手の拳をギュッと握ってニコッと笑った。


「おもしろそう!」

「え?」

「おいおい哉太。遊びじゃねえんだぞ」


ははは!とまた島山が豪快に笑う。

え?え?と何度も言いながら篠原は頭を抱えた。


「え?待って。マジ?無理に決まってんじゃん。なんなのこの二人」

「そういう時はな、うまくいくもんなんだよ」

「その信念だけで突っ込むの?ヤバいって」

「なんかワクワクしてきた。桜くん早く帰ってこないかな」


一枚も二枚もうわてだ、と藤井が島山を褒めると髪をワシャワシャとしながら島山が照れる。

とりあえず今打ち合わせに行っている筧と鏑木が帰って来たら会議をすることになった。


筧は外出する時は変装している。そして必ず1人ではなく誰かと一緒にに行動することになっていた。

普段はほとんど事務所で事務仕事をしている。

筧がウォッチもコピーもやらない理由が篠原にはやっとわかった。


「なんか頭痛くなってきた」


楽しそうに話している島山と藤井の横で篠原がまた頭を抱える。

こんな5人だけ、いや、筧は行けないから4人で乗り込んだところでだ。

島山のことだからなんの計画も立てずに言ったのだろう。


ガチャ、とドアの開く音が篠原の耳に飛び込んできた。


「うわあ。帰って来たぁ。どうしよどうしよ」

「はあ?なんだよ篠。帰って来ちゃダメなのかよ」


何も知らない筧が篠原を押すようにして抱きつく。

その後ろから部屋に入って来た鏑木がそんな二人を見て笑っていた。








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