第15話 命じられた微笑


朝を迎えると、怜司はいつものように料理を運んできた。

真琴はベットの上で身体を起こし、怜司の方に顔を向けた。


「怜司、おはようございます。」


口角は1ミリだけ上げ、穏やかな声で挨拶する。丁寧に、上品に。


料理を並べていた怜司が、わずかに振り返り、「おはよう、真琴」と返す。


アラーム前、突然の真琴の挨拶に少し驚きながら、配膳を終えた怜司が真琴へと、歩み寄る。


今度は2ミリ、口角を上げる。


足枷が外される。足首の開放感を感じながら、真琴は怜司を見つめた。


「怜司、いつもありがとう」


真琴の初めての変化に警戒心を抱きつつ、怜司は部屋を後にした。


怜司の後ろ姿を見送った後、スピーカーから、流れる朝のアラーム。


真琴はベッドを降り、洗面所へと移動した。監視から外れる数少ないプライベート空間。

鏡の中には、冷静なまなざしと秘められた意志を宿した女がいる。


──次は3ミリね──


鏡に向かって笑顔を返した。




23時、矯正が始まる。真琴が壁際まで寄り、両腕を整えると、まるでタイミングを計ったように、怜司が現れた。


10度だけ視線を下にずらす。


「今日は2回。何?」


真琴は少しだけ眉を寄せ、伏せた視線のまま答えた。


「幸せの描写の課題を、時間内に描き終えることができませんでした。

シャワーの時間を1分過ぎてしまいました」


怜司が普段通りにメモをとる。


幸せな毎日を描ききれず、越してしまった時間。

急ごうとはしたものの、間に合わなかった少しのミス。


どちらも怜司への敬意を忘れない、造られた失敗だった。


「こっちを見て」


言われたとおりに真琴は怜司を見つめた。その瞳は大好きな恋人に向けられる──それだった。


次に起こる衝撃に備え、真琴は静かに下唇を少しだけ噛み、奥歯に力を込めた。


頬を打たれる間も、真琴は必死に怜司の瞳を見つめ続けた。


矯正が終わり、両手を下ろしながら怜司が呟く。


「ねえ、今日から真琴の隣で寝てもいい?」


「うん。もちろん」


笑顔で答えた。




それから毎日、矯正後、怜司は真琴の隣で眠るようになった。何をするでもなく、ただ隣で眠る。


「おやすみ、真琴」


「真琴がそばにいる時だけ、僕は幸せでいられるんだ」


「可愛いなあ、真琴。ほんとに大好きだよ」


甘い言葉を囁きながら、髪を撫でながら、怜司は眠りに落ちる。


──もし、ここが監禁部屋じゃなかったら──


──もし、さっきの暴力がなかったら──


無防備に眠る、その美しい寝顔を隣で眺めながら……現実を確かめるように、真琴は赤く腫れた自分の頬にそっと触れた。




原作ver(R18)エブリスタにて連載中です

https://estar.jp/novels/26447179

僕の中に眠る君─愛という名の支配─


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