元日本人たちの食事会

(勇者視点)


 ある日『やっと昆布らしきものを見つけたの!』とシホさんから連絡があった。今まではこの世界で使える出汁といえば、鶏ガラやコンソメなどはともかく、和風にするならきのこ系か煮干し系が主だったらしい。


 シホさんが魔法で転送してきた手紙は、昆布出汁が再現できる可能性を前に文字が弾んでいるように見えた。


 シホさんは魔族の王、つまり魔王である。そして私は人間たちに召喚された勇者だ。


 けれど、この世界の魔族と人間の対立は、人間の無知から来る勘違いが原因で、シホさんは人間との和解を望んでいた。


「ヒナタは割と昆布好きだったよね?」

 私の親友であり、一緒にこの世界に来た聖女であり、呼んではいけない本名を持つスミちゃんが懐かしむように言った。


「おつまみ昆布みたいなやつよく食べてた」

「そう言うスミちゃんは鰹出汁派じゃなかった?」

「そうだよ。でも鰹節の再現はまだ難しいみたい。試作品はいい線いってると思うんだけど、シホは気に入らないらしくて」


「ああ、そうだ。『食事会をするからおいで』だって。スミちゃんも誘うようにって」

「なら私にも手紙くれたらいいのに」


「一緒に居ると思われてるんでしょ」

 行くよね、と聞けば、もちろん、と返事があった。


 世界を平和にするための旅が終わって、聖騎士になったアルが暮らし始めた屋敷には、魔族の国である魔国への転移魔法陣がある。それも魔王城への直通だ。私たちが魔国に遊びに行きたい時はアルの屋敷の魔法陣を使わせてもらっている。


 人間の国の王様は、私とスミちゃんにもそれぞれ立派なお屋敷をくれると言ったんだけど、私たちはそれを断って、アルの屋敷の近くに比較的庶民的な一軒家を借りた。


 広すぎる部屋が落ち着かなかったのだ。メイドさんに常駐されるのも気を使うし。たまに派遣してくれたら十分だよ。


 アルの屋敷には時々魔国からの客が来る。今のアルは瘴気の浄化に関する人間側の責任者みたいな扱いだから、色々と話し合うことも多いみたい。


 その来客の中のひとり、魔王の側近であるケインさんの補佐官と、アルは最近仲がいい。確か、名前はジルさん。


「あ、ヒナタ様!」

 アルの屋敷で、そのジルさんに呼び止められた。

「魔王様が今どこにいらっしゃるかご存知でしょうか? 確認していただきたい書類があるのですが」


 私はスミちゃんと顔を見合わせた。魔王の居場所は知っている。魔国の城下町にある、シホさんの厨房兼秘密基地だ。でもこの人にそれを教えてしまったら、食事会が中止になりかねない。


「ごめん。わからないや」

「そうですか……あの。魔王様を真名で呼び出していただくわけには……」

「悪いけど、それはあまりやりたくないかな」

「……そうですよねぇ」


 私はシホさんの真名を知っている。真名で呼びかければ、魔族はそれに逆らえない。けど、真名を呼ばれると身体には大きな負担がかかるらしい。私はよほどのことがなければシホさんの真名は呼ばないと宣言している。


「魔国にお出かけですか?」

 まいったな。ここでジルさんに捕まるわけにはいかない。

「うん、ちょっとね」


「たまにはハーヴィー団長の顔でも見に行こうかと思って」

 言葉を濁す私に、スミちゃんが助け舟を出してくれた。魔国騎士団の団長、ハーヴィーさんはスミちゃんとも仲がいいし、滅多なことでは魔王城から離れないから、ちょうどいい言い訳。


「ジルはシホを探してるの?」

 スミちゃんに聞かれて、ジルさんは苦笑した。

「それもあるのですが、この後アルヴィン様と会議の予定でして」


「そっか。聖女の次の派遣先が決まったら教えてね。浄化頑張るからさ」

「はい」


 ジルさんに怪しまれないうちに、さっさと魔王城に転移……したら、ケインさんが目の前にいた。


「これはこれは勇者様。あなたなら我が君の居場所を知っていますね?」

「……シホさん、何かしたの」


「していないから困るのですよ。執務に戻るよう、お願いしたいのですが」

「そう……」


 まいったなぁ。流石にこの人をここで誤魔化すのは難しい。顔が強張っている自覚がある。

 ケインさんは、深々とわざとらしいため息をついた。


「……仕方がありませんね。今日だけですよ?」

「え?」

「今は見逃すと言っているんです。その代わり、明日は確実に我が君を執務室に連れてきてくださいね」


 つまり、食事会をしてきていいと。

「ありがとう、ケインさん」


 魔王城を抜け出して、ごちゃごちゃとした街を歩く。魔国の城下町は密度が高い。大通り以外の道は細く複雑で、建物は人間の国の王都に比べて縦に長く、増改築が繰り返されている様子。


 シホさんの手紙を頼りに路地を進むと、なんともいい匂いがしてきた。ご飯が炊ける匂いと、嗅いだことのあるこの匂いは……とにかく、ここで間違いない。


「いらっしゃい、二人とも」

 長い黒髪をアップにまとめ、エプロンを身に着けた魔王に出迎えられた。私が初めてシホさんに会った時も、日本の食事をご馳走になったんだよねぇ。


「シホさん。ケインさんが探してたよ」

「あら、そう?」

 元日本人の魔王はおっとりと笑う。

「大丈夫よ。本当に緊急の案件なら、強引に呼び出されるもの」


「明日は絶対仕事しろって」

「……わかったわ」


 座ってと言われて席についた。私とスミちゃんの前にまず出されたのは湯呑み。シホさんは食器や調理器具の再現もしている。


「味見してくれる?」

 あ、これ昆布出汁だ。と言うか、昆布茶だ。


 テーブルの上はあっという間に料理でいっぱいになった。今日のメインは昆布なので、和食が多い。特に目を引くのは中央に置かれた鍋。


 スミちゃんが「おでんだ!」と目を輝かせた。匂いで気付いていたけど、やっぱりおでんだったか。練り物も自作だろう。シホさんすごいね。


 それから私たちは、他愛もない話をしながら食事をした。『おでんはご飯のおかずになるか』という話から『目玉焼きに何をかけるか』という話になり、醤油派の聖女と塩コショウ派の魔王が戦争になりかけたのをどうにか宥めた。


「私、前世の記憶が薄れてきてるの」

 シホさんが寂しそうに言った。

「魔族は長命だから、仕方がないわね」

 でも、と魔王は微笑む。

「完全に記憶を失う前に、あなたたちと会えて本当に良かった」


 シホさんが魔王に転生してしまった経緯は知らない。でも、魔王がこの人じゃなかったら、あの時私の口にから揚げが突っ込まれてなかったら、今のこの世界の平和もありえなかったのかもしれない。






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