卵焼きは甘かった

(勇者視点)


 勇者である私の最終目標は、魔王を倒すことだと思っていた。

 でも。色々あって辿り着いた魔王の城に居たのは、前世が日本人だというひとりの女性だった。


 その人は「少し話しましょう」と言って、私の前に卵焼きとから揚げと塩おむすびと味噌汁を並べた。


 試しに《鑑定》してみても、毒は入っていないらしい。とはいえ、どう考えてもコレが魔王だろう。


 どんなに白米が恋しくても、いい匂いがしても、手を出せるはずがなかった。正直日本食には飢えていた。それでも。


「から揚げは嫌い?」

首を傾げた女性の長い黒髪がさらりと揺れる。

「そういう問題じゃない」

 くうぅ、とお腹が鳴った。流石に恥ずかしい。


「……魔王と食事なんてできるわけないでしょう」

「じゃあ、食べなくてもいいから聞かせて。人間はどうして魔族を襲うの?」


 頭にカッと血が上った。

「そんなの、そっちが攻撃してくるからじゃない!」


「そんなはずない。私は人里を攻撃していいなんて許可してないし、今でも人間はなるべく殺すなって指示してるのよ?」

「でも、実際に町が魔物に襲われて……!!」

「待って。ちょっと落ち着いて」


 魔王が指を鳴らす。から揚げがひとつ浮かび上がって、聖剣を構えようとした私の口に押し込まれた。


 ちょっと。熱っ、熱いって。あ、これ美味しい。毒はないとわかっているから、そのまま飲み込んだ。余計にお腹が空いた気がする……


「もしかして、人間って魔物と魔族の区別がついてないの?」

「……何か違うわけ? 魔石があるのは魔物でしょ?」


「あのね、魔物と魔族は動物と人間くらい違うのよ。魔物に攻撃されて魔族に報復するなんて、山で獣に襲われたことを理由に近くの村の人を殴ってるのとおんなじなんだから!」


「え……そうなの?」

「そうなの。魔物は知能が低くて意志の疎通なんかできないけど、魔族は普通に言葉を話すわよ。確かにどちらも魔核を持つけど、まったくの別物ね」


「では、魔物が活発化していることはどう説明するのです?」

 狼から人の姿に戻ったアルの眉間には深いシワ。魔王を警戒しているのだろう。穏やかに話している状況を受け入れ難いに違いない。


 なんか足元で闇魔法の触手がうぞうぞしてるけど、大丈夫? 魔法が暴走してない?


「死者が増えているからよ。特に人間が魔族を殺すからでしょ。魔力を多く持つ者が死ぬと瘴気も多く残るし、恨みがあれば尚更じゃない。そこから魔物が湧いてるのよ」


「瘴気……?」

「瘴気を知らないの!?」

 嘘でしょう、と魔王は頭を抱えた。


「じゃあ、ずっと前から瘴気の浄化をしてないってこと?」

「してない、と思う。たぶん」


「勘弁してよ。神殿くらいあるでしょう? 聖職者は何してるのよ」

 死者が出た後に瘴気をちゃんと浄化すれば魔物の発生は抑えられると魔王は言った。


「もしかして……人間の行動が魔物を増やしてるの?」

「そうよ。魔族としてはいい迷惑だわ」

 それなら魔族そのものは敵じゃない?

 この魔王も?


「待ってください、ヒナタ。この者が真実を話しているとは限りません」

 アルの言葉に魔王が苦い顔をした。

「うーん。どうしたら信じてもらえるかなぁ……」


 しばらく考えてから、魔王が言った。

「決めた。私の真名を勇者ちゃんに預ける。魔族は真名を呼ばれれば逆らえない。それで敵じゃないって信じてくれない?」


 なんだかすごく、嫌な予感がした。

「え……ヤダ、要らない」

「そう言わないでよ勇者ちゃん」

「だってそれ絶対面倒なことになるでしょ」

「すでになってんのよ、面倒なことに! 今の敵対関係どうすんのよ!」


 結局、拒み切れなかった。耳を塞いでも、頭の中に直接、真名を吹き込まれた。

「これで私はあなたの従魔。よろしくね、ご主人様」

 魔王がにっこりと笑う。何故こんなことに。


「せっかくだから食べない?」

 魔王に勧められるまま、料理に手を伸ばした。魔法で保温していたそうで、ちゃんと温かい。懐かしい味に涙が出そうになった。めちゃくちゃ美味しい……


「美味しそうに食べるわねぇ。頑張って味噌を作って良かった」

 魔王は料理が趣味で、醤油も日本酒も再現しているそうだ。ただ、鰹節には苦戦しているという。味噌汁のだしは煮干しっぽい。


「人間の代表に会いたいわね。誤解を解くために頑張りましょう。ね、ご主人様?」

「……そうだね」

 それで世界が平和になるといいんだけど。







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