逃亡勇者は元騎士と
夕月ねむ
お人好し勇者と世話焼き元騎士
(勇者視点)
カァーン、カァーンと高く鳴る鐘。町に響くその音は、魔物の襲撃を知らせるもの。椅子をガタリと鳴らして、私は立ち上がった。
「ヒナタ。行くのですか?」
相棒兼保護者のアルに聞かれて、頷いた。
「放ってはおけないでしょ」
「あなたが犠牲にならなければ滅びる国など、勝手に滅びてしまえばいいのに」
こらこら。あんまり不穏なこと言わないでよ。仮にもその国に仕えていたんでしょうが。
「町の人たちに罪はないからね」
この規模の町でも自警団くらいはあると思うけど、魔物の相手なら私が出た方が早い。
金髪碧眼の元騎士は苦笑して「仕方がありませんね」と立ち上がった。
長年魔物の被害に悩まされてきたこの国に、召喚された勇者が私だった。こんな細い手足の華奢な小娘が勇者だなんて、と国の偉い人たちは酷くがっかりしたらしい。
確かに私はまだ十六歳になったばかりでごく普通の高校生だったけど、突然拉致した癖に随分と勝手だ。
創造の女神によると、私はこちらの世界に着いてから少しずつ強くなっていく必要があって。召喚直後の私は弱くても仕方がなかったんだ。それを説明しようにも、この国の偉い人たちは私の話を聞くどころか、会おうともしなかった。
召喚は失敗だと決めつけた癖に、よくわからない訓練をさせられた。勇者であるならと戦場に出された。魔物は倒せたけど、私は吐いた。生き物を殺すなんてこと、慣れていなかったのだから仕方がない。
食べ物も合わなくて、ホームシックに陥って。ここまでひ弱では役に立たない、と城から放り出された。
ただひとり、アルだけが、騎士を辞めてまで私を助けようとしてくれた。
カンカンカンッと鐘の音の間隔が短くなった。さっきより魔物が近付いてきているのだ。
逃げようとする人の間をすり抜けて、私とアルは魔物のいる場所を目指した。
門を抜けて開けた場所に出た。
私は勇者だ。細くても小娘でも。発展途上とはいえ、勇者としての能力は与えられている。
左手に弓を。右手に矢を。魔法で作り出して、それを構える。引き絞って放てば、聖なる光が弧を描く。まだ遠く黒い影のような魔物の姿が、いくつか倒れて動かなくなった。
魔物の数が多い。これは放っておいたら町がなくなっていたかもしれないな。そんなことを思いながら、何度も光の矢を放った。
討ち漏らした魔物はいるけど、かなり数は減らせている。寄って来る魔物は、攻撃が届く前にアルが斬り捨て私を守ってくれていた。
いつからだろう。魔物の前に立っても震えなくなったのは。
私は随分変わってしまった。今更元の世界に戻れたとしても、かつてと同じ生活はできないかもしれなかった。
いつの間にか鐘の音が聞こえなくなっていた。私の視界に動く魔物はもういない。
少し離れた場所には自警団の兵士たちがいた。それぞれ魔物と戦っていたらしい。兵士たちがこちらを見た。私とアルに注目が集まる。
「逃げますよ!」
魔法の使い過ぎで疲弊した私をアルが抱え上げた。この町の貴族にでも捕まれば、私は城に連れ戻されてしまう。あんな嫌な思い出しかない場所に戻りたくなんかない。
私は城から追放された。貧弱だ、使えない、と言われた。けど、あいつらはそれを隠した。
私が本物の勇者だとわかると、自分たちの間違いを認めずに、アルを勇者連れ去りの誘拐犯に仕立て上げたのだ。
捕まるわけにはいかない。私はともかく、アルがどうなるか。勇者という立場を振りかざしたとしても、完全に守れる自信がない。
「この町にも居られなくなっちゃったね」
抱えられたまま、揺れで舌を噛まないように気を付けながら言えば、アルは呆れたような顔をする。
「あなたがお人好しだからですよ」
「ねぇ。次はどこに行こうか?」
「南はどうです? 果物が美味しい。好きでしょう、果物」
「いいね。じゃあ南へ!」
今の私ではまだ魔王なんて倒せない。雑魚戦で疲れ切ってしまうのだから。でもいつか、ちゃんと強くなって、世界を平和にしたいと思う。
召喚しておいて放り出した国のことなんか正直どうでもいい。だけど、私を抱えて走るこの青年が、落ち着いて暮らせる世界を作りたい。
ただ、そんなこと今すぐになんて無理だから。逃亡勇者は元騎士と二人、ひとまずは美味しいものを食べに行くのだ。
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