Wing Arms 11
赤王五条
外から来た少年
見渡す限り荒野、荒野、荒野。辛うじて相当距離の先に森が見えるが、人家は存在しない。
そんな荒野にぽつんと庭園のある屋敷群が存在する。
シューベルハウト機関。一人の男によって設立された私立教育機関を含む施設である。
その施設に、ボストンバッグ1つとバイクでやってくる少年と青年の間くらいの男の子がたった一人で門戸を叩いた。特徴のない地味な上下の上に背中に妙な紋様の描かれたジャケットを着ている。
彼を迎え入れたのは赤毛のメイド。黒のロングワンピースに清潔そうな白いエプロンをするクラシカルなスタイルである。女性としても大柄なメイドさんに、まずは自室を案内される。
自室と言っても、屋敷群からはずれの離れである。急ごしらえらしい木造小屋に不釣り合いのキッチンが備えられている。
専用部屋と聞こえはいいが、実際には隔離と言っていい。そうせざる得ない理由は、後で分かる。
荷物を置いた彼が次に案内されたのは学舎であろう建物だ。その中で一番大きい講堂に案内される。
講堂の大扉の前に別の青年が立っている。髪の短い、ハツラツそうな男。少年より年上に見えるが、中年ではない。青年に見えるが、堂々としていてやってきた少年を見据えている。その表情に険は無い。
「ルシカさん。アルフレッド。間違いありませんか?」
「はい。旦那様からお伝えされた容姿、日時、間違いありません。」
青年から出た声はそこまで低音でない。ルシカと呼ばれた赤毛メイドはワンピーススカートを両手両端でつまみ上げ、礼を取っている。初めて見たが、なかなか様になっている。
「俺は
目の前の青年は古代アスカを名乗った。国籍を明かすのは、違和感がある。アルフレッドと呼ばれた少年は、自分の国籍について深く考えたことはない。
「あまり関係ないか。こう言ったほうがいいか。君の父親のことを知っている。だから、君の素性のことは把握している。」
古代は一旦思案して、言葉を並べた。それらに、アルフレッドは警戒した。
「あー、すまない。学院長から見た君のことと、俺から見る君のこととは、基本的に違うものだと思ってくれればいい。」
古代は警戒心を解くつもりか、妙なことを口走る。
「君がここに来てすべきことを、俺は応援する立場にあるし、好意的に見えている。それだけは知っておいて欲しい。」
古代はそう言って振り返り、講堂の大扉を押し開いた。彼の背筋は伸びている。何かやましさを抱えている様子はないように見える。
アルフレッドにとっては、警戒を解けない言葉であった。
古代が開いた扉の先には、半円型ホールに階段状の席が並ぶ大講堂がある。その席に座る人々は、一様に少女だった。中には男性並みに背の高い少女や、少女らしい小柄な娘もいる。
古代の後ろから現れたアルフレッドの姿を見て、彼女らはどよめく。
驚きか警戒か。しかし、アルフレッドに一番近い距離にいるポニーテールで金髪交じりの赤毛の子はニコニコと手を振ってきている。
一番先、ホールの一番下の壇上にいる金髪の男性が古代やアルフレッドを見据えている。真っ白な服装で、若くは見えるが年齢が読めない。
「少々緊張すると思うが、どうぞ?」
古代は左手で金髪の男性の元に行くよう指し示す。それに導かれ、アルフレッドはゆるやかな階段を下りて、壇上へ向かう。席に座るのはやはり女の子ばかりである。否、彼が話に聞いた通り、女子しかいない。
そこに男の子であるアルフレッドが来るということは、当然奇異の目線で見られるに決まっている。彼女らからすれば、男性は大人で、古代や壇上にいる男性、そして院長ぐらいなものだろう。アルフレッドのような同世代の男の子は、生き物として初めてかもしれない。
これらの注がれる目線を背中に受け、彼は壇上に上がる。壇上の金髪の男性のアルフレッドへの目線は冷徹だ。ある種、無関心な、古代から見られるのとは違う印象を受ける。
「どうぞ」
彼はアルフレッドに教壇に立つように促す。特に彼からアルフレッドを紹介する様子は見せない。あるいはすでに転校生が来るとでも言ったのか。
教壇には一応マイクがある。それがどの程度集音されるか分からないので、音を確かめる。
「あー」
ハウリングしないよう調整された増幅音声を確かめ、アルフレッドは改めて行動の少女たちを右から左へさっと眺めた。
目を引くのは3人、いや4人。
一番前の席に座る黒髪の女の子。
その2列後方に座る大人っぽい金髪の娘。
右翼に座るツインテールの少女。
そして、入ってきてからずっとニコニコとアルフレッドを見ているポニテ少女。
この中でポニテ少女以外に、ツインテールの少女は興味津々に、ほかの少女は警戒心強めに見つめている。
「俺はアルフレッド」
アルフレッドは自己紹介の口を開く。ただ普通の自己紹介ではない。
「俺はここに学びに来たわけでも、住むために来たわけでもない」
アルフレッドはいわゆる高等教育を終えた18歳だ。この学院は非公式な教育機関である。この少女たちは常識的な教育を受ける立場にはあるらしい。
そして、現在この世界を取り巻く状況からすれば、どこに住んでいようが危険なことに変わりないが、ある種では学院は安全かもしれない。
「今日この日からはインプラントとは俺が戦う。君たちはもう戦わなくていい。」
彼の言葉は、少女たちを一層どよめかせた。そして、目の前の黒髪の少女が机を叩いて立ち上がった。
「あなた何様よ!?」
その文句は最もっともなことである。だが、アルフレッドは説明せずに、教壇を離れて壇上から降りた。彼はここに自分がここに来た理由を話すためだけに来た。その用事が終わったなら、もはや用は無い。
彼女らに言うべきことは言った。それ以上の説明を彼はする気がなかった。
壇上から去り、講堂を出ようとする彼を止めようとする者はいなかった。どの子も彼を睨みつける中、一番後ろにいるポニテの子は、なぜか残念そうに、困ったように彼を見ていた。扉のそばにいた古代もなんとなく同じように、肩をすくめていた。
「とても、らしいな、と思った」
ポニテの娘も古代も無視して講堂を出ようとする。彼は通り過ぎるアルフレッドに言った。アルフレッドの父親の何を知っているのかと突っ込もうとしたが、今は栓の無いことだと、やはり無視することにした。
*****
「彼はそんなこと言ったのか」
学院長室とは名ばかりの応接室兼私室の1つにポニーテールにまとめてもロングヘアな金髪の男性がアスカと話している。
彼こそシューベルハウト機関の責任者にして、この学院の院長、エルレーンである。
「彼の心意気は買いたいが」
上等なティーカップに注がれた紅茶を啜り、一息つく。今この場にいないが、赤毛メイドのルシカが淹れてくれた紅茶である。ちなみにメイドさんというが、エルレーンの奥さんである。彼女一人で機関の家事や食事を一手に引き受ける鉄腕女性である。
「あの人なら、ああ言うんじゃないですかね」
アルフレッドに言ったように、彼の父親を思い浮かべたアスカ。アスカの思う彼の父親と、エルレーンが把握する彼の素性と父親は一致している。共通の友人の息子を問題児とは思ってはいない。
「言う、言うかな、いや言うな~」
エルレーンは少し考えたようだが、おおむね同意した。それと共にため息をつく。
「彼からしてみれば、助けに来たつもりなんだろうが」
「どうですかね。純粋にすべきことを為しに来ただけかも。」
等々、好き勝手に言っていると、彼らにとっては聞きなれた警報が響く。この警報は、敷地内火災の警報などではない。
インプラント。今この世界で発生する謎の化け物のことを言う。その化け物の発生を検知した警報である。
「おあつらえむきだ」
警報にアスカは言って立ち上がる。
「以後宜しく」
「了解」
エルレーンの方は動かない。彼自身が動くことはあまりない。普段は動かないよう言われているぐらいだ。
アスカはインプラント排除戦における指揮官である。和やかだった雰囲気を切り替え、無線インカムを片耳に装着する。
「古代よりオーダー発令。出撃は1号機のみ。作戦Aにて実行。」
インカムの無線発報で、指示命令を無人の指揮所に送る。シューベルハウト機関の戦闘要所に有人の場所はほとんどない。人がいなければならない箇所には、搭乗者資格のない、この学院の少女たちが担う。
そのため、講堂にいた女子たちも一様に戦闘態勢に移行する。
アスカが指令室に入室すると、メインオペレーターであるリンダ・シューベルハウトが指令室の機能を次々立ち上げている。彼女は、講堂でアルフレッドにフレンドリーに手を振っていた少女。
彼女はこの学院内で唯一、両親が健在の娘である。彼女の父はエルレーン、母はルシカである。つまり彼女が、アルフレッドに警戒心を持たず、逆に友好的なのは、両親が特殊な仕事をする普通の娘だったからである。
実のところ、アルフレッドの容姿もどこかで見たことがあった。彼の父親とエルレーンが知り合いなら当然であろう。
「1号機搭乗者はアルフレッド」
「適合試験、してないですよね?」
「彼はスペシャルなんだ」
アスカの指示に、リンダは躊躇して言う。この物言いは当然として、アスカはリンダに困ったように言った。説明にはなっていないし、納得はしていないが、指揮官が言うことは素直に聞き入れる。
今までアスカが対応に苦しむことはあっても判断で誤りがあったことはない。
『どういうことだ!? なんで急に来た奴がオーダーされている!?』
指示命令を復唱するよりも早く文句が飛んでくる。
この声は
「指令指示です。従ってください。」
リンダは、納得できない事であればすぐに反論する真面目で堅物な同級生に肩をすくめる。有無を言わせない指示である。説明されていないのだから仕方ない。
「アルフレッドくんですが、搭乗口の案内は?」
「もうまもなくだろう。クロノ、そちらは?」
このシューベルハウト機関の学院棟は地下区画に繋がるシュート構造が無数にある。どこがどこに繋がっているか、所属班員しか把握できないことはある。
ここが初めての人間であるアルフレッドに、それを把握させてやる人間はいまのところいない。
しかし、アスカが呼び掛けたクロノという人物は人間ではない。
いわゆるロボット生命体。かつてこの世界にはエクスドライブマシンというものがあり、ロボットのような見た目で育成されたAIが人間のように感情を持ち話すマシンがあった。クロノはそのようなロボットだといって良い。
「アルフレッド、9番ルートで搭乗へ。1号機へ収容。」
リンダがアルフレッドの識別反応を掴み、モニタリングで彼が1号機に搭乗するのを確認する。
1号機。ファングと呼称される。骨を組み合わせただけのような少々グロテスクな10m級有機生体兵器である。シューベルハウト機関はこれを
右腕部に不恰好な鈍器のようなものがあり、左腕部は肩まで機械化されている左右非対称の姿をしている。
「1号機を7番バレルへ装填。エルザールドライブへの初期適合開始。」
「1号機、バレル装填開始。ドライブ初期適合、80、100。すごい。」
ARMSに搭載されているエルザールドライブというコクピット兼主動力機関。この適合が1号機の戦闘力に直結する。今までの適合者は通常時で100に達することはなかった。
「だからスペシャルなんだ」
アスカがため息をつく。まるで分かっていたかのように。
リフトアップされたファングはバレルと呼ばれるスペースへと運ばれる。その後、バレルは何らかの発射口に装填される。
バレルの行き先は、地下からせり上がり、地上に展開される専用のカタパルトデッキである。
弾丸のように物理的に発射され、戦闘エリアに到達する運搬システムである。
そんなことをすれば、普通はパイロットが持たないのだが、エルザールに適合することができる搭乗者ならば発生する重力衝撃をほぼキャンセルできる。初めから適合者以外は死ぬ作りになっているのだ。
「5カウント」
「5、4、3、2、1、射出!」
リンダが射出レバーを物理的に引いて、ファングは射出される。衝撃音が地下にいるアスカとリンダのもとまで響く。地下ですらそうなのだから、地上では恐ろしいことになっている。
この学院敷地が荒野のど真ん中にあるのは、だいたいこれが理由である。
「目標、モニターに映します」
「ふむ。腕試しには心許ないかもな。」
衛星中継を介した映像が指令室主モニターに映る。発生したインプラントはよく確認される、蝶のような大きな羽を持つが、飛びもしないし、羽ばたきもしない異様な黒い人型だ。
こんなのでもかなりの脅威である。最初に確認された時、この一匹のみで約1万人の犠牲者、行方不明者が出た。
インプラントの特徴として、バリアのようなものを持ち、通常兵器がほぼ通用しない。核攻撃を行った国もあったが、羽を焼くことすら叶わなかった。
バリアは形態位相フィールドである。その時の状況により、バリアの状態を変える厄介なバリアフィールドである。破る方法は、バリアを無理矢理貫くか、無効化させるかである。
ARMSは無効化させる方法を取る。そのためのエルザール機関である。
ただ1号機がインプラントにぶつかって行っただけで、壁のようなものが衝撃音を出す。質の違うバリアフィールドはぶつかり合ってから、衝撃が伝えられたかの如く、インプラントの方が弾かれた。
「フィールド消失!」
リンダが状況を伝える。フィールドが中和されたのではない。文字通りの消失したため、力場のパワーがある方から無い方へと衝撃が伝わったのだ。
「バイタル確認。それと、音声拾えるか?」
「了解。意地悪だと思いますが。」
「風香らが不甲斐ないと思ったわけじゃないが、彼の来た理由はそういうことだ。チカラの違いを思い知らせなければならない。」
今までは敵フィールドを消失させることも難しかった。アルフレッドはそれを簡単に行ってしまった。今までの正パイロットたちには噴飯ものである。何もかもが違う。
それを見せて、思い知らせる。残酷なことなのは古代アスカも分かっている。あえてする。
表示されるバイタルは異常に安定している。戦闘によって興奮状態にあるわけではない。恐怖し、ビビッてしまう心拍数でもない。戦闘の経験や練度のある、そんな平常心が今のパイロットにはある。
(興奮状態には無いが、エルザールはある程度気力がなければ操れないぞ!)
エルザール機関はパイロットの気力と適合によってエネルギーを機動兵器に伝える動力である。そのため、エルザール兵器を使う際にも、ある種のやる気が必要になってしまうのだ。
『チカラを借りるぞ、ファングブレード!』
1号機ファングのエルザール兵器は右腕に装備された射出口である。主に近距離から中距離の射撃兵器になるが、メインとなるのは剣である。射出口から伸びた緑色の光は剣の形を取る。
「刀身が!」
「流石だな」
正パイロットである風香にも為せなかった、刀身の安定化。剣であるという形をしっかり保ったブレードが形成されている。その様子にリンダは驚き、古代は感心する。
『フルブースト!!』
真に力を得た1号機が剣を携え、インプラントに斬撃を行う。
『斬ッ!!』
一刀両断。一撃必殺。
黒い人型のインプラントは緑の一撃により真っ二つとなった。二つに断ち分れた化け物は塵となり、消失する。この世界における物質でなかったかのように、何もなくなってしまった。
*****
戦いの様子を見届け、音もなく人影は現れる。
男性とも女性とも取れる中性的な容貌と見た目を持つ者。顔こそ端正だが、それはおそらく人間ではない。おおよそ、人間でないという特徴。その者は音もなく、浮遊していたのだ。
《異界のチカラ》
その者は口を開くことなく、声を発した。正確には声だったのかも定かではない。聞きようによっては、そういう音だったのかもしれない。
《神を殺すチカラ》
再び音を発してから、その者は掻き消えた。まるで元々、そこにいなかったかのように。
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