第4話 水色のプロフィール帳

 それから、リョーマくんとはしばらく話せなかった。私はお祭りの練習で忙しかった。

 選択授業やモモに話しかけに行く時にチラチラ見るくらい。

 みんなの前で話しかけると、リョーマくんもお友達もびっくりしちゃうかもしれないし、私の気持ちが周りにバレても恥ずかしいし、リョーマくんの魅力が周りに見つかっても困るし? 言い訳ばっかりして、勇気が出せない日々が続いた。


「よっしゃ、ウチらで伝説のステージ、作りますか!」

「やめて、ダサい!」

 部長の言葉に、モモがつっこんだ。練習でほぼ毎日一緒にいるからか、新入生とも打ち解けてきた。みんな笑っている。

「マヒナ先輩の表情管理、むっちゃ憧れます!」

「でもセンターはアタシに譲るって」

 モモとモモが気になっていた一年生。二人はそれぞれのグループのセンターになり、今じゃお互い高めあえる存在みたいだ。

「私はソロがあるから、そこに集中したいの」

 受験勉強が本格化するまで、出来ることはやりたい。リョーマくんに恋してから、ダンスを頑張りたい気持ちも増していた。

 ステージの後ろに掲げてもらう幕も完成した。ショッキングなピンクの背景に、剣と天使の羽。

 他のストラップやキーホルダーに紛れてバレないと思っていたのに、部長は新しい私の剣に気付いた。このところ毎日着けている天使の羽のヘアクリップをみんなで着けて踊ることも決まった。モモと私は「中二っぽいよ」と反対したけど、代案までは出せなかった。強くて明るいヒロインに憧れる気持ちに、世代は関係ないってことなのかな。

 でも、これじゃ、部員全員がリョーマくんとお揃いになっちゃう!

 と思ったけど、たぶん、着けてないよね? 私が一方的に押し付けたんだもん。


 放課後。廊下で掃除当番のモモを待っていたら、リョーマくんを見かけた。

 これはチャンス!? そろそろリョーマくんが足りないよ。二人きりではないけど、休み時間の教室よりはマシ。

「リョーマくん、元気?」

「どうも」

「えーっと……そうだ、プロフィール帳、書いてくれた?」

「俺といるところ、見られていいの?」

「え?」

 違和感。しょぱなのトークがよそよそしいのは前と同じ。いつものリョーマくんだよね?

「プロフィール帳は?」

「捨てました」

「え……ひどーい」

 私は思わず、うつむく。悲しいのに、顔は笑っていた。リョーマくんみたい。

 あの時のリョーマくんも、こんなふうに切なかった? どれだけの勇気を出して、打ち明けてくれたんだろう。

 私はあの時、とりあえず笑うことも、触ることも出来なかった。眠るまでそばにいただけ。

「もう話すこともないと思ったんで」

「待って」

「なんでついて来んの?」

 すたすた歩き始めたその後ろをついて行く。

 リョーマくんがまた遠くなっちゃった。一秒も無駄にできないって言ったくせに、なんで私は恥ずかしがったりしたんだろう。

 廊下には、たくさんの人。リョーマくんの背中は不思議と見失わずにいられた。

「マヒナー? 練習は?」

 ダンス部のアヤカだ。

「今日、遅れる! 部長に伝えておいて!」

「わかったー」

 靴を履き替えて走った。門を出る前にリョーマくんの真正面にようやく立つ。息は切れていない。体力には自信がある。

「何?」

 そう言ってにらんでくるリョーマくんは全然怖くない。

「私、リョーマくんに謝りたくて……天使の羽も、剣のキーホルダーも、私とリョーマくんのお揃いだったのに、ダンス部みんなのお揃いになっちゃって、もしかして、似たような物を教室で着けてる子がいて、びっくりさせたんじゃないかなって」

「それは別に、マヒナさんの好きにしたらいいんじゃない? ってか、返すわ……」

 リョーマくんは、ブレザーの内ポケットから、天使の羽と剣を出した。

「大切に持っててくれてたんだ」

「ほら」

 握った拳をこっちに向けられ、私はそっぽを向く。

「それはリョーマくんにあげたの」

「俺にかまってないで、ダンスの練習、行けば?」

「行くけど、今はリョーマくんと話したいの」

「何がしたいわけ? 教室で見かけても話しかけてくんなって顔するくせに。意味わかんねぇ」

 風が吹いた。春の強い横風。前髪が乱れる。

 同時に胸に火が灯る。耳の奥から小さくぜる音が聞こえてきそう。

 目が合って直感した。

「私ね、よく友達に『嘘くさい』って言われるんだ。何を言っても、『軽い』って、『悩みなんか無さそう』って。でも、嘘はつかないよ。パパとママに、『子どもでいられる内は嘘つくな』って言われて育ったの。信じてもらえないかもしれないけど、リョーマくんにもそうだよ。私はリョーマくんとこれからも仲良くしたいな」

 私はそっと、リョーマくんの指先に触れた。嫌がらないのを確かめて、指を絡ませる。私よりも大きな手は冷たい。

「先に避けてきたのはそっちだろ」

「そんな……え? じゃあさ、みんながいる場所でも話しかけていいの? 私、超ウザいよ?」

「いいも何も……俺、つまんないっしょ。かまうだけ時間の無駄だよ」

「そんなことないよ。リョーマくんと話せなくて、すごく寂しかったよ」

 リョーマくんも寂しかったって、そう思っていいのかな。

「おーい、マヒナー! パパが迎えに来たぞー」

 だから、パパ! 来る時は連絡してってば!

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