その姿はまるで
目が覚めた。
と、思いたい。
寝ても覚めてもこの砂原にいるのは変わらない。
西日から守ってくれていた蒸気機関車の陰もとうに無く、朝日が体を照らす。
なんてクソッタレな朝だろうか。
正気を失ってしまいそうになるこの状況を保ってくれているのがこの手だ。
名も知らぬ少女の手が僕を正気でいさせてくれる。
おはよう。
そう言うと少女は目を覚まし、僕の顔を見て安心したように微笑む。
やれやれ…こんな年で少女に惚れそうになるとはな…。
本来なら手を繋いでいるだけでアウトなのだが、どうせこの世界に法律などない。
立ち上がり砂を払う。
辺りを少し見回し、歩き始める。が、右手を引っ張られる。
少女だ。
ここ数日で分かったことがある。
時折少女は僕の行き先を拒否する事がある。
そっちには行きたくない。なのか。
そっちには行くな。なのか。
別に目的などないため少女が進みたい方向に歩く。
そうすると少女はさぞ満足そうに、嬉しそうについてくる。
上り坂や足元の悪い道が多いが、少女は楽しそうについてくる。
不思議でならない。
そうだ。
昨日少女に名前を聞こうと思っていたんだ。
しかし、いざ聞こうとなると緊張してしまう。
今更すぎやしないか?
警戒されないか?
ありとあらゆる不安が頭をよぎる。
いや、名前で呼んであげたいというわがままだからなのだろう。
ここまで寄り添ってくれる少女にお礼を添えて名前を呼んであげたい。
ただそれだけ。
それだけの私欲だ。
名前は?
少女は首を振る。
名前が無いのか。
声が出せないと言いたいのか。
後者の可能性を考え、砂に書いてみてと言うが、それでも首を振る。
名前が、無いのだろうか…?
いや、忘れてしまったのだろうか…。
ますます不思議な少女に困惑する。
名前、無いの?
勇気を出して聞いた。
あったら失礼極まりないからな…。
少女は、頷いた。
無いのだ。
名前が。
そうか。と無愛想な返事をして歩き始める。
これからどう呼ぼうか。
名付けたほうがいいだろうか。
少女は名前を欲しがるだろうか。
頭の中で渦ができていく。
名前を与えよう。
数時間して出した答え。
名前は何がいいだろうか。
どんな名前なら喜んでくれるだろうか。
ネーミングセンスなどありゃしない。
それでもいい。
名前をつけるべきだ。
ふわふわしていて…どこまでもついてくる。
あまり体力はないが、何をしていても寄り添ってくれる。
白髪に青い瞳、なんとも掴みどころのない表情。
ゆらゆらとした…幽霊のような…クラゲのような少女…。
足を止め、少女の方を向く。
少女も足を止め、僕の顔を見上げる。
これから君のことを、「ユウユ」と呼んでいいかい?
少女はすこし呆気にとられた顔をして、すぐに目を輝かせる。
いつもより力強く頷き、僕の右手を握る。
気に入ってくれたのだろうか。
これからは、この不思議な少女を「ユウユ」と呼ぼう。
しばらく歩き、見えてきたのは大きな施設。
砂に埋もれて全体は見えないが、おそらくショッピングモールのようなものではないだろうか。
降り階段があり、下は砂にまみれているがいくつもの店があるようだ。
動かないエスカレーターを降り、一つの店に入る。
棚は倒れ、砂に埋もれ、ここがなんの店だったかもわからない。
せめて商品と思わしき物があれば良かったが、何もない。
一店、また一店と見回り歩く。
これと言って何かあるわけでもないため、休息所としか思えないこのモール。
ユウユにとってはそうではないようで、色々な「店だった物」を興味深そうに見回る。
そろそろ日も傾いてきたし、休むべきだろうか。
楽しそうなユウユを見ているとそのままにしてあげたいが、また明日も見れるだろう。
ユウユ。
そう呼ぶと嬉しそうに駆け寄り、体を預けてくる。
愛おしい。
いつしかそうおもうようになっていた。
たまたま見つけた家具屋と思しき店のベッドに寝そべり、瞳を閉じる。
ユウユは隣に寝転び、僕の右腕にくっつく様に眠る。
おやすみ、ユウユ。
明日はどこにいこうか。
ユウユといればこんな世界でも明日に対して前向きになれる。
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