第11話「柚の決意、遥の決別」

放課後。校舎裏の中庭ベンチ。


柚は、静かにベンチに腰掛けていた。

夕暮れの光が、彼女の頬に淡く差し込む。

その前に立つのは、悠真。

「……この前の返事、ちゃんと伝えたいと思って」

そう言って、悠真は彼女の目をまっすぐ見据えた。

柚は微笑んだ。予想していたその言葉に。

「……はい」

一拍置いて、悠真は口を開く。

「……ごめん。俺は、遥のことが好きなんだ」

風が、柚の髪をふわりと揺らした。

でも彼女は、

「ですよね。……うん、うん。やっぱり、そうですよね」

そう言って少しだけ笑った。

でもその笑みは、どこか“淋しさ”より“誇らしさ”が勝っていた。

「ちゃんと伝えてくれて、ありがとうございます。……私も、伝えられてよかったです」

彼女は立ち上がり、深く頭を下げた。

「佐倉先輩の恋が、ずっと幸せでありますように」

そして、軽く手を振ってその場を立ち去った。

悠真は、ただ彼女の背中を静かに見送っていた。

________________________________________

その日の夕暮れ。校舎の裏手、体育倉庫の脇。

誰もいないベンチで、柚は一人空を見上げていた。

(泣くと思ったのにな……)

目元をそっと押さえる。

(泣けなかった。泣くほど……未練、なかったのかな)

その瞬間。

「いい顔をしてますね、夏川 柚さん」

声に振り返ると、ムゲンが体育倉庫の屋根の上からひょっこり現れていた。

「え……ムゲン…先輩……?」

「あなたは、告白をして、振られて、立ち止まることなく、ちゃんと前を見ている」

「……強がってるだけかもしれませんよ」

「強がることができる人は、強い人です。

自分の気持ちを“言葉”にした勇気、それがどれだけ難しいことか……」

ムゲンは柔らかく微笑む。

「私は、あなたのような人を、尊敬しますよ」

柚は少しだけ目を伏せ、静かに呟いた。

「……先輩が、羨ましかった。

あんなに自然に隣にいられて、誰にも邪魔されない空気があって……。

私も、あんな風に誰かと並んで歩けたらって思ってました」

「でもあなたは、あなたの歩幅で、誰かときっと歩んでいける。

その時の一歩は、きっと“今日のあなた”が、その一歩の支えになっているはずです」

柚は黙って頷いた。

「……ありがとう、ムゲン先輩」

その瞬間、振り返ると――彼の姿はもうなかった。

________________________________________

その夜。遥の部屋。

スマホが鳴る。画面には「夏川 柚」の文字。

遥は少し驚きながらも、通知の本文を見る。

『遥先輩、悠真先輩にキッパリと振られました!笑

悔いはありません。

いつか……また、先輩とゆっくり話せる日が来たら嬉しいです。

ありがとうございました』

遥はメッセージを読んで、小さく息を吐いた。

「……そうなんだ。ありがとう、柚ちゃん」

ベッドに寝転がり、天井を見つめる。

(“告白して振られる”って……すごいよね。私は……)

その思考を止めて、目を閉じる。

それは、柚に対しての“終わり”を告げる、静かな時間だった。

________________________________________

翌朝。教室。

澪が、遥の机に肘を置いて話しかける。

「悠真、柚ちゃんにちゃんと返事したんだね」

「うん。悠真が言ってた、あと柚ちゃんからも連絡きたよ」

「……正直さ、少しだけ“ホッとした”自分がいる」

遥は小さく笑った。

「わかるよ。私もそうだった」

澪は少しだけ表情を引き締めて、口を開く。

「でも、ホッとするだけじゃダメだよ?

ちゃんと、悠真と向き合い続けなきゃ。あいつの“隣”にいるのは、昨日までより、ずっと難しいことだから」

遥はその言葉に、静かに頷いた。

「……うん。覚悟してるよ」

________________________________________

昼休み。

オタク観察女子たちが、またもや教室の隅でノートを開いていた。

「夏川柚、恋に散る……でも、それは敗北ではない。

“乙女の美学”と呼ぶにふさわしい一手だった」

「誰かこの話を歌にしよう。バラード希望」

「でもさ、こうやって恋が“終わって”も、彼女はまた誰かに恋をするんだろうね……ああ、尊い」

「“終わった”んじゃなくて、“始まった”んだよ……柚ちゃんの“次の恋”がさ」

遥と悠真はその会話を耳にして、顔を見合わせて苦笑する。

でもその笑顔には、どこか穏やかな時間が流れていた。

________________________________________

放課後。スーパー前。

手を繋いで買い物袋を持って歩く2人の背中。

その距離は、もう曖昧じゃない。

遠くに沈む夕日が、2人の影をゆっくりと並べて伸ばしていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る