子どもたちの未来に、票を。―若き議員の保育改革記
小田原純
第1話 芽吹きの日々 ―実習の現場へ
「ノリで取った保育士資格が活かされてよかったね。じゃあ、自分で招いた汚名を頑張って返上するんだよ」
元YouTuberという話題性だけで、うっかり当選してしまったネクスト日本党の新人議員・増子大我は、今、絶望していた。……タイムリープできるなら、どの場面からやり直したい?
まずは、あの日ーー国会に初めて登庁した日のことだ。
①ネクスト日本党に入党して当選したところ?
そういえば初めて登庁した日、タイガーにちなんでヒョウ柄スーツなんて着てきちゃっからかな。
選挙活動の時はインパクト勝負と覚えてもらうのが大切と思ったからウケたんだよ。
伊勢丹スーツと同じで俺の制服なんだから。まあスーツは正直浮いてたかもしれないよ。他の議員さんの視線が冷ややかだったし。あと距離置いてた秘書さんに「やっべぇ、永田町ってマジでドラマのセットみたいじゃん!すご!これで俺も“議員YouTuber”か〜。バズる気しかしねぇ!」
「あ、ねぇねぇ秘書さん、国会ってライブ配信できる?え、ダメなの?マジ?なんで?」て、今思えばあれはウザかったのかな。取材でも「公約って何言うんだっけ?あ、どんな日本にしたいってことだよな!楽しいだけじゃだめだから…“こどもを笑顔にする社会!”ってやつ。ふわっとしてるほうがイメージいいっしょ?」とか言ってたのもナメてるって思われたのかもー。
②配信者の時に話題性のために目の前の党首・新藤竜彦との対談をしたところ?
街ブラ企画の配信でたまたま新藤党首に出会ってから「竜彦さん、竜の文字入ってるなんてカッコイイすよね!俺はタイガーで新藤さんがドラゴンで…クレイジーケンバンド!!最強コンビ結成させちゃいますか!」…新藤党首あれに根を持ってるのかな?……いや、もし本当にそうなら、あのときの俺はマジで浅はかだったのかも。
③ノリで保育士資格取得に挑戦したところ?
きっかけは“資格チャレンジ配信”企画だ。「芸能人が介護福祉士取るやつ」のライトバージョン。保育原理とか保育実習理論とか、名称からして眠たくなる。でもこれ取ったら、“知性派議員”の肩書きワンチャンあるよな。しかし保育士試験科目9教科って多くない!?ほんまに独学で取る人なんておるん!?おれ専門学校の願書書いた方が良いかなとかってつぶやきがちょっとウケてた。いや、待って、子どもの発達段階って、こんな複雑なん?俺、6歳からいきなりランドセル背負った記憶しかないんだけど!でも視聴者からの応援が嬉しくて頑張れたんだよな。
「がんばれ!大我くんならいける!」
「子ども好きそうだからぴったり」
「合格したら保育園で働いてみて〜!」
ーーしまった。ちょっとした走馬灯みたいにボーっとしてた。現実では都合よくタイムリープもリセットして新しいデータから始めることもできないんだ。
……気づけば、SNSは切り抜き動画と罵倒コメントで埋め尽くされていた。
「こいつに票入れた俺、マジで見る目なかった」
「死ね」とまで言われた。
「こいつ、国会なめてるだろ」
……画面の向こうは、完全に敵地になっていた。
……冗談もノリも、もう通じない場所に来てしまったんだ。
よく見る切り抜かれた発言は
「少子化は最近の若者が恋愛に積極的でない。陰キャとか引きこもりが多いと思います。俺みたいな(笑)」
「俺は政治家でお金はあるんで一夫多妻で少子化に貢献したい!非モテですけどね(泣)」
「保育士資格通信講座で取りました!いつでも保育園の代打なんて軽く行けますよ!試験がめっちゃ難しいんすよ!」
悪意のある切り取り、マスコミが欲しい誘導発言と思われるコメントがある。ほんとマスゴミじゃないか。
その引用とかリプライは「キャラの問題でなくて長時間労働とか給料上がらないとかもっとあるだろ。これだからまともに社会に出てない世間知らず配信者上がりは。」「一夫多妻…不倫で傷つく人も多いのに実際にそれで傷ついた私には冗談でも許せない。」
「お金はあるんでって俺らの納めた税金じゃねえか。金返せ!」
「保育園で働く言ったな。お金もらってるんだからその分24時間365日保育園で働きまくれよ!」
「夫は朝5時起きで仕事に行き私はパート育児で自分の時間全くない。こんな軽薄な人にうちの大切な息子任せたくない。」
自分たちで投票したはずなのにこんな切り取りの記事で判断して「議員辞めてしまえ」なんて見る目なさすぎるだろ自分たちってめちゃくちゃ言いたい。
世間なんてネガティブニュース大好物だろ。成功者を叩くのが好きなんだろ。
サービス精神で炎上芸をやってあげただけなのに…。
でもまた失言をさらに増やしてしまうともうおしまいだ。
そうなると今言われてる保育園どころか強制労働施設に入れこまれてしまいそうだ。
「大我くん。僕は中途半端な気持ちで政治家やるつもりはないんだよ。これから日本を背負っていくのは君たちの若い世代になる。君にとってはネタのためかもしれなかったけど、若い人が政治に関心を向けてくれて対談を提案してくれたのが心の底から嬉しかった。」
新藤さんが真剣なまなざしで俺を見てくれた。
思い出した。再生数バズらせるためなら今の俺みたいな失言した議員の方が叩ける要素があって対談相手にはうってつけだったはず。
でも俺は新藤さんを選んだ。そもそも配信者時代の俺は政治にも興味がなかった。配信内容はみんながよくやる大食いチャレンジとか街ブラみたいなすでに誰かがやっていたものであったので視聴回数もそこそこだった。でも、資格取得チャレンジは突然アイディアの神様が降りてきてやったなあ。需要がマッチしてたのかあれはバズッた。新藤さんに初めて会ったのは俺が街ブラ企画でたまたま選挙前の挨拶を一人一人にしていた時だ。近くを通ったからついでにインタビューするくらいのノリだったけど、「足を止めてくれてありがとう。是非君のような若者と話をしてみたい。もちろん配信で動画撮ってもらっても良いから後日対談動画上で話してみないか?」と誘われたのだ。党首で偉い人なのに一人一人に目線合わせて腰も低くて好感度はその時点で高かった。後日の対談でもやはり誠実な人だったし言葉が今みたいに一つ一つがまっすぐだ。新藤さんの「若者が自分のやりたいことを実現できたり未来の子供たちを私たち大人が安心させて守れる社会にしていきたい。」というメッセージと今みたいに若者にも目線を合わせて話してくれる姿勢に惹かれて政治家もなったんだ。
俺は勉強があまりできるほうでなかったから周りの大人にはあまりいい評価されなかった。
だからそんな大人に反発して配信者になったていうのはある。
新藤さんは今までに会ったことない大人だった。対談以外でも自分が質問したことに「そんなことも分からないのか」とバカにした雰囲気はなく分かりやすく丁寧に教えてくれる。そういえばあるビジネス書で「本当に頭のいい人は相手に理解してもらうために分かりやすい言葉で話す。」って言ってた。対談前に国会の動画を見て与党のおじさんたちは難しい言葉を使って相手からの質問を煙に巻いて逸らしてる印象を抱いた。でも新藤さんはまっすぐ前を向いて自分の言葉で堂々と発言していた。きちんと自分の信念をもって行動してるから言葉が自分の中から出るんだ。この人なら日本をよくできるかもしれないとあまり政治に関心なかった自分が動かされた。
さらに新藤さんは続ける。
「それに失言や失敗なんて人間はもちろんある。若い君ならなおさらだ。失敗して学んでいくのが当たり前だよ。大切なのはその後どう行動するか。辞職してそのままにしてしまったら本当に失敗に終わってしまう。君は炎上コメントにしっかり目を通したか。」
「はい。見ました。正直失言だけでこんなに叩くなんてよっぽど余裕ない人たちなんでしょうね。」
「なるほど。さらに一歩コメントを読み込んだ方がいいね。その声というのが今の日本国民のリアルな声なんだよ。長時間労働しないといけないほど給料がもらえないとか、子どもがいるのに朝5時に家出るほどお父さんはたくさん働いているのにお母さんもパートをしてるっていうのは本当に余裕がないって警告と僕は受け止めてる。」
そういえば消費税は自分が生まれた前後から始まったみたいだし、物価も今の方がどんどん上がっている。それなのに給与は上がってないし非正規雇用も増えている。収入と支出のバランスが家計以外のところでもう崩れているんだ。俺でも分かる。
「今回の失敗で日本国民のリアルな声が分かった。でもネット上の声だけでなく実際の保育所の現場とかリアルの子育て世代の人と話したことはある?」
「そういえばないです。保育所なんて自分子どもどころか結婚もしてないので実際に行く機会はなさそうですね。」
「そう!だから現場を知るってことがこれから政策を考えることに重要だと僕は思ってる。本当は自分が行けたらいいんだけど僕が行くと党首って肩書でよく見せようとするしお客様扱いすると思うんだ。それだと本当の現場の姿は見えない。けれど今回炎上した君にならリアルを見せるハードルも下がってると思うんだ。戒めのように見えるけど研修として学んできてほしい。」
この人本当にすごい。なんでこの人総理大臣にならないんだろう。
でも党首ってだけでも身動きとりづらいから総理はもっと動きにくいのはあるのかもしれないな。
まだ左遷された感は正直あるけど…。
ま、しゃーないな。せっかくだし、ネタにして全力でやってやりますか!
党首からの左遷宣告からやっと帰宅した。
一息ついたタイミングで着信画面に「母親」の文字が表示された。
ああ、テレビ見て文句でも言いたいんだろうな。無視したい気持ちを何とか抑えて通話に出る。
「もしもし。大変なことになったみたいね。あんた体は大丈夫?」
「ああ、心配かけてごめん。でも新藤党首が汚名返上のキャンペーン活動に保育園のボランティア行くことになったから。保育園の仕事で聞きたいこと出たらまた連絡するよ。じゃあ、ちょっと準備もしないといけないからまたこっちから連絡するよ。おやすみなさい。」
「そう…無理しないで休みにはしっかり体休めるのよ。何かあったら遠慮せずいつでも連絡していいからね。」
準備があるのは嘘ではないが早々に通話を切り上げてしまった。政治家になったのを機に家を出て1年、久しぶりに会話をしたかもしれない。
ただ母親に対しての距離感というのは政治家になってからよりも前からあったかもしれないーー。
俺は物心ついた時から母子家庭で育った。原因は父親の妊娠中の浮気。
すぐに見切りつけて離婚をしたかったみたいだが、当時は自分だけではお腹の中に俺がいたから生活を不安定にさせたくないと耐えていたみたいだ。ただ母親の両親はその時の時代にしては珍しく娘を理解して「一緒にいるのも辛いだろう。産前産後里帰りしてもうそのままここで暮らしなさい。子どもにとっても親の笑顔が一番幸せなんだよ。」祖父母共に小学校と中学校の教師であったため子どもは宝。大切にするものだという認識だった。
「親の笑顔が幸せ」の言葉が一番母親に刺さったらしい。
その言葉通り母親は里帰り出産からそのまま実家に身を寄せて父親とは別居。弁護士に間に入ってもらい協議離婚をした。父親は会社の評価に響くしもうしないからと離婚をごねていたらしいが母親がもう顔も見たくないし早く縁を切りたいと意思が固かったため時間はかかったが離婚に至った。最低な父親だ。顔覚えるキャパを作るのがもったいない。
それからは実家で3世代での生活だ。母は保育士の仕事が大好きだったのと、出戻ってしまったうしろめたさからせめて生活費は入れなければと早めに職場復帰をして俺は1歳くらいで保育園に入った。本当はもっと早くに入れたかったみたいだけど、無理しないで大我を見てやったらいいという祖父母の気遣いと、当時は保育士不足で受け皿が少なく待機児童問題が話題になっていたため母子家庭でも中々保育園に入れない時代だった。
大人になった今では多少理解できるが、朝早くに預けられ帰りは一番最後になるくらい母親は忙しかった。おそらく保育士不足で激務であったのだろう。
ただ当時の子どもの自分はそのことにとても寂しさを感じて、自分は母親にとって大切でない存在なのかと思ってしまっていた。
祖父母が一緒に暮らしていなければ自分はおそらく非行に走っていたかもしれない。
今の時代も待機児童は地域によっては解消されてないところもあるし、保育士が激務で人材不足であることはまだ変わっていない。
そういえば自分の小さい時から保育士の仕事って激務って分かってたはずなのに、どうして「保育士軽く代打しますよ」なんて言ってしまったんだろう、俺は。いや、そもそもどうして保育士資格なんかとったんだ?試験9教科もあるしめちゃめちゃ難しかったのに…。
そんなことよりも保育園の勤務の準備をしなくては…と言いたいところだけど服装ってまず何着たらいいんだ?スーツ?ジャージ?それともコスプレ?誰かコメントで教えてください!
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