第4話
駅前のカフェは、昼下がりでも人が多かった。
休日の午後。どのテーブルもにぎやかな声が飛び交っているのに、
俺たちの席だけが、不自然に静かだった。
向かいに座る新宮は、俺より一回り小柄で、やや猫背。
いつもより真面目そうなシャツを着ていた。
アイスコーヒーに口をつけた彼が、言った。
「ありがとうございます。来てくれて」
俺は、返す言葉がなかった。
というか、返すべき言葉が分からなかった。
目の前にいるのは、俺の彼女を“奪った男”だ。
「……話、って?」
やや睨むような口調になったのは、仕方ない。
自分でも抑えられなかった。
新宮は、しばらく黙ってから、
まるで“裁かれる覚悟”を決めたように、静かに言葉を紡いだ。
「蓮先輩が、さやさんと付き合ってるの、最初は知りませんでした」
「……は?」
「出会ったとき、彼女は“もう終わった関係”って言ってたんです。
距離を置いてる最中だって。でも、あとから聞きました。
まだ終わってなかったこと、俺が……奪ったってこと」
俺は、息を詰めた。
さやが、「もう終わった関係」だと言っていた?
そんなはずはない。
その頃も、俺たちは普通に連絡を取っていた。
週に何度も会って、俺の部屋で、さやは……
「信じてください。俺、最初は本気じゃなかった。
ただの、軽い相談相手くらいに思ってて……でも、気づいたら」
新宮がうつむき、指を組む。
「気づいたら、さやさんのことが、好きになってました」
カラン、と彼のグラスの氷が鳴る。
その音が、妙に耳に残った。
「彼女は、ずっと泣いてましたよ」
俺の心臓が、ぐっと強く締めつけられた。
「泣きながら、“あんなに好きだったのに”って。
“どうしてあの人は私のこと、見てくれないんだろう”って……」
「……何の話だよ」
思わず、声が低くなった。
「俺は……ちゃんと、あいつのこと見てた。大事にしてたつもりだ。
誕生日も祝ったし、記念日も覚えてた。浮気なんて一度もしてない。
……それでも、“見てなかった”って言うのかよ」
新宮は、しばらく黙っていた。
そして、小さく言った。
「それは、さやさんに直接聞いた方がいいと思います」
その言葉が、妙に引っかかった。
それって、“俺には説明できない”ってことか?
それとも、“俺が気づくべきことがある”って意味か?
分からなかった。
けれど、ひとつだけ確かに感じたのは――
こいつの目に、“勝者”の色はない。
罪悪感にまみれた、やりきれない感情だけが浮かんでいる。
「もう、さやとは……」
「別れました。彼女の方から、“これ以上は無理”って。
“これ以上、自分を嫌いになりたくない”って……そう、言ってました」
その言葉を聞いた瞬間、胸の奥で何かが崩れた。
“別れた”
でもそれは、俺に戻るためじゃない。
「さやさん、逃げたんですよ。
蓮先輩にも、俺にも、自分自身からも。
……本当は、ずっと自分が壊れそうだったんだと思います」
その言葉の意味も、今はまだ分からなかった。
ただ――
俺は、あの日から思っていた。
さやの笑顔が、作り物みたいだったのは、いつからだったんだろう。
コーヒーが冷めきったころ、新宮が最後に言った。
「近いうちに、さやさん、先輩に話したいって言ってました。
本当のこと、全部」
“本当のこと”。
そう言われるたび、俺は、胸の奥で何かがざわつくのを感じていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます