6-2 紅白の湯

<設定> この小説はフィクションです。


浴室に入った瞬間、ほんのりとミルクのような香りが鼻をくすぐった。

天井近くまで漂う湯けむりの向こうで、白く濁った湯がすでに湯船の半分ほどまで溜まっている。


「乳白色のお湯って、テンション上がる~!」

さやかが一歩踏み込み、湯に足先を浸けて「ふぅ~」と息を吐く。

その声が湯気の中でぼやけ、壁に反響する。


続いてなお、りな、たくみ、ゆうじ……そして最後に、俺もそっと湯に入った。

湯けむりに包まれた空間。ほのかに香る柑橘系の入浴剤と、立ち上るミルキーな蒸気。 温かいお湯が水着越しに肌を撫でて、リラックスしているはずなのに――俺の胸はざわついていた。


「思ったより広いな」

ゆうじが微笑む。


「だよね~。これなら6人でもいけるね~」なおも微笑む。


湯船は6人でちょうどいい広さ。

湯けむりがふわりと立ちこめていて、乳白色のお湯のせいで、身体のラインは何とか隠れている。

だが、逆に想像力をかき立てられてしまう。


「……でも、こんな風にみんなで入るの、なんか不思議」

りなが、湯の中で膝を抱えながらぽつりとつぶやいた。


「不思議っていうか、青春って感じ?笑」

なおが湯をバシャッと弾きながら笑うと、

「なお、跳ねた!」

さやかがちょっと怒って、笑い合いになった。


「けん、のぼせそうな顔してるぞ」

隣のたくみが肘で軽く突いてくる。

「う、うるさい……」

冗談を返しつつも、心臓は騒がしいままだ。


左斜め前に座っているりな。

彼女は静かに膝を抱え、髪を束ねず肩に流し、耳の裏をなぞって落ちていく。


(……綺麗だな)


視線を逸らして湯面を見ても、水面に映る揺らいだシルエットにまた、ドキッとする。

ふと、りながこちらを見た気がして、慌ててまた視線を逸らす。


「……のぼせてない?」

りながふいに声をかけてくる。


「えっ? あ、うん、大丈夫……だと思う」

「顔、赤いよ?」

その言葉にさらに顔が熱くなる。

熱のせいじゃない。湯気のせいでもない。

りなに見つめられて、声をかけられただけで、こんなにも動揺している自分が恥ずかしい。


情けなくて、必死で、でもどこか嬉しくて。

この距離、この時間――りなと同じ湯船にいて、視線を交わしている“偶然”が、どれだけ貴重かを、肌で感じていた。


(この時間が、ずっと続けばいいのに――)


そう思いながら、俺は湯の中でそっと息をついた。



「はい、じゃあ〜ここで!」

たくみが湯のふちを叩いて、みんなの注目を集める。


「記念に! 水着風呂、全員で写真撮ろうぜ!湯気でぼかしも入るし、いい思い出になるって!」


「えー、やだ〜」とさやか。

「じゃあ俺は顔だけ出すー」とゆうじ

全員が湯船の縁に寄り、真っ白な湯気の中、水着姿で寄り添う6人。


――カシャ。

(たぶん、これが、王様ゲームの“終わりの写真”だ)

俺は静かにそう思った。



「ねーねー、さすが旅館って感じ〜。お湯、めっちゃ気持ちよくない?」

なおが「ふぅ〜〜っ」と大きく息を吐いて言う。


「でもここも、水着で入るとは思わなかったよねぇ」

なおがくすっと笑いながら、湯をかき混ぜる。

泡がふわっと浮かび、照明に照らされてきらきらと揺れた。


「ねーねー、さすが旅館って感じ〜。お湯、めっちゃ気持ちよくない?」

なおが「ふぅ〜〜っ」と大きく息を吐いて言う。


「……ていうか、こうやって男女一緒の湯船って、よく考えたらすごくない?」

さやかが少し頬を染めながら言った。


「それを言い出したら、王様ゲームでずっとすごいことしてきたけどな」

たくみが言い、全員が「たしかに」と笑う。


「でも意外と平気かも。慣れるってこわい」

なおが肩まで沈みながら、首をかしげる。


「……平気じゃないけどな、俺は」

小さく、俺が漏らしたつもりのひとことに、


「ん? なんか言った?」

りなが首をかしげて覗き込んできた。


「いやっ、なんでも……ないです……」

視線をそらしながら、お湯の中でそっと指を動かした。

(距離、近い……りなの声、近い……やっぱ無理だ慣れない……)


「じゃあさ」

さやかがぱしゃっと水面を軽く叩いた。

「この旅で、一番“ドキッとした”瞬間って何?」


「うわ、それ、ぜったい誰かの黒歴史掘り返す気でしょ」

なおが笑いながら肩をすくめる。


「いいじゃん、どうせみんな似たようなもんだし。先に言ってみてよ、なお」

「うーん……じゃあ、あたしがりなに水着着替えさせたときかな?」

「えっ、それ私の黒歴史じゃん!」

りながぷくっとほっぺを膨らませると、さやかとなおが笑い出す。


「でもさ、りなもけっこう大胆だったよねー? キス顔とか」

「それは、たくみが言ったから……!」

そう言いながら、りなの耳がほんのり赤くなる。


「俺は、なおのシーツのときかな……正直、あれは心臓止まるかと思った」

ゆうじがぽつりと真顔で言い、全員が「わかる」とうなずく。

「けんは? “りなと二人きりでコンビニ”とか?」

たくみがにやにやしながら言う。


俺は湯に沈んで、うつむいた。

「……その話、今ここでする?」


「お、顔が赤い赤い!」

「いや湯気のせい! お湯の温度が高いだけ!」

「やっぱそういうの、うらやましい〜〜」

なおが茶化しながら、背中からお湯をぱしゃっとかけてくる。


りなは何も言わず、ただ静かに笑っていた。


その笑みが優しくて、俺の心臓はまたすこしだけ跳ねた。

(……こんな時間が、ずっと続けばいいのに)



続く

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