現世で過労死した美容師見習いの私は、転生したこの異世界で魔物と一緒に美容室を経営して今度こそのんびり暮らしたいと思います。
耳裏ギョーザ
第1話 ここはいったいどこなのよっっっ!!!
「いらっしゃいませー!」
「シャンプー台のほうに移動いたします」
「お湯加減はいかがですか?」
「洗い足りない箇所などございませんか?」
「仕上がりはこのようになっております」
「ありがとうございましたー!」
私、
”美容師”という言葉を聞いて、人はどんな想像をするだろう?
美的センスが高くてオシャレの最先端をひた走る!みたいなイメージを持ってる人って、今の時代にもいるのかな。
私はというと、確固たるイメージを持っている。
それは中学生の頃に勇気を出して行った美容室で出会った、アカツカさんという名前の一人のスタイリストさんである。
スラっとした背格好に長細く繊細な指先。
彫りの深い顔立ちに渋いおひげ。
『ガラじゃないんだけど、俺もこの店の店長になっちまったからさ。来てくれるお客さんや一緒に働くスタッフのためにできる限るのことはしたいんだよね』
声のダンディさも相まって、本当にかっこよかった。
美容師と言ったらアカツカさんのことを思い浮かべてしまう。
アカツカさんに憧れて、私は美容師の世界に飛び込んだ。
何も知らなかったあの頃は華やかに見えていた美容師という職業も、現実はそう甘くなかった。
美容師として働くためには、厚生労働大臣が指定する専門学校で2年間勉強したうえで、年2回行われる美容師試験に合格しなければならない。
そうして試験に合格した後もすぐにお客さんの髪をカットできるわけじゃなく、美容室に就職したらまずはアシスタントとして、スタイリストのサポート業務から始めなければならない。
そうして経験を積みつつ、業務終了後にカラー・カットモデルなどのノルマをこなしてスタイリストにならなければ、お客さんの髪をカットすることができないのだ。
少ない休日、異常に長い拘束時間、うまくいかない人間関係、肌荒れ、安い給料。。。
この仕事の大変さを挙げたらキリがない。
はー、今日も本当に大変な一日だった。
後輩のナナちゃんは全くコミュニケーションが取れないし(指示は無視され、気づけば客用トイレに30分こもっていた)、先輩のソウヤさんはスタイリストの指示を無視してカラー剤を混ぜた挙句、仕上がりが最悪になってクレーム受けたし。
……その愚痴を私に吐き出すのは勘弁してほしい。
みんながもう少しだけ自分以外の人にやさしくなれたら、もうちょっといい職場になると思うんだけどなぁ。
かく言う私もそうだ。
人としても美容師としても、アカツカさんのようには全然なれていない。
営業が終わった後も、ノルマ達成のために今の今までモデルさんを呼んでカラーやらカットやらをさせてもらっていた。
スタイリストになるまでの道のりは長く険しい。
まあ、これは将来の投資と思えばそんなに苦じゃないんだけどね。
早くスタイリストになって指名客をたくさんつけ、いずれは独立開業。
自分の城で、自分の好きな仕事を、自分のペースでこなしていく。
そんなスローライフを送ることが私のささやかな夢なのだ。
気づけばもう22時。
朝7時から働き始めて15時間も経っている。
ほとんど立ちっぱなしで昼休憩も5分しかなかった。
こんな日々がずっと続いているけど、カットモデルのノルマもあと一人で終わる。。。
そしたら夢へと近づける。
あとちょっと。あとちょっと。
だから頑張れ、わたし……。
ぐわん、ぐわん、ぐわん。
あれ?
なんか視界がぼやけてる。
手足に力が入らない。
【個体名:神子優子の存在を補足しました】
なんだろう?
脳内に直接変な声が流れ込んでくる。
幻聴?
……なに、これ。。。
そうして閉店作業をしていた私は過労で倒れ、意識を失った。
【個体名:神子優子の現世での死亡を確認しました】
【個体名:神子優子の転生を開始します】
__________
「……ん、あれ、私寝ちゃってた?」
眩しい光と硬い地面の反発で目が覚めた私は、クシクシと目をこすった。
えーと、確か私は美容室で遅くまで閉店作業をしていたはず。
だが、目覚めたこの場所はどう見ても私の職場ではない。
接地面から感じる土のような手触り、草木の香り、照り付ける太陽、抜けるような青空。
あー、完っ全に自然だわ。
……そういうことね。私、過労で死んじゃったんだ
心当たりはある。山ほどある。
ここのところずっと心臓が痛かったし、自律神経がおかしくなって眠れないことも多かった。
きっともう限界だったんだ。
ということは、ここは天国?
何となく雲の上の世界を想像していたけど、意外とザ・自然!って感じなのね。
個人的には自然大好きだし、天国が草木で溢れていて嬉しいけど。。。
夢じゃ、ないのよね?
本当に私、死んじゃったのよね?
まだ全然現実感がない。
……死んじゃってるなら現実感もなにもないんだけど。
自分が死んでしまったのかどうか半信半疑な私は、試しに自分のレバーを思いっきりグーパンしてみることにした。
ここは人体でも急所のはずで、お父さんと一緒に見たボクシングの試合でも、選手たちが執拗にここを狙っていたのをよく覚えている。
もし私が死んじゃっているなら、ここを殴っても何も感じないはずなのだ。
ふーっ。
よしっ、いくわよっ!
フンッ!!
ドッゴオーンッッッ!!!
バサバサバサッ!
私が拳をふるった衝撃が地面を伝い、周囲の木々を揺らした。
それにびっくりした鳥たちがどこかへ飛び去っていった。
「おろろろろろろろろ」
あまりの痛みと苦しみに悶絶した私は、その場で胃の内容物を嘔吐した。
まるで内臓が洗濯機に放り込まれたかのように、体内でのたうち回っている。
「ふーっ、ふーっ、ふーっ……。ここはいったいどこなのよっっっ!!!」
バサバサバサバサバサッ!!
私の魂の叫びが森にこだまし、驚いた鳥たちはどこかへ飛び去っていった。
この物語は、現世で美容師見習いだった私が異世界に転生し、現世で成しえなかったスローライフを異世界で実現するまでの物語である。
__________
ステータス
個体名:神子優子
種族:人間
保有スキル:
なし
状態異常:
・錯乱
・内臓破裂
・めまい
・吐き気
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