Underground
ロール・ローディンは多分、地球を愛していたと思う。
地球全てでなくとも、一部、例えば家族や恋人。気に入りの風景。何かを愛していたのだと思う。
でなければあのとき、通信なんかできないもの。
「また来たの。」
脳に視覚情報が流れてくる。それはこの部屋の扉に備え付けられたカメラのものだが、ここ数週間ずっと見た顔がまたそこに立っている。
アレック・マホニー。
エティは扉の自動機能をオンにした。彼の姿を確認したセンサが、扉を開ける。
「来てはいけなかったかい」
「いけなくはない。だけど仕事を放り出してくるのは、常識的に考えてアウトなの。」
「分かっているよ。でも今日は休日だよ」
「休日に休暇を貰える様な仕事をあなたはしていないはず」
言うと、アレックは苦笑した。「やめたんだ」
エティは無言でキーを操作し、アレックが所属していた二つの機関のデータバンクをハッキングした。
「…事実。」
「嘘を言う必要がないじゃないか」
「どうして?」
「兄がいないなら、どちらもしようと思えないんだ。ポイントEが“楽園”でないのなら、尚更」
そう。短く返してそれ以上は追求しないことにする。
彼の兄、ダスティがもう「いない」と判断するのも、ポイントEが“楽園”ではないと判断するのも、確かな実証がないのだからまだ早いのに、とは思ったが。(けれど多分、それがセイカイだけれど。)
アレックは勝手にその辺りの椅子に座って、手に提げていた鞄から何か菓子を出した。最近流行のガムだよ。と言ってエティに差し出す。パッケージには「トトポイガム! ポイントEまでのび〜る」とプリントしてあった。
「ガムが伸びてどうするの。」
「さあ。ただ、ふうせんを作り易いらしいけどね」
肩をすくめて、アレックはもう一つのガムを口に放り込む。
作ってどうするの。そう思ったがエティは聞かなかった。
それにしても、彼は随分とフレンドリーになった。初めの敬語は取材だったからというだけなのだろうか。次に会ったときには口調は崩れていて、それから無意味に頻繁に来る。
大抵は菓子を持ってくるし、時には洋服や髪飾りまで寄越す。本人にはまったくそんなつもりはないのだろうが、求婚のために貢ぐ男のようである。
そんなことをエティが考えていると、「ところで」と彼が話を振ってきた。
「君は一体何時から生きているんだい、エティ・ヨーク。」
「……」
口に含もうとしていた菓子を、唇から離す。
「まだジャーナリストごっこ?」
「君の噂を聞いている人は、誰だって疑問を持つと思うけどな」
「正論ね。」
ガムをパッケージに入れなおして、キーボードの上に置く。いつかは誰かに話すことになるだろうと思っていたから、別に恐ろしくも惜しくもない。
まず初めに、エティは言った。「わたしは人間。」続けて、「けれど科学者たちに永遠を約束された、ロボットのような存在」と。
「あなたの問に答える。わたしはローディンが生まれる前より生きている。エト・イーズが『カテューラ』と名づけたこの時代より前に生まれた。」
まだ「不老長寿」も夢の一つとして語られた時代だ。
人は永遠に生きられる体になれないものかと思案した科学者達がいた。彼らは戸籍もない孤児を集めて実験を繰り返した。多くはそれで死んでしまったが、エティは成功してしまった。
けれど彼女以外に成功体は出来なかったのだ。エティに施したのと同じように、自分達に手を加えた科学者達も、少しは生きたが結局死んでしまった。
「でもただそれだけの存在。他に語るようなこともない。」
淡々と一定のリズムで喋り続けたエティは、その言葉を最後に小さなため息を吐いた。
アレックは何も言わずそれを聞いていたが、話が終わると「なるほどね」と納得の言葉を口にしただけだった。
「言葉は無いの」
「言葉?」
「畏怖。差別。そのどちらかの言葉。もしくは両方の…」
「そんなこと言う意味が分からないな」
ガムの話をしていたときと同じようにアレックは笑って、肩をすくめてみせた。
その姿は『彼』と重なったが、エティは静かに息を吐いてそれ以上追想したりはしなかった。
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