Warcer Riddell

5.生命を継ぐこと _ワーカー・リデル



「いっそ殺してくれたらねぇ。」


 確かな音は発せないその口から、希望など微塵もない言葉を聞く。ワーカー・リデルは返す言葉が見つからず、のどに物を詰まらせたような気分になった。

 皺の荒い肌と骨だけの体は、点滴でその命を保っている。齢百四十を超え、友も配偶者も息子でさえも既にこの世を去っている彼女にとって、生きている意義など無いに等しかった。


「宇宙には天国があると騒いでいるけれども、こんな体の私じゃ行けるはずないよ」

「ムロイさん…、…ポイントEに行かなくっても、」


 楽しいことはありますよ? 幸せは見つかりますよ?

 どの言葉だって今の文章に繋がってくれない。軽々しく励ましを贈ろうとした自分の不甲斐無さに、ワーカーはまた目を伏せる。

 それを横目で見ながら、ムロイは何も言わなかった。

 恐らく彼女は、世界で最も長く生きている人物だろう。「恐らく」というのは、この時代長寿であることなど何の面白味も無いから、今更誰も騒ぎ立てたりしない為だ。

(大体……、)考え掛けて、やめる。その先を言ってしまってはムロイの存在意義も、自分のやっていることさえも否定することになるのだ。


「ねぇリデルさん」

「…なんでしょう」

「私はこの時代には生まれたくなかったよ」

「——…そう、です、か…」


 何が、「そうですか」だ。ああどうして自分はこうも気が利かないのだろう。

 医者という立場だから、似たような言葉は何度も聞いた。皆この時代に絶望し、死を望んでいた。

 そんな時、自分は何と言ったら良いのかまるでわからないのだ。そう、自分だって、この時代は嫌いだ。可能なら楽園へ行きたいとも思うし、それが無理ならもう何もしたくない。ワーカーも、所詮はカテューラの人間。

 何故自分は医者という道を選び、今此処にいるのだろう。きっと向いていなかった。


「…ムロイさん、そろそろ失礼しますね」

「……」

「………、」


 吐きたいため息を何とか飲み込み、席を立つ。管に抱かれた彼女は、開いた窓から晴れ渡った空を見つめていた。ワーカーもしばし、その空を見る。

 彼女にはどのように、この空が見えているのだろう。

 ワーカーには、


「空は、何も知らずに綺麗なのに」

「——、なにも、しらず?」

「私には、もうこの世界が終焉を迎えているように見えるよお。でもねえ、空は私が若い頃と何も変わったりしていないの」

「……」


 ワーカーには、褪せた青に見えるのに。

(そうか…、綺麗、なんだ)


 そのとき、ワーカーはムロイが確かに生きているのだと思い出した。

 命を、助ける、仕事。医者という仕事は、この世界にはむしろ不必要な気が、彼にはしていた。こんな世界で長生きしたってなんにもならないだろうと、ずっと心の底で思っていた。

 けれど今、思ったのだ。単純に、彼女の価値観を少しでもこの世に生かして、守りたいと。


「ムロイさん…あなたの見ている世界を、私もしばらく一緒に眺めてみたいです」

「……?」

「またお話、させてください」


 ぼうっとこちらを見ていた目が、ふっとまた窓のほうへ返っていく。元は寡黙な人だから、きっと言葉は返してくれないだろうと思って、ワーカーは病室を出ようとした。

 扉に手を掛けたとき、ぼそりと、けれど確かに聞こえた。


 “また来てねえ。”


 それから二日後、ムロイ・ユキは息を引き取った。

 いつも仏頂面だった彼女は、穏やかな笑みを浮かべて眠っていた。

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