願いと呪い
キリナガトウマ
プロローグ 夢の匂い
最初の夜は、ただの悪夢だと思った。
そう思いたかった、と言った方が正しいのかもしれない。
それが夢である以上、朝が来れば終わる——はずだった。
窓の外は何の変哲もない田舎の風景。
同じような瓦屋根が並び、坂道の向こうに電柱が立っている。
でもその夜、夢は違っていた。空気の匂いも、風の湿度も、靴の裏に感じた砂利の感触さえ——全部が、現実のそれと同じだった。
沈むように眠りに落ちて、次に意識が戻ったとき、僕は知らない場所にいた。
古びた遊園地だった。
観覧車は錆びついていて、止まったまま空に向かって突き刺さっている。
空は夕焼けの赤と、夜の青のあいだで揺れていて、その境界線はどこまでも曖昧だった。
メリーゴーランドのポールはゆっくりと回転していて、でも音楽は鳴っていなかった。
音のない遊園地。そこには、違和感だけが満ちていた。
そして——その中心に、彼女がいた。
パーカーのフードを深くかぶった少女。背格好は、僕と同じくらいだったと思う。
顔は見えなかった。けれど、遠くからでもわかる孤独があった。
彼女は、遊園地の沈黙と完全に溶け合っていた。
それが、まるで「ここにいることが当然」だと言っているように見えて——僕は声をかけることができなかった。
そのかわりに、後ずさった。目をそらして、ここを去ろうとした。
でも、足元の砂利が小さな音を立ててしまった。
その音だけが、風の音よりも、静寂よりも、強かった。
彼女が、こちらを向いた。
フードの隙間から覗いた目が、僕を射抜いた。
その目に宿っていたのは、強烈な拒絶だった。
他人を憎むような、世界を許さないような——それでも、どこかで助けを求めているような。
矛盾しているのに、あまりに真っ直ぐな視線だった。
僕は言葉を失った。心臓が、ひとつ、変な音を立てて跳ねた気がした。
少女は何も言わず、ゆっくりと観覧車の方へと背を向け、歩いていった。
その後ろ姿を見送ることしか、僕にはできなかった。何かを言いたくて、でも言葉が出なかった。
そのときだった。
まるで、地面が反転するようなめまいに襲われ——視界が、真っ白になった。
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