第24話 ミーナを迎えにいこう ④
「よし! これで資金は確保した、あとはミーナを見受けするだけ。」
懐にはずっしりと重みのある金貨の入った小袋、ざっと75枚ほど。
奴隷商のドリスさんから言われたミーナの買い取り金額は、金貨50枚。
「これで余裕を持ってミーナを買い戻せますね、早速ドリスさんの所へ行きましょう。」
情報収集はこの際後回しだ、今はとにかく一刻も早くミーナを自由にしてあげたい。
「そうですね、行きましょう。」
「ミーナちゃん、よかったですね。」
テックさんとスピナも、ミーナの事を心配している様子だし、俺も心配だ。
ウインドヘルムの町中を駆けて、俺達は奴隷商会のある商業地区へ向け走る。
中々に金貨の入った小袋は重かったが、この重さが俺達の活躍と、戦死した傭兵の命の重さだと思えば、何てことない。
すぐに奴隷商会の前まで来たが、何だか人だかりが出来ているようだ。
「何でしょうね? あれは。」
「人だかり? 奴隷って人気商品ですか?」
「それはごく一部のお金持ちの話です、そこまで人気という訳ではないと思うのですが。」
スピナが指さし、俺が聞き、テックさんが答える。奴隷商会の店の前に出来た人だかりを見て、何かあったと見るべきか?
「とにかく、行ってみましょう。野次馬からも話くらいは聞けますからね。」
ふーむ、確かに、ここでこうしていても始まらん。俺達はドリスさんの店へ行く。
野次馬たちをかき分けて、俺達が目にしたのは、一人の若者が取り押さえられている現場だった。
奴隷商会の真ん前で? 何かのトラブルか? 取り押さえているのはドリスさんのところの使用人らしいが。
男二人に抑えられ、若者はうめき声を漏らし、顔を上げた。
「妹を、リネットをかえせええ!」
「まだ言ってやがるのか! この、ドロボウ襲撃者めが!」
どうやら知り合いが奴隷として連れていかれたのを、連れ戻しに来た。といった所かな?
「幾ら何でも、奴隷商会に殴り込むなんて、よっぽど取り戻したい人が居たのでしょうね。」
「何だか可哀想ですね、テックさん。あれ? タナカさん。どうしましたか? 顔色がすぐれない様ですが?」
「い、いえ。」
あの顔、髪型、髪の色、背格好、間違いない!
ゲーム「ブレイブエムブレム」の主人公、「アーサー」だ! 見間違える訳が無い。
一体なぜここに?
いや、それはともかく、主人公のアーサーと出くわしてしまった。どういう状況だ?
「あの、一体何があったのですか?」
野次馬の一人に聞いてみた、何が起きているのかを確認しなくては。
「ああ、何でもあの兄さんが知り合いの女を買い戻そうとしていたらしいな。」
「知り合い?」
「詳しくは知らないよ、ただ、法外な金額だったらしく、急に剣を抜いたらしい。」
なるほど、それでアーサーは取り押さえられた、という事か。無茶しやがる。
ここでこうしていても始まらん、ドリスさんに話を聞いて、アーサーの件について何とかしたいものだが、一応「ここの主人公」だし。
ただなぁ、俺が出しゃばって良いモノかどうか。という懸念はあるが。
「話が前に進みませんね、テックさん。ドリスさんとお話をしましょう。」
俺が言うと、てっくさんも同意見だったらしく、ドリスさんに向けて声を掛けた。
「ドリスさん、少し宜しいでしょうか?」
「おお、あなた方は先程の、この様なところをお見せしてしまい、心苦しいですな。」
テックさんが呼び、ドリスさんが返事を返したが、事態はあまり芳しくない。
とにかく、アーサーの事を何とかしなくては、許して貰えるかは正に運次第だ。
「申し訳ありません、その男は、実は知り合いでして、その、出来れば解放して貰えますと有難いのですが。」
俺の言葉に、テックさんもスピナも、当然ドリスさんも、ギョッとした表情をしている。
まあ、そうだろうな、取り押さえられている若者の知り合いと言えば、あまり都合が良くないだろう。しかし、ここでアーサーを見捨てるのも、何だか違う気がする。
「タナカさん、何を言われるのですか?」
「そうですよ、何を考えているんですか。」
テックさんやスピナの言う事も、もっともだ。だがここは譲れない。
ストーリー進行に支障をきたす可能性があるのならば、それを排除するのもプレイヤーとしての務めだろう。
フフ、俺にもまだゲーマー魂が宿っていたか。中々忘れないモノだな。
「ドリスさん、申し訳ありませんでした。ここは俺に任せて貰えませんか?」
「衛兵には突き出すな、と、言う事でしょうか?」
ドリスさんの目がつり上がっている、無理も無い。だがここはアーサーを助け、話を先に進める場面だ。
「はい、まずは詳しいお話を聞きたいところです。我々の目的と関係があるかもしれませんので、お願いします。その若者を放しては貰えませんか?」
俺は礼を執って、ドリスさんに誠意を見せる。それを見たドリスさんも、俺という客が礼を執っているのを無下にも出来ないと判断したのか、溜息を一つ。
「ふう~~、分かりました。今回だけは大目に見ましょう。但し、今回だけの特別です。今後もこの様な事があれば、真っ先に衛兵に突き出します。良いですね。」
「はい、ありがとうございます。ドリスさん。」
俺は深々と礼を執る、それを見ていたテックさんとスピナも軽い会釈をする。
「ここでは何ですから、店の奥へ。お話はその時に。」
「はい、申し訳ありませんでした。」
ドリスさんが部下に命じて、アーサーを押さえていた腕を解放した。
「君、名前は?」
俺は端的に尋ねる。
「………アーサー、田舎の村出身だ。」
やはりアーサーだったか、立ち上がり、その顔をよく見ると、間違いなく主人公のアーサーだと分かる。
「俺の名はタナカだ、よろしく。で、詳しい話はあとでゆっくり聞く。今は大人しく俺達に付いて来てくれ。」
「分かった、抵抗はしない。あなたは僕を助けてくれた、その恩を無下にはしたくない。」
うむ、中々殊勝な事だ。さすが主人公だな。
「それにしても無茶しやがる、店で剣を抜くとか、どこの荒くれ者だよお前。」
「すいません、つい熱くなっちゃって。」
ついじゃないよ! まったく。
「すいませんテックさん、そういう訳なんで、この若者も同席させたいのですが。」
「ええ、私は構いませんが、これでまた、法外な金額を提示されなければ良いのですが。」
あ、それがあったか。ミーナを買い戻しに来たのに、また足元を見られるかもしれないな。やれやれ。
「とにかく、店の中へ入りましょう。話をする為にも、聞く為にも。」
「そうですね、よし! じゃあアーサー、お前さんも来てもらうぞ。」
「え!? 良いのか?」
「良いも悪いも、まずは話を聞かない事には状況は前に進まないだろう。」
「すまない、助かる。僕の目的も奴隷商絡みなんだ。」
「おっと、今はまだ、ここじゃ何だし、店に入って中で詳しく聞こう。」
「ああ、分かった。助けて貰った恩もあるし、従うよ。」
よし、ますは状況の打破に成功ってところか、まだまだこれからって感じだがな。
「俺の名はタナカ、で、あっちに居る二人の男女が、テックさんとスピナだ。」
「よろしく、テックです。」
「スピナよ、よろしくね。」
「アーサーです、よろしくお願いします。」
うむ、自己紹介も一応済ませたし、これで主人公のアーサーとの関わりを得てしまった訳だが。
さて、これから先、どうなる、この一手。
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