第22話 ミーナを迎えにいこう ②
女神暦986年―――――
四大大陸の一つ、ミニッツ大陸の西方に位置する小国、バリス王国。
そのバリス王国の中心近くほど、ウインドヘルムの町に一人の青年が乗合馬車から降り立った。
利発そうなこの若者の名は、「アーサー」。
何を隠そう、この若者こそ「ブレイブエムブレム」の主人公である。
「よーし! ようやく到着したか、ここに居るんだな。妹が。」
アーサーが留守の間に、住んでいた村が山賊団に襲われ、壊滅した。
男達はみな殺され、女達は生け捕りに、そして、若い女性は山賊とグルになっている悪徳奴隷商人に売られてしまっていた。
アーサーの妹、「リネット」もまた例外なく捕まり、悪徳奴隷商の元に。
方々を探し情報を集め、やっとの事で辿り着いたのがウインドヘルムだった。
妹を取り戻す為、アーサーはお金をかき集め、リネットを買い戻すつもりでいた。
そして、それが叶わないのならば、いっその事力ずくで奪い返すつもりでもいた。
腰に提げた鉄の剣が揺れ、その柄頭に左手を添えてアーサーは言い放つ。
「待っていろリネット! もうすぐ僕が助けに行くからな!」
青年はその一歩を、力強く大地を踏みしめ、奴隷商会の元へと急いだ。
タナカサイド――――
「さて、どうしましょうか?」
奴隷商のドリスさんから提示された、ミーナを見受けする為の金額は。
「金貨50枚とは、かなり足元を見られましたね。」
俺が質問し、テックさんが意見を言う。スピナはお財布の中身を見て愕然としていた。
「全然足りませんよ! どうしましょう。」
スピナは泣きそうな顔をしていたが、泣きたいのはこっちだよ。
「俺の手元には賞金の一部である金貨12枚、2枚は生活費として取っておくとして、使えるのは金貨10枚ほど。全く足りてないですね。」
「あと40枚ですか………。」
スピナが零した後、テックさんが懐からお財布を取り出し、中身を確認していた。
「私の全財産が金貨24枚です、今後何かあるか分からないので、全額は使えませんが、15枚までならば出せます。」
「それでも、金貨25枚。あと半分も足りないんですね。」
これまたスピナは肩を落として、自分のお財布を仕舞う。おそらくあまり無かったのだろう。スピナに無理はさせられない。
「ミーナの取り置き期間は2週間、それまでに何とかしないと。」
奴隷商のドリスさんから提示された期限は2週間、それまでに金貨50枚を手に入れなくてはならなくなった。
正直、キツイ。だが、やってみる価値はあるはずだ。他でもない、ミーナの為に。
「傭兵団の登録申請は6人居ないと出来ないんでしたよね?」
「ええ、冒険者なら3人でも可能ですが、やめておいた方が良いでしょう。」
「何故ですか? テックさん。冒険者なら一攫千金も狙えるじゃないですか。」
俺が言うと、テックさんは肩を竦めて言う。
「そんなに都合よくお金が稼げれば、みんなとっくに冒険者をやっていますよ。」
スピナは更に聞く、真剣そのものなのでテックさんの答え方も諭す様だ。
「ダンジョンに潜れば、あるいは稼げるのではないんですか?」
「スピナ、もし我等が冒険者登録して、ダンジョンに潜り、お金を稼ぐ様に頑張るとします。金貨25枚ですよ、25枚。ボスモンスターを何体倒せばいいと思ってるんですか?」
「うっ、それは………。」
「それに、ダンジョンは危険がいっぱいです。素人同然の我等が行ったところで高が知れていますよ。」
「で、でも。」
「もし、普通のモンスターにやられて倒されたら、目も当てられませんよ。」
「そ、そうかもしれませんが。」
「もっと現実的に考えましょう、冒険者になって、ダンジョンで無茶をして、多少のお金を稼いでも、次の冒険の為に武具の整備費用にお金が掛かって、一月の稼ぎが金貨1枚なのが精々だと思います。」
「う、うーん。」
「とても二週間以内に金貨25枚は無理ですね、冒険者をやるのは後々でも良いでしょう。今は早急にお金が必要なのですよ。」
「は、はい。」
テックさんの言葉は段々熱がこもり、逆にスピナは声のトーンが落ちて行った。
「しかし、現実に大金を稼ぐというのも、中々大変そうですが。」
俺が言うと、テックさんは二ヤリとした表情でこちらを向き、メガネが光った。
「何を言っているんですかタナカさん? 金貨25枚ならあるじゃないですか。」
「え? 何処にですか?」
俺の記憶が確かなら、そんな場面は一度も無かったような気がするのだが。
「タナカさん、忘れたのですか? 我等は高額賞金首を捕縛し、騎士団に引き渡したじゃありませんか。だから賞金を貰ったのですよね。」
「はい、その通りですが。え? でもその殆どを鉄の牙の団長の、あのダンとかいう嫌な奴に持ってかれたのでは?」
ここで更にテックさんのメガネが怪しく光る。
「何を言っているんですか? あの賞金は我が「テック隊」の活躍によるもので、鉄の牙全体の活躍ではありませんよ。ダンに投げたのは金庫に仕舞って置けという意味だったんですよ。」
「そ、そうだったんですか?」
「ええ、そうだったんですよ。しかし、もう我等は鉄の牙を抜けましたから、あの賞金の半分は自分達に権利がありますよ、ざっと見積もって金貨75枚。」
な、なんと!? 金貨75枚とな。
「しかし、あのダンとかいう奴がそう簡単にこちらにお金を渡しますかね?」
「渡さないでしょうね、ですので、取り返しに行くのです。今から。」
「え? 今からですか?」
何やらテックさんが黒い笑みをこぼして、策略を練っていそうなんだが。
「ダンはああいう性格をしていますからね、残りの賞金を全額自分のモノにしようとしている筈です。そして、これ見よがしに腰巾着に金貨を全部入れて持ち歩いていますよ。」
「そ、そんな事をしていたら、ジャラジャラと音がして、お金を持ってるぞとアピールしているもんじゃないですか。強盗とか、スラれたりしませんかねえ。」
「当然スラれますよ、と言うより、ダンはわざとスラム街を練り歩き、わざと財布を盗ませると思います。」
「わざと盗ませるって、何を考えているのかさっぱりですね。」
「簡単ですよ、わざと盗ませ、絶対に捕まえて、過剰なまでの暴力を加えるのです。ダンはああいう性格ですから、弱者を痛めつける事に快感を得ているのです。」
うわあ、サディストここにありって感じか。やだねえ~。
「そんな訳で、ダンは腰に財布を提げて、ある店に寄ると思われます。」
「ある店ですか。」
まあ、大体予想は付く。色町とか、歓楽街とか、そんなところだろう。
特に大金を持ち歩いているから、気が大きくなっているに違いない。
「我々もその店へ行きますよ、時間が惜しいですし、何より、時が経てばそれだけ我等の取り分が減る可能性がありますから。」
ふうむ、取り分が減るのか。それは勘弁して欲しいところだ。きっちり金貨75枚手に入れたい訳だし。
「では、早速向かいましょう。ガールズバー「花の妖精」へ。」
ほほう、「花の妖精」という名前の店か、ガールズバーという事は歓楽街かな。
「スピナには申し訳ありませんが、もうしばらくこういうのに付き合ってください。」
「はい、私は別に構いませんが、これも人生経験だと思えば良い訳ですから。」
「そう言って頂けると助かりますよ、では、参りましょう。」
こうして俺達は、ウインドヘルムの町中にある歓楽街、「花の妖精」がある店へ向けて歩みを進めた。
ダンとかいう奴が、酒に溺れて酔っ払っている事を願いながら、俺は静かに闘志を燃やしていた。
「絶対にミーナを自由にする、その為ならば、容赦も遠慮もしない。よし、いくぞ!」
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