第20話 看病

 ゴブ実は風邪を引いてしまいました。鶏小屋でぶっ倒れているところをマフィーに発見されたんです。邪なことばかり考えてたもんだから、罰が当たったんですよ。

 癒しの部屋の苔に横たわり、厳つい額には水に濡らしたタオルを乗せてあげました。ゴブ実が目を覚ましたとき、看病してたのはマフィーでした。隣には例の狼がおりました。この狼は先日の一件以来すっかりマフィーに忠誠を誓っておりました。

「起きたのね」

 マフィーは優しい声で言いました。

「ちょっと待ってて」

 マフィーは席を外しました。

 その間ゴブ実はなぜマフィーが自分を助けてくれるのか考えました。ふたりは憎み合っており、その憎しみは会う度にあかんべーをし合う程深いものだったはずなのに。

 考えているうちにマフィーが戻りました。手には石のお皿を持っています。お皿からは薄っすらと湯気が立ち込めています。

「野草と卵のスープよ」

 石のお皿にお芋や人参が転がり、ふんわりとかき卵が漂っています。スープの表面には空気の塊のように、お魚の脂が浮いています。

 ゴブ実の風邪を受けマフィーたちは緊急会議を開き、栄養価の高い食べものを与えるため畑を増築したのです。

 魔石は100消費しました。

 意外にも看病はマフィーの方から名乗り出ました。古来より人間ゴブリン問わず男の子たちには大雑把な傾向があり、病人の看病という重大な仕事を任せるわけにはゆかなかったのです。

 それでもマフィーとゴブ実は犬猿の中でしたから他のゴブリンたちは反対しましたけれど(また喧嘩になるに決まってるんです)、マフィーは頑として譲りませんでした。

「イラナイ」

 ゴブ実は強がりました。

 スープの芳ばしいかおりはゴブ実の食欲をそそりました。でもマフィーなんかの施しを受けたくはなかったのです。

「ダメよ、食べなきゃ元気になれないもの」

 マフィーはゴブ実の頭を自分の膝に乗せ、口に運んであげました。熱過ぎないようにふぅふぅして冷ましてやることも忘れません。

 抵抗する程の元気もなく、ゴブ実はスープを食べました。あっさりとしたおいしいスープでした。食べ終わったゴブ実を睡魔が襲いました。

「お歌を歌ってあげる」

 マフィーは子守歌を歌い始めました。その歌はゴブ実の心を揺さぶりました。

 感動したんです。

 ゴブリンの歴史には子守歌は存在しません。元の声があまりに汚く、そんな声で歌われた日には悪夢に魘されてしまうことになるでしょう。

 だから、ゴブ実にとって子守歌は初めての経験だったのです。

「なぜ泣いてるの?」

 マフィーは驚きました。

 ゴブ実も驚きました。当の本人も指摘されるまで泣いてることに気づかなかったのです。だから、なぜ泣いているも分かりませんでした。

「ナゼ私二優シクスルノ?」

 分からない代わりにゴブ実は尋ねました。

「人間の間ではね、風邪を引いている人はワガママを言ったり、おいしいゼリーを食べさせてもらったり、優しくされる権利を持ってるのよ。ゴブリンは違うの?」

 マフィーは不思議そうに尋ねました。

 この娘には弱ってる人を傷つけるなんて発想はなかったんです。

 なんて清らかな心の持ち主なのでしょう。

 マフィーに対し、ゴブ実の中でこれまでになかった感情が芽生えました。それはひとりぼっちの子供が自分を気遣ってくれる大人に対して向ける感情に似てました。その新たに芽生えた感情はこれまでの嫉妬や妬みを浄化し、憧れと親愛を与えました。

 ゴブ実の心は歪んでましたが、子供ならではの柔軟性があり、改心の余地がありました。

「私モアンタノヨウニナリタイ」

 ゴブ実は泣きながら伝えました。

「きっとなれるわ」

 その言葉にはなんの根拠もありませんでした。でも適当なことを言ってるのではなく、本気でそう思っているのです。

 マフィーは感情の子ですからね。

「でも今は休む時よ」

 ゴブ実は優しく額を撫でられながら眠りに落ちました。


 ***


 マフィーの看病のおかげでゴブ実はすぐに回復しました。起き上がったゴブ実の姿を見て、ゴブ吉は驚きました。

 ゴブ実がマフィーの侍女になっているのです。

「一体何ガアッタンダ」

 まあ思いますよね。

「簡単ナ事サ。仲直リシタンダヨ」

 ゴブマロはにっこりと笑いました。

「イヤ、ソレダケデハナイヨウナ気ガスル」

 ゴブ眼鏡は鋭いですね。

「ジャアナンダヨ」

 ゴブ吉は聞きました。

「分カラナイ」

「何ハトモアレ仲直リデキタノハ良カッタヨ」

「ソウダナ」

「アア、良カッタ」

 

 

 

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