第18話 ツクヨミ

 やあ、おいらです。


 せっかく楽しみにしていた『謀聖 尼子経久伝』が届いたといいますのに、メビウスだのツクヨミなんていうよくわからない天体と神? が現れまして、日本だけを滅亡させるとかいい出しましたので、未知の存在に危機管理のなっていないこの国の行政は大混乱してしまいました。ならば、いまこそ我らの出番だろうと勝手に思い込みまして、普段は各地に散らばっております、ぺこり十二神将を一堂に集めたのですが、考えてみますにおいらたちはツクヨミのことやその軍事力、兵糧数その他諸々のことをなにも知りません。これが仮に地球上の敵対勢力でしたら、忍者衆を送り込んで情報を得ることができるのですが、今回の相手は、現在宇宙空間にいますので、忍者衆を送り込むのはどうやっても不可能です。ゆえに、得られる情報が一切ありません。これには大軍師、諸葛純沙も、

「なんの情報なしに、策は立てられません。ただいまの段階でいえることは、敵の襲来を待って素早く特徴を調べ上げて地上戦に徹することのみが可能でしょう」

 と指示するにとどめました。

 おいらは、

「だな。では、各地方に神将を置いておこう。北海道……じゃなくて蝦夷国はネロ将軍に任せる。副将は曲垣凡太郎。蝦夷なら馬でもいけよう」

 と命じました。

「東北は陸奥国に普賢羅刹、出羽国に越後国をつけて萬寿観音。両名にはクマ対策も命じる」

「はっ」

「東海、北陸地方は鎌倉剣京に聖寅試金牙をつけよう」

「かしこまって候」「ガウ」

「中国地方は土佐鋼太郎に日輪光輪。土佐もたまには外でひと暴れしたいであろう。なお、日輪はできるだけ山陽地方にいるようにね。山陰地方では日照時間に不安があるからね。お天道さまが出ていないときみはただの木偶の坊だからさ」

「はい、ありがたく」「おれ、腕力もありますよ!」

「鎮西地方は悪童天使一人に任せる。リミッターを外して励んでよし!」

「おう、喜んで」

「坂東はおいらが受け持つよ。留守居は雷音阿闍梨。連絡係は猛禽飛王ね」

 おいらは配置を決めました。すると、

「ぺ、ぺこりさま! オレの名前が出てませんよ!」

 と蛇腹蛇腹が喰ってかかってきました。なので、おいらは、

「きみは世界中の病気に苦しんでいる人々のために新薬の研究しなさい。どうせ、ツクヨミは神だから、毒など効かないよ」

 といって突き放しました。

 そこに、羽鳥統合参謀本部長が入室してきまして、

「人員の派遣や銃器の数量はいかがしますか」

 と訊ねてきましたので、

「とりあえずは、各支所の隊員と備品で良いでしょ。このアジトは温存しておいて最後の最後に決着をつけることになる気がするんだ」

 と、おいらはいいました。

 会議はこれでおしまいです。


 一方、ネメシスは倭の国討伐の宣言をしたあとなぜだか知りませんが、急速に直径が縮み、地球から普通に見られる太陽の大きさくらいになりました。その意図は不明ですが、これによって世界中に太陽光が降り注ぐようになり、地球民は大喜びです。もちろん、日本人を除いてはですが……


 ネメシスは執拗に日本の日の出の時間と共に東の空に現れ、南中には空の真上に、日没には西の空へと移動して、日本に太陽光を与えません。ほとんどの生物の成長や植物の光合成には太陽光が必要ですから、作物は全く育たず、続木憲和つづきのりかず農林水産大臣が抑制するといわなくてもコメの一粒もできません。日本の食料自給率は、ほぼ0パーセントになってしまいました。それどころか、労働者の健康も損なわれて労働生産力も悲惨な状態になりまして、北陸宮政府は輸入関税を全て0にして、消費財をかき集めている有様です。

 

 我が組織は二十年分の備蓄がありますので、国民に放出しても良いとおいらは思ったのですが、総務長官の鶴一声つるいっせいが、

「ぺこりさま、いまは下手に動かない方がよろしいです」

 と、いうのでやめました。鶴総務長官は並外れた無口で、『沈黙長官』とあだ名されているのですが、ここぞという時にだけ発言をします。それだけ考えて重要なことだけ言うのです。まさに“鶴の一声”です。

 さらにいえば羽鳥統合参謀本部長が、

「いまはまだ、外国から食糧その他を輸入できています。それが不可能になった時には備蓄品を放出するべきでしょう」

 と、いうので内心ムズムズしますが、不動の心になります。


 ここで、とりあえず、おいらはツクヨミという神について勉強することにしました。傘下の天熊総合学園大学部一の物知りを自称する、有象無蔵うぞうむぞう教養学部教授を呼んで講釈を聴きました。

「ツクヨミは『古事記』ではイザナギから生まれて夜の神に任ぜられたことくらいしか書かれていないようです。一方『日本書紀』では同じくイザナギが右手に鏡を持ってアマテラスを左手に鏡をとってツクヨミを生んだとあります。スサノオはそのあとイザナギが鼻を啜った時に生まれたとありますので、アマテラス、ツクヨミ、スサノオのきょうだい順になります。ちなみにイザナギの妻のイザナミは八百万の神を生んでいて最後に火の神を生んだ時に火傷で亡くなっていますので、アマテラスらはイザナギだけで生んだものとなります。さすが、神ですなあ」

 有象教授はよくわからない感嘆を上げました。おいらは、

「知りたいのはツクヨミのことだけだよ。あとの神は知らなくていい」

 と文句をいいました。すると、有象教授は、

「『記紀』にはツクヨミに関する記述はほとんどないのです。ですから、想像を働かすしかありません。いまの天皇家の祖先神はアマテラスとされていますがこれは女神です。そして実のところ男系の祖先神はツクヨミの弟、スサノオなのです。これって、ツクヨミからしたら良い気分になれないのではないでしょうか。この辺りが復讐にやってきた理由だというのが私の予想です」

 と、まともなことをいいました。

「なるへそ……じゃあ、天皇家が危ないなあ」

 おいらはつぶやきます。

「いや、おそらくツクヨミは日本国民全部がアマテラスの子孫と考えていると思うのが普通でしょう。日本人が皆殺しにされてしまうかもですね。ブルブル」

 有象教授は恐ろしいことを述べました。


 さて、ここでそろそろネメシスとツクヨミのことを書きたいのですが、一つ重大な問題が起きてしまいました。

 この物語、ご存知のようにおいらの一人称で語っているのです。と、いうことはおいらが見聞きしたことしか原則として書いてはいけないということになりますよね。しかし、おいらはこれから語りますネメシスには行ってませんし、外観も内部もなにも知りません。ましてやツクヨミに会ったこともありません。


 さて、どうすれば良いのでしょうか?


 熟慮の結果、まあ堅いことは抜きにして、のちに判明した事実を元に、おいらが虚実取り混ぜてお話しするということにします。この件についての個別の質問についてはお答えできません。悪しからず。


 ネメシス……双子である太陽の体内からいでつつ、熱エネルギーを発することもなく、なんの推進力もないのに地球に接近してきた漆黒の不可思議な存在。でも、ブラックホールではありません。さらに不思議なことに体積がツクヨミの日本宣戦布告以後、とてつもなく縮小しました。そういう現象は死を迎える恒星に起こるようなのですが、恒星とはとてもいうことができないメビウスは生きてもいないし死んでもいない幽霊星のような気がしてなりません。


 そのネメシスの内部は煌々と真っ赤に染まっていました。しかし、それは核融合でもマントルでもないのです。ましてや、ネメシスの主祭神、ツクヨミはなんの光も発していません。全ては、ツクヨミが生み出した強力な家来神たちから放たれている激しい熱気なのでした。

「ペッパーエックス神、ドラゴン・ブレス・チリ神、キャロライナ・リーパー神、トリニダード・モルガ・スコーピオン神、ブート・ジョロキア神、ハバネロ神、バーズアイチリ神、カイエンペッパー神、タカノツメ神、オニコロシ神、スコッチ・ボネット神よ、聞かれよ!」

「ははあ」

 紅蓮の炎を光背に抱いた、十一柱の神々がツクヨミの前に揃いました。しかし、気のせいだと思うのですが、火炎というより激辛に寄っている名前のような気がしなくもない神々です。偶然の一致でしょうが。

 まあ、とにかく。

 ツクヨミは神々に告げました。

「わたくしは積年の恨みを晴らします。アマテラスとスサノオの血を受け継いだ、倭の国の大王一族を根絶やしにしてわたくしの血族を新たなる大王として君臨させ、倭の国の民草を従わせます。そのためには一気に諸君たちを大王のいる場所に突入させ、熱い炎で大王とその血族を消滅させましょう」

 すると、オニコロシ神が訊ねました。

「大王たちはどこにいるのですか」

 ツクヨミは笑いながら答えます。

「もちろん、京です」

 ああ、首都東京に火炎の神々がやってくるのですね。おいらの担当地域じゃありませんか! めんどくさいなあ。すぐに、十二神将を呼び戻さなくてはなりませんね。

 その時、カイエンペッパー神がツクヨミに訊ねました。

「京とはどこにあるのでしょう」

 ツクヨミは真面目な顔をしていいました。

「当然、大和国です。倭政権は大和国で誕生しました」

 ツクヨミは神代の代に生まれ、夜の王になり、なぜかネメシスに閉じ込められたので、以降の日本の歴史の変遷を全く知らなかったのです。ですから天皇といわず大王と呼んだり、京を大和国にあると信じたりするという勘違いをしているのです。そのおかげで、邪馬台国論争が大和説の勝ちにたぶん決まったことは歴史学的には意味があるのかもしれません。


 ツクヨミ軍団が旧奈良県である大和国にやってくるとは、この段階ではおいらたちは知りませんし、うかつにも近畿地方には十二神将を一人も派遣していませんでした。日本史大好きなおいらとしては大失敗です。老化して認知症が始まったのかしら。大和国には魅力的な古墳や寺社などがたくさんあります。それらを燃やしてしまうのはもったいないです。ただ最近、自自党のタカイチとかいう笑顔が気色悪い政治家が大和国から出てきて不愉快ですね。これはおいらの感想です。


 繰り返しになりますが、この段階ではツクヨミたちが大和国を襲うことをおいらたちは知りません。


 果たして、どういうことになるのでしょう?

 

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