第12話 花原氏

 やあ、おいらです。


 おいらは昔から好角家ですので、奇数月は十五日間、午後一時四十分ごろから夕方六時までパソコンやテレビから離れることができません。なんにしてもAbema TVさんには感謝です。観ようと思えば序の口から結びの一番まで配信してくれるのですからね。

 でも、それをやってしまうと一日の三分の一を相撲観戦に潰してしまうのでもったいないのでやらないです。おいらは毎日、幕下三十枚目くらいから見出します。幕下格行司の木村猿之助からがちょうど良いです。

 この、木村猿之助という行司はどういうわけか勝負がついた時に勝者に上げる軍配をひょいと力無く上げます。ほかの行司さんは力一杯軍配を上げるのに彼だけが違います。不思議でなりません。無気力に見えてしまうので誰か注意してあげればいいと思います。

 おいらは力士で嫌いなのは、イジメと注文相撲ばかりの欧翔馬とパワハラ野郎の翔猿だけなのですが、土俵下の審判員は高圧的でイヤな感じの大鳴戸と浦風、やる気なさげの鳴戸、どこ見てるのかわからない東関が大嫌いです。好きなのは力士に丁寧な放駒です。彼の審判員としての所作は素晴らしいですよ。みな、そうあるべきです。


 ええ、もちろん大相撲だけではなくて読書もしています。いまはまだ、近衛龍春祭り絶賛開催中で『島津は屈せず(上・下)』(毎日文庫)を読了しました。物語の始まりは豊臣秀吉に島津家が屈服するところからなのですが、できれば島津四兄弟が九州をもう少しで制覇するところが読みたかったです。そうそう、この間この手のシリーズを大名リベンジシリーズと書いてしまいましたが、Wikipediaを見直したら大名サバイバルシリーズとなっていました。お詫びして訂正いたします。

 いま読んでいるのは、そのシリーズには入っていないのですが、似たような雰囲気の『北条は退かず』という結構な大作です。島津家の作品は鹿児島弁が面倒だったり、朝鮮の役や関ヶ原の戦いという島津家、特に島津義弘が辛い目にあってばかりで読み進めるのがたいへんでしたが、この小説はどうも北条氏邦が主人公のようなのでちょっとワクワクしています。

 それにしても、近衛作品は品切れ増刷未定が多いです。同じタイプの安部龍太郎さんの作品は結構生きているのに残念です。


 では、近況ノートを終わらせて本題に戻りましょう。


 厳重に防犯カメラをセットし、不審な侵入者が敷地内に入れば全自動マシンガンで蜂の巣にできるほど他人を寄せ付けないおいらの居宅、青龍塔にあっさりと入ってきてしまった花原氏とその付き人二人。おいらはすぐにその正体に気がついてしまいましたので、大慌てで大広間の清掃やら接待の準備を、俳優の仕事がなくてブラブラしていた水沢舞子や真知子さんをはじめとするお女中連にお願いして、花原氏には三十分だけ庭園の散策でもしてお待ちくださいと土佐鋼太郎に伝言させました。花原氏は「こちらが勝手に押しかけたのだからお構いなく」とおっしゃいましたが、「それではおいらの気が済まないので」と申し上げて納得してもらいました。ご案内役には鋼太郎ではあまりに無粋なので、我が家中で最も美しい茶、華道の先生、南川景子みなみかわけいこ女史を庭園に派遣してゆっくりと散策していただくように命令しました。


 三十分後、なんとか大広間を片付けて、おいらは慌てて呼び寄せた十二神将筆頭のネロと舞子を引き連れて庭園に花原氏主従を迎えに行きました。庭園は春夏秋冬季節の草花をあつらえていて小鳥や小動物もやってくるので心が休まります。花原氏も満足してくださったでことでしょう。それに比べておいらの心は休まりません。これから、一体なにが起こるのでしょうかとビクビクしています。エゾヒグマって案外小心者なんですよ。

 花原氏主従をエレベーターにご案内して大広間へと誘います。到着しましたら、女中連が平伏しています。花原氏は「ごきげんよう。お気楽になさってください」と優しく挨拶をします。舞子が花原氏主従を上座にご案内し、南川景子が茶を点てて、真知子さんが上生菓子を差し上げます。おいらは、ネロとともに下座に着席します。おいらが下座に着くような人物は滅多にいません。しかし、花原氏は絶対に上座にお座りいただかなくてはなりません。


「花原さま、わざわざ拙宅までお越しいただきましてありがとうございいます。実のところ、そうとう驚いています」

 おいらは平伏して語りかけます。すると、花原氏の付き人が怒り顔で怒鳴ります。

「直答するなど不心得だぞ!」

 二人とも、十二神将と互角かそれ以上に強そうで体格も巨大な武将でした。なので、おいらは少し引いてしまいました。まあ、負ける気はしませんけれど。

武盧泥ぶろでい潘仙はんせん控えよ。ぺこりどのは私の友だ。直答など当たり前の関係なのだよ」

 花原氏が付き人二人を窘めました。ありがたいお言葉です。

「ぺこりどのと最後にお会いしたのは天皇どのの即位の礼の時でしょうか」

 花原氏がお訊ねになります。

「いえいえ、ロシヤがウクライヤに攻撃を開始した時に花原さまの視察団の末席にはべり寄っておりました」

 おいらは答えます。

「そうでしたか。地球人はいまだに殺し合いをやめない野蛮な生き物ですね。人類の進化がとても遅れています。ぺこりどののような進歩した生物が大勢を占めれば良いのですが」

 花原氏は嘆きます。

「それはおそらくムリでしょう。核戦争でも起こして、現人類が滅亡し、新たな人類の登場を待つのを期待するしかないかと」

 おいらはハッキリいいました。

「そうならないように私がいるし、ぺこりどののような存在がいるのです。生物は死んだらおしまいです。生きることが大事なのです。希望を持ってください」

 花原氏はそう慰めました。

「ところで、花原さまはなんで、おいらをお訪ねになられたのです?」

 花原氏は滅多にお会いできる存在ではありません。それが向こうから会いにきてくださったのです。なにか深い理由があるに違いありません。

「ああ、率直に申しますが、地球では、新しい“代理者”が見つかっていないですよね」

 花原氏が訊ねてきます。やはり、その件でしたか。しかし、この国には星野ひかり司令官の調査の結果、いらっしゃらないということで結論づいています。ただ、おいらはある懸念を抱いていますが。

「はい、見つけられませんでした。おそらくは他の経済圏にいらっしゃるのではないでしょうか」

 おいらは申し上げます。

「うふふ、ならば私がなぜここにきたか、意味がなくなるではないですか」

 花原氏が怖いことをいってきました。

「まさか?」

 おいらは驚きます。

「ヒントを差し上げましょう。新しい“代理者”を見つけるのに、赤ちゃんを探していたら見つかりません」

 今度は不思議なことをいいます。

「しかし、メッセ139世は現地時間20××年5月26日午後11時14分46秒に身罷られているのですよね。その生まれ変わりなら、まだ赤ちゃんですよね」

 おいらは訊ねます。

「あなたにはいっていませんでしたか。『“代理者”の死は二十五年伏せる』という密約を」

 花原氏がとんでもないことをいい出しました。

「うへっ、知りませんよ!」

 おいらは思わず突っ込んでしまいました。

「それは申し訳ないことをしました。でも、“代理者”を新生児から探すことなど不可能に近いことです。ですから、しっかりとした大人になり“代理者”としての素質と特長を簡単にサーバー方が見つけられる二十五歳までは“代理者”不在は秘し、サーバーが代行することになっています。サーバー方は私の心の髄までは読み取れませんが、指示は読み取れますから」

 花原氏は正体を自ら明かしてしまいましたね。おいらは以前から知っていますので驚きはしませんが、ネロの眉毛はピクリと動き、舞子はじめ、お女中連はザワつきました。そりゃあ、そうですよね。神の中の神が化身となって目の前に座っているのですから。それはともかく、

「花原さま、先ほどのおっしゃり方だと、次の“代理者”はこの国にいらっしゃるということでしょうか」

 おいらは大事なことを訊ねます。

「ええ、そうです」

 あっさりと、花原氏は答えました。

「ということは、二十五歳、日本時間に直した5月27日の午前6時14分46秒生まれの男性を探せばいいのですね」

 ネロが初めて口を開きました。

「いいえ。あなたはなにかの固定観念に囚われています。次の“代理者”は女性ですし、誕生日は5月27日でもありませんし、年齢はまだ二十四歳です」

 花原氏はちゃぶ台を返すようなことをあっさりといいました。おいらたちは軽く混乱しました。その姿を見た花原氏は軽く笑いながら、

「本当のことをいってしまうと、この宇宙に存在する反体制勢力に次の“代理者”を見つけて殺害される恐れがあるのです。ですからフェイク情報を全宇宙にばら撒いて、“代理者”の卵たちを守らなければならないのです」

 なるほど。

「では、捜索部隊を再編成しなくては」

 おいらがいいますと、

「その必要はありません。次の“代理者”はあなたの組織で元気にやっているじゃありませんか」

 花原氏がまた驚くようなことをいいました。

「二十四歳の女性……舞子ですか」

 おいらは訊ねました。

「違います。もっと活躍して、空回りしていた方がいらっしゃるでしょ」

「えっ、ええと……まさかなあ。星野ひかり大佐じゃないですよね」

「うふふ、ご名答」

「まさか! あの、おっちょこちょいがですか」

 おいら、にわかには信じられません。

「よく、思い出してください。本来なら墜落する飛行機に搭乗するはずだったのに、直前にぎっくり腰になって搭乗できなくなるという大幸運。それに帯広の大農園の収穫量を劇的に増やした手腕。“代理者”を見つけられなかったのは玉に瑕でしょうが、自分が“代理者”なのですから仕方がないですね」

 花原氏は愉快そうに微笑みました。

「この先、おいらたちはどうしたらっ良いのでしょうか」

 おいらはもう訳がわからなくなりまして花原氏に訊ねました。

「まずは、サーバーに連絡をとってください。雷音どのなら容易にできるでしょう。基本的にはサーバーたちが“代理者”の面倒を見ますが、“代理者”がこうしたいという希望があれば、好きにさせてあげてください。ただ、名称はメッセ140世に改名してください。管理が難しいですから」

「はい、かしこまりました」

 おいらは平伏しました。

「では、私は帰ります。地球ばかりにかまっているわけにもいきませんのでね。ああ、お抹茶とお菓子、美味しかったです。ごちそうさまでした」

 花原氏と付き人二人は席を立つと、なんと姿が消えてしまいました。お見送りするひまもありません。

「ネロ将軍、あとは頼んだよ。おいら、とっても疲れたよ」

 おいらはあとをネロに任せて居室に帰り、お布団にくるまって寝てしまいました。

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