第20話 長い間、俺は襲われている

「今日も全員来ているみたいね、最近、参加している人数が多くて嬉しいわ」


 と部員たちを見て、先輩は笑みを浮かべる。


「さて、部活を始めるとしましょうか。今日扱う作品はこれよ」


 と言って、先輩は表紙に『長い間、俺は襲われている』と書かれている作品を机に置いた。


「なにに襲われているか、書かれていないですね」


 と僕が言うと、先輩はこちらを見て、頷いてきた。


「そう、そこが今回の謎ね、あとその襲われるようになった経緯や原因も気になるところね」


 と先輩が言うと桐ケ窪さんが興奮した様子で身をのりだして、


「なにに襲われているか、それはもうイケメンに襲われているに決まっていますわ。ある日、主人公が……あ、この主人公はもちろんイケメンなんですけどね、公園でベンチに座っているイイ男と出会うんですの。その男が胸元を開けて主人公のことを見つめていて、やがて近づいてきて、トイレに連れ込んで、それから……きゃーーー!」


 と嬌声を上げる桐ケ窪さん。

 おい、お嬢様設定にボロが出てるぞ。

 彼女以外の全員が苦笑いを浮かべていた。


「気を取り直して、番条君はどう思う?」

「そりゃあ、マッチョに襲われているに決まっていますよ、主人公は筋トレをしていて、マッチョなんですけど、それを見て、嫉妬したマッチョがいたんですよ、それで自分の筋肉の方が上であることを証明しようとして、勝負を仕掛けてきたんですよ」

「あ、そう……じゃあ次は、一応聞くけど、羅本君は?」

「フッ――決まっているだろう――主人公は俺と同じ闇の者――だから光の者に襲われて――」

「あ、やっぱりそうよね、鳩飼さんはどう?」


 と早々に切り上げて、鳩飼さんの方を見ると、彼女は顎に指を人差し指を当てて、


「え、えと、私は……くまさんに襲われてるんじゃないかって」

「ああ、最近そういうニュース多いものね、ハギーはどうかしら?」

「主人公は大人しい子で、不良とかに襲われているんじゃないんですか」

「相変わらず、ありきたりのことしか言わないわね、あなたは……」


 と先輩に失望した顔を向けられる。

 いつものことだけど、それでもムカッとしてしまうな。


「そういう先輩はどういう考えなんですか?」

「ふふふ、よくぞ聞いてくれたわ、私はこう思うの、襲われている……それは過酷な運命によ!」


 とドンっと効果音がつきそうな迫力で言う先輩。

 何言ってんだこの人?


「どういうことですか? 運命って運ぶに命と書くやつのことですよね?」

「そうよ、普通の理解力があれば確認は不要だと思うけど?」


 いちいちムカつくことを言うな、この人は。


「どういうことか、詳しく言ってくださいよ」

「しかたないわね、私は長い間っていうところに着目したの。私たちが長い間、襲われているものと言えば何? それはもう運命でしょう? 誰しも少なからず何らかの苦難を受けているものだと思うの。だから私たちはみんな運命に襲われている、と言えるんじゃないかしら」


 とドヤ顔で言う先輩。

 うーん、納得できるような、できないような……。

 相変わらずぶっ飛んだ発想だ。

 他のみんなも何とも言えないような表情をしている。


「なによ、何か微妙な反応ね、まぁいいわ、実際に答えを見て、真相を明らかにしましょう」





『長い間、俺は襲われている』  著者:松永大吉




「高橋、起きろ!」


 と先生に頭を教科書で軽く叩かれる。


「いでっ」

「お前、授業中寝てばっかだな」

「ごめんなさい……」


 わははっと教室中で笑いが起こる。

 

「ちゃんと夜、寝るんだぞ」


 と言って教卓のほうへ戻っていく先生。

 そうはいってもなぁ、なんか最近、夜寝られないんだよな。

 そのせいで日中はずっと眠い……。


 俺には悩みがある、それは長い間、睡魔に襲われていることだ。

 この睡魔を倒すにはどうしたらいいのか……。


 と悩んでいるうちに、休み時間になった。


「お前、授業中寝すぎ」


 と親友の田口が俺の席に来て、言う。

 

「だってさー、眠いんだもん」

「なんで眠いんだよ、ちゃんと夜、寝てんのか」

「それが最近、寝られてないんだよ」

「なんでだよ」

「それがわかれば苦労しねぇよー」


 と言ってあくびをして、机に突っ伏す俺。

 すると、田口は思案顔になった後、こう言ってきた。


「寝る前になんか変なことしてるんじゃないか?」

「変なことって?」

「そうだな、スマホで動画見たり、ソシャゲやったりとか」

「……してるな」

「それだ!」


 と指差してくる。


「それが原因だよ、やめろ、寝る前にスマホいじるの。俺も昔やってたけど、やめたらすぐに眠れるようになったから」

「えー、それだけですぐに効果出るかなー」


 半信半疑だったが、実際にそうしてみた。

 すると、確かにすぐに眠れるようになって、授業中に眠ることはなくなり、成績も上がった。

 

 ということで、みんなもやめたほうがいいぞ、寝る前にスマホいじるの!





「まさか、そう来るとはね、たしかに睡魔に襲われるっていう表現があるけど……」


 読み終えた先輩は眉根を寄せて、悔し気にそう言う。


「て、なんか似たような作品を前にも見た気がするなって思ったら、この作者、『俺は今、追われている』と同じ作者じゃない! くっ、タイトルを見た時点で気づくんだったわ!」


 と苛立たし気に机を軽く叩く先輩。

 そうか、なんか既視感あると思ったら、あの作品を書いた奴と同じだったのか……。


「これは意外でしたわね……まぁイケメンもホモも出てこないし、作品としてはつまらなかったけれど」


 と桐ケ窪さんは相変わらず彼女らしいことを言う。


「今回の内容、私は耳が痛いです……私も寝る前に、スマホで動物の動画とか見て、ついつい夜更かししてしまうので……」


 と鳩飼さんが言う。

 バッグに動物のキーホルダーをジャラジャラつけてるし、やっぱり動物が好きなんだな、彼女は……。


「まったく、みんな寝る前に筋トレをすればいいのに、そうすればすぐに寝られるぞ!」


 といつの間にか席を立っていた番条がスクワットをしながら言う。


「フッ――睡魔ごときに悩むとは、ザコが――俺はどんな時も、すぐに寝られるぞ――」


 と包帯まみれの手で片目を抑える羅本。


「予想が外れたのは悔しいけど、意外性はあったし、そんなにふざけた内容でもなかったから、今日は何もしないでおいてあげるわ」


 と先輩が段ボール箱の中に小説を戻した後、彼女は部活の終了を告げ、僕たちは教室を出た。


「じゃ、俺は寄るところあるから」


 と番条が僕たちとは逆方向に歩いていく。


「またコンピュータルームか? 最近よく行くな」

「別にいいだろ」


 と少し怒り気味に言い、彼は離れていった。

 まあたしかに番条が部活終わりにどこ行こうが、あいつの自由だな。ちょっと干渉しすぎたかもしれない。悪いことしたな。


 桐ケ窪さん以外の人たちはそんな番条のことを不思議そうに見ていた。


 そのとき、ふと、以前、部室に入った時にしていた、番条と桐ケ窪さんの会話を思い出した。



  ――だってもうすぐだろ?

  ――ええ、そうですわね……わかりましたわ。


 もうすぐ……か。

 あの会話と関係あるかはわからないけど、そういえば、もうすぐだったな。


 と先輩を見て、思う。


「な、なによ、ハギー、私のことそんな見つめて? なんのつもり?」


 となぜか頬を少し赤く染めている先輩。


「べつになんでもないですよ、早く帰りましょう」


 と言ってごまかすように僕は足早に歩きだした。



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