第27話 空は曇りゆく

「星守の父さん、相変わらず忙しいのな」

「特に最近はお参りに来る人も増えてるから、休憩中でも呼ばれることが多いの」


 皆のコップに新しいお茶を注ぎながら星守が答える。


「神主さんって忙しいんですね」

「昔はそこまでじゃなかったんだけどね。最近はお正月だけじゃなくてゴールデンウィークや夏休みでも大変な日が増えてるから、私も巫女さんとしてお手伝いすることが多くなった」

「なんだか大変そう」

「でもやってみると、案外楽しいものよ。もし興味があれば、中野さんもやってみる?」


 思いもよらない提案だったのだろう、中野は飲みかけたお茶で盛大にむせた。


「おいおい、大丈夫か?」

「平気平気。それより、私なんかがお手伝いしても大丈夫なんですか?」


 中野がおずおずと尋ねると、星守はクスリと微笑みながら「ええ、もちろん」と答えた。


「なら、ぜひやってみたいです!」

「そしたら、今度お父さんに相談してみるね」


 星守がそう言うと、中野は嬉しそうに目を輝かせた。その様子を横目に見ながらクッキーに手を伸ばして口に放っていると、近くの扉ががちゃりと開いた。


「お父さん。もう大丈夫なの?」

「ああ、ちょっとした相談事だったからね」


 冷蔵庫から取り出したお茶をごくりと飲み干した後、星守のお父さんはふと思い出したかのように「あっ」と口を開いた。


「そういえば、娘から聞いたよ。なんでも心霊現象について調べるんだって?」


 足立は思わず目を丸くした。星守のお父さんからまさかその話題が出るとは思わなかったからだ。


「はい。先生に頼まれまして」

「いいねえ。おじさんも昔、加賀山高校に通ってたんだけど、ちょうど今ぐらいの時期に友人と肝試しに行ったことがあるんだよ。あれは怖かったな」


 懐かしむようにうんうんうなずきながら星守のお父さんは2杯目のお茶をすすった。


「お父さん、そんなことしてたの?」

「言ってなかったか? 神主の息子だからなんかあったときにはらえるだろって理由で無理矢理連れてかれてな。最初は断ったんだけど、気づいたときにはすっかり楽しんでたんだ」


 はっはっはと笑う様子につられて口角が自然と上がった。

 それと同時に、ひとつの考えが頭に浮かび上がった。かつて加賀山高校に通っていたひとりであり、現在は加賀山神社の神主を務めているこの人なら何か知っているのではないだろうか?

 一縷の望みをかけるなら今しかないと思い立った足立は尋ねてみることにした。


「あの、少し聞いてもいいでしょうか?」

「うん? どうしたんだい」

「加賀山高校が呪われた土地に建っているという話は聞いたことがありますか?」


 足立がそう尋ねた瞬間、今まで温厚だった星守のお父さんの顔から笑顔が消えた。


「君。その話はどこで聞いたんだ?」

「え……」


 あまりの人の変わりようにたじろいでいると、「どこで聞いたんだ?」と語気を強めて問いただされた。


「電車の中で会ったおじいさんが言ってました。『忌まわしい土地』だとか」


 正直に答えると、星守のお父さんは「そうか」と呟いた。そのまま何か考え込むようなそぶりを見せている間、他の4人は誰も口を開こうとしなかった。


「すまない、変な空気にさせてしまって。ただ、」


 星守のお父さんは一呼吸置くと、言葉を続けた。


「悪いことは言わない。これ以上、あの土地に関して詮索するのはやめるんだ」


 決して大きくはない声が頬をピシャリと打つ。思わぬ発言を前に足立は面食らってしまった。そして徐々に時間が経つにつれて、驚きは疑問へと形を変えていった。


 なぜ詮索してはいけないのか? なぜ呪われた土地という言葉を聞いて態度が豹変したのか? 星守のお父さんはいったい、何を知っているというのだろうか?


 さまざまな疑問が湧き起こった末に「どうしてですか?」と言いかけたところで、別の声に遮られた。


「あら、誰かきてるのかい?」

「母さん。ゆっくりしてなきゃダメだろ」


 星守のお父さんが駆け寄る中、おばあさんは不安定に震える足を杖で支えながら、足立らの方を向いた。


「いま、『土地』とか聞こえた気がしたんじゃが」

「はは、単なる噂を話してくれただけさ」


 星守のお父さんはあれこれ言葉で諭しながら、おばあさんを部屋の奥へと連れていった。

 それから少しすると、ふすまの奥から星守のお父さんが戻ってきた。そのままこちらに近づいて何かを言いかけたが、そのタイミングでちょうど玄関の方から名前を呼ばれたので、こちらに目を向けることなく玄関に向かっていった。


「その、ごめんなさい」

「いや、星守先輩が謝る必要はないですよ。ただ、どうしていきなりあんなことを言い出したのかは少し気になりますが……」

「たしかにな。少なくとも、あんな冷たい表情は俺も見たことねえし」


 幼馴染みの山城でも見たことがないというのなら、なおのことその理由が気になって仕方なかった。脳内にある情報をかき集めてその理由を少しでも突き止めようと考えたが、これと言った理由にはなかなかたどり着けなかった。一気に押し寄せてきた疑問と気まずさをひとまず飲み込むべく、手元のお茶を全て飲み干す。空になったコップに入っている氷がカランとむなしく響いた。


 結局、お開きになるまでの間に星守のお父さんが戻ってくることはなかった。途中からたわいもない話に転換していったが、皆どこか地に足つかない感じがしていた。

 最寄りの駅まで見送ってくれた2人の先輩に別れを告げてから、足立と中野はホームに向かった。


「星守先輩のお父さん、どうしていきなりあんなことを言ったんだろう?」

「さあ? けど、何か知っていそうなのは確かだな」


 もしや、心霊騒動と加賀山神社の間に何かつながりがあるのだろうか? だとしたら、この心霊騒動は想像よりもかなり根深い問題が潜んでいそうだ。

 来るときは青く澄んでいた空が、どんよりとした灰色の雲に覆われている。気のせいか、電車が来るまでの時間がいつもよりずいぶんと長く感じられた。

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