第25話 思わぬ出会い
「あれ、足立くんだよね?」
「中野さん。どうしてここに?」
「先輩が読み聞かせするって聞いたら、来ないわけにはいかないじゃない」
いつもより一段控えめな声量でそう話した中野は本棚の隙間から談話室の方を覗いた。端から見れば、完全に怪しい女である。
「2人ともエプロン姿めっちゃ似合ってるね~」
終始口角を上げながら、中野は静かに黄色い声を上げた。談話室の様子を見ると既に読み聞かせは終わっているようだが、先輩たちは子どもたちからの熱烈な"かまってアピール"に付き合っているみたいだった。
「そういえば、足立くんは何してたの?」
「僕? ちょっと調べ物があって」
最後の一冊を棚に戻そうとしたところで、中野はぐっと顔を近づけた。
「『加賀山の歴史』? なんか難しそう」
「たしかに、読み解くのはそれなりに大変だった。あ、そうだ! 実は──」
本に載っていた写真のことを話そうとしたが、「あら、中野さんも来てたのね」という言葉に遮られた。
「星守先輩! エプロンめっちゃ似合ってますね!」
「そ、そうかしら?」
星守が恥ずかしそうにうつむくと、中野は「はい! とっても!」と追撃を入れ込む。すると、肩にかかった髪をいじりながら頬がさらに赤く染まった。普段あまり見ないその表情に足立は物珍しさを覚えた。一定数いるらしい会長ファンが見たら悶絶必死だろう。
「星守。あれ運ぶの手伝ってくれ、って中野も来てたのか」
「はい! お2人が今日ボランティアに来ると聞いたので!」
そうはっきりと答えると、山城は「誰から聞いたんだ……?」と顔をしかめながら呟いた。これは情報をリークした犯人捜しが始まりそうだと予感していると、星守が何かを思いついたように両手をパンと叩いた。
「そうだ。この後、私の家で軽くお茶しようかと思っているんだけど、2人もどう?」
「いいんですか!?」
「もちろん。せっかく来てくれたんだし」
「なら、ぜひ行きたいです!」
思ってもみなかったお誘いに、中野は目を輝かせながら即答した。
「足立くんはどう?」
「せっかくですし、僕も行こうと思います」
「決まりね。そしたら、2人は先に加賀山神社に行ってて。私たちも後から行くから」
そう言うと星守は山城と談笑しながらスタッフ専用の部屋に入っていった。その背中が見えなくなるまで見送ると、中野がこちらをくるりと振り返った。
「私たちも行こっか」
中野と一緒に外に出ると、突き刺すような日差しが降りかかってきた。ここ最近の夏は毎年暑さがひどくなってきている気がする。天気予報では33度と書いてあったが、実際はもう2,3度ぐらい高いんじゃないかと疑いたくなってしまう。
まぶしい日差しを手で遮ると、頭上に影が落ちた。隣を向くと、中野が日傘を持ってこちらを向いていた。
「はい、これ。ないと暑いでしょ?」
「あ、ありがとう。でも、いいのか?」
「家出る時に忘れちゃったと思ってお母さんの日傘借りたんだけど、よく見たらカバンの奥に入ってたんだよね」
恥ずかしげに話しながら、中野は日傘をもう一本取り出した。それを受け取って傘を開くと、頭上に丸い影が出来上がる。それと同時に、普段日傘を差さないことに起因する少しばかりの恥ずかしさが肩の辺りにまとわりついた。だがそれ以上に、日差しが遮られるというだけでも暑さがだいぶマシに感じられた。少なくとも、肌を突き刺されるような感覚はない。
「日傘、ありかもな」
「お、気づいちゃった?」
「まあな」
「じゃあこのまま日傘同盟を結成するのはどう?」
「なんだそのふざけた同盟は」
「日傘を差そうという同盟だよ」
傘を上げ下げしながら、中野はミュージカル俳優を気取るかのように鼻歌を歌い始めた。
こうしてみると、自分では逆立ちしたって出ないようなあほらしい発想を恥ずかしげもなく笑いながら話す中野のことが、少しだけ羨ましく思えた。
「まあ、考えとくよ」
少しだけ耳が熱くなるのを感じながら呟くと、中野はにひっと笑ってみせた。
しばらく談笑しながら歩いていると、最寄りの駅が見えてきた。ここは街の中心部に近いこともあって、駅の規模もそれなりに大きい。駐車場があるだけでもかなり見違えて見える。夏休みということもあって、どこもかしこも家族連れの人だらけだ。
改札をくぐってホームに向かうと、ちょうど加賀山方面の電車が到着したところだった。中心部に向かう電車とは異なり、乗客は数えるぐらいしかいなかった。空いている席に座ると、座り慣れたふかふかの椅子がとても心地よく感じた。
「傘、ありがとう」
お礼を言って自分なりにきれいにたたんだ日傘を返そうとしたが、「神社に行く時もまだ必要でしょ?」と言われたので、もうしばらく借りておくことにした。こういうときは素直に従っておくのが吉だ。
見慣れた風景を眺めながら、冷房が効いた電車に揺られる。時折、中野が「あんな建物あったっけ?」と指さしては「あれも前からあったよ」とツッコミを入れる。
どれも思い出の1ページにはっきりと残ることはないだろう。しかし、今感じている楽しさだけは今後も忘れたくないと密かに感じていた。
そうして時間をつぶしていると、すぐに目的の駅にたどり着いた。
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