第23話 侵入者

 2階に上がった途端、星守が腕を真横に伸ばした。そのまま数歩後ずさると、星守は廊下の方にそっと首を伸ばした。


「星守先輩?」

「しっ。今、人影みたいなのが見えた」


 その言葉を聞いた中野は両手で自分の口を覆った。4人の中に緊張感が一気に張り詰める。音も声も聞こえない廊下が一段と不気味に思え始める。

 もう一度顔を覗かせると、既に人影は見えなくなっていた。


「今よ。行きましょう」


 星守を先頭に足音をなるべく鳴らさないようにしながら移動を始めた。時折、トイレや教室にライトを向けてみるが、声の主らしき人物は見当たらない。

 再び人体模型と遭遇するのではないかという不安ばかりが広がる中、反対側の階段に最も近い教室の前を通り過ぎようとしたその時だった。

 バンバン!、と教室の扉を叩く大きな音が廊下中に響き渡った。


「ひっ!?」


 驚いた中野はスマホを思わず宙に放り投げた。それが落下する最中、スマホのライトが一瞬だけ教室の中を照らし出す。この一瞬で映し出された光景を見逃さなかった足立は中野のスマホを拾いつつ、 扉に引っかかっているほうきを取り外した。


「気をつけろよ」

「う、うん。ありがとう」


 中野の震える手にスマホを渡すと、扉をがらりと開けた。すると男子生徒の「うわあああああ!?」というとても大きな叫び声が耳を貫いた。


「しーっ! 静かにしてください」


 急いでその口を手で塞ぎにいった足立に目を向けた男子生徒は必死にうなずいた。それから廊下の方に目と耳を向けたが、今のところ誰かが来る気配はなかった。


 ひとまず安堵のため息をつきながら周りを見渡すと、他にも男子が1人、女子が2人いることに気づいた。その中でも髪を短く切りそろえた女子生徒に見覚えがあった。この間、人体模型に関する噂について話していた子だ。その顔はすっかり青ざめており、体が小さく震えていた。

 近くに駆け寄った星守が彼女を落ち着けている間に、足立は男子生徒に対して素朴な疑問を尋ねることにした。


「こんな時間に何をしていたんですか?」

「そ、その、肝試しに来たんだけど、この教室に入ったら、急にドアが開かなくなって。それで、無理矢理開けようとしたら、今度は動く人体模型があの窓から覗いてきたんだ」

「なるほど。人体模型が来たとなると、先ほど悲鳴をあげたのはあそこの女子生徒ですか?」

「そうだ。とっさに机の下に隠れたんだけど、人体模型はずっとこっとを見てくるから正直終わったって思ったよ。でも、しばらくじっとしてたら人体模型はどっかに行っちゃって。代わりに明かりのようなもんが見えたから、助けてもらおうと必死にドアを叩いたんだ」


 声を震わせながらことの顛末を語った男子生徒はまだ瞳孔が恐怖で見開いていた。それでもしっかり喋ることができるぐらいの正気はまだ保っていられているということが分かったので、これからどうしようかと考え始めた。

 その時、突然ドアをガラガラ開ける音が聞こえた。


「あなたたち、こんなところで何をしているの?」


 張りのある声が空気を震わせる。顔が見えづらくとも、この特徴的な声が誰なのかを判別するのは容易だった。


「高梨先生?」

「あら、生徒会の皆さんも一緒だったのね。声が聞こえたから来てみたんだけど、あなたたちがいるなら大丈夫そうね」


 前に歩み出た高梨先生は少しだけ表情を和らげた。

 おそらく、佐々木先生が言っていた見回りに来ていたのだろう。上下ジャージ姿といういつもよりずいぶんラフな格好をしていた。


「さて、そこのあなたたち」


 肝試しに来ていた生徒たちの体が一斉にビクッと跳ね上がる。


「明日、職員室に来なさい。田中先生からありがた~い言葉を授けていただくから」


 低い声でそう告げると、その生徒たちはみるみる顔色が悪くなっていった。田中先生からこっぴどく叱られ、罰金3000円を泣く泣く支払う姿が簡単に想像できてしまった。しばらくは肝試しに来たことを後悔することになるだろう。

 彼らに向けて心の中で合掌していると、高梨先生が近づいてきた。


「生徒会の皆さん、悪いんだけど、この子たちを駅まで送ってくれないかしら?」

「わかりました」


 それから足立らは高梨先生の指示通り、生徒らを引き連れて加賀山駅に向かった。学校を出てからもその生徒らは顔色を青くしたまま、ひと言もしゃべらなかった。自業自得だから仕方ないとはいえ、こちらまで気まずく感じてしまった。


 駅に着き、いつも通り先輩たちを見送ると、足立と中野もホームへと上がっていった。肝試しに来ていた生徒が重い足取りで後ろを付いてくる姿を見かねた足立はつい、

「大丈夫ですか?」

と声をかけた。


「あ、はい。ありがとうございます」


 口角こそ愛想笑い程度に上がっているが、その目は全く笑っていなかった。ちょっと余計だったかな、と軽く後悔していると電車が夜風を切りながらホームに進入してきた。

 電車に乗り込み、空いている席に並んで腰掛ける。ようやくひと息つけると思ったその時、遅れて乗り込んできた一人のおじいさんと目が合った。その瞬間、足立はあからさまに顔を歪ませた。


「ん?」


 おじいさんは足立に気づくと、眉間に深いしわを寄せた。慌てて表情を戻したが、おじいさんは既に不愉快そうな表情を崩さなかった。


「あんたら、なんでこんな遅い時間に乗っとるんじゃ?」

「あはは。まあ、いろいろありまして」


 愛想笑いでごまかすと、おじいさんは「ふん」と鼻息を鳴らしてそっぽを向いた。


「どうせ肝試しとか言って学校に忍び込んだんじゃろ? なんかおったのか?」


 そう尋ねられた足立は口を開かなかった。中野や他の生徒についても何か言いたげにはしているものの、誰一人として言葉を発する人はいなかった。

 ドアが閉まる際のスチーム音がやけに大きく聞こえる。電車がゆっくりと動き出す中、何も言い返せない足立らに向けておじいさんは再び話をし始めた。


「言わなくとも、おぬしらの様子を見れば分かる。やはりあそこは昔から呪われとるんだ。遊び半分で肝試しに行けば、命を落とすことになる」


 おじいさんの放ったその言葉に、足立は思わず息を飲んだ。


「どうして呪われていると言えるんですか?」

「わしの親父がそう言っとったんじゃ。親戚もみんな口をそろえて言っとった。『あそこにはちかづいちゃならん』とな」


 そこまで言うと、おじいさんは電車の奥の方へと歩いて行った。


「前もいたよね、あのおじいさん。相変わらず変なこと言ってくるし、何なんだろうね」

「……」

「足立くん?」


 中野の言葉は足立の耳を素通りしていった。

 夜な夜な徘徊する人体模型の正体。理科準備室で見つけた古いアルバムの謎。それらと呪われた土地に何か関係があるのだろうか、と疲れた頭で必死に考える。これら全てを偶然のひと言で済ませるにはどこか出来すぎている気がしてならなかった。


 おじいさんの丸まった背中が言葉に表れない何かを物語っているように見えた足立は、しばらく思考を止めることができなかった。

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