第21話 階段下の倉庫
佐々木先生によると、この地図に書かれている記号はどれも足立らの教室がある棟の1階の教室を指しているらしい。音楽室の辺りから聞こえてくる吹奏楽部の音色をBGMにしつつ、1階にたどり着くとがらんとした教室たちが足立らを出迎えた。普段、人の声で賑わっている廊下はしんと静まりかえっており、開け放されたドアの向こうには虫の影すら見当たらない。
騒がしすぎるのは問題だが、静かすぎるのもそれはそれで物足りない。ちょうどいい賑やかさというものがいかに大事なのか、身をもって知った。
「この辺りですかね」
足立らがたどり着いたのは、階段の下に設けられた倉庫だった。錆びついた扉は触るとざらりとしており、茶色の鉄粉が指についてきた。
「なんか古そうですね」
「先生、この中には何が入っているのですか?」
星守からの質問に対し、佐々木先生はうつむいたままなかなか口を開かなかった。
「先生?」
「あ、ごめんなさい。少し考え事をしていて。もう一回聞いてもいいかしら?」
「はい。先生はこの中に何が入っているかご存じですか?」
「ごめんなさい。私もよくは知らないの。ここはあまり開けることがないから」
先生でも知らないとなると、ますます怪しいにおいがしてくる。この中に何かあるのは間違いなさそうだ。
「すみませんが、ここの鍵を借りることはできないでしょうか?」
「もちろん大丈夫よ。ちょっと待っててちょうだい」
職員室の方に向かっていく佐々木先生を見送ると、山城は階段下の扉をコンコンと叩いた。
「中に何があるんだろうな?」
「お宝とかがあるといいですね~!」
脳天気なことを言う中野に「あればいいな」と小さく呟いた。
「そういえば、足立くんは夏休みどこか行くの?」
「僕か? まあ、家族で旅行には行くかな。毎年行ってるし」
「へえ。どこ行くの?」
「どこに行くんだろな」
「知らないの?」
「当日までは教えてくれないんだ」
「それって、なんだかわくわくするね」
目を輝かせた中野は次に「先輩方はどうですか?」と質問を投げる。
「俺は部活のダチとプールに行く約束をしてる」
「プール! いいな~」
「だろ? 今年はかなり暑いって聞くし、絶対気持ちいいよな」
腕を組みながら窓の外を向いた山城は差し込む日差しに目を細めた。
「私は、山城と図書館に行く予定がある」
「え!? なんでですか!?」
ひときわ黄色い声を上げた中野は今日一番の目の輝きを見せた。
「おまっ」
「図書館で読み聞かせのボランティアを頼まれたの。でも私一人だと心許ないから、山城も誘ったら来てくれた」
「へえ。ほんとに仲良いんですね!」
中野は口角を上げながら相づちを打った。自分では隠しているつもりなのかもしれないが、下心が丸見えだ。目を覆うように手を当ててため息をついていると、山城がぼやくように口を開いた。
「それにしても、遅いな」
「そうね。鍵を取りに行くだけなら、そこまでかからないはずだけど」
「これで実は開いてましたってオチなら面白いけどな」
山城は冗談交じりにドアノブをぐるっと回すと、軽く引くマネをしてみせた。するとギギッという音と共に少しだけ隙間が生まれた。
「!?」
「嘘でしょ……」
皆が唖然とする中、足立は隙間からそっと中を覗いた。しかし、暗闇が広がるだけでよく見えなかった。
力をぐっと込めて扉を開けると、ほこりっぽい空気が外に流れ出した。スマホのライトをつけて中を照らすと、心臓がドクンと跳ね上がった。
倉庫の中には首のない地蔵や半分に割れた神棚、ボロボロになった日本人形などが散乱していた。なぜ学校にこんなものがあるのか、いくら考えても理解が全く追いつかない。
警戒しながら奥の方にライトを向けると、机の上に置いてある古びた金庫が目にとまった。おそらくあれが、地図に示されたものだろう。
意を決して中に入ると、足の踏み場を一歩一歩確かめながら奥に進んでいった。
「おい、大丈夫なのか?」
心配する山城に「はい。今のところは何もありません」と冷静に返す。だが心臓はバクバク鳴りっぱなしだった。
おそるおそる進みながら金庫の前までやってくると、金庫の他に1枚の紙が置いてあることに気づいた。その内容に軽く目を通すと、足立はやや足早に倉庫の出口へと向かい始めた。
「足立くん、それは何?」
「金庫の近くに置いてあったんだ」
手に持った紙を目の前で広げてみせる。
「『暗闇の訪れし時、神のおわす所を調べよ』?」
「また謎が増えやがった……」
「でも、この下に書かれてる記号は地図に書いてあったやつと同じですね」
足立が指し示した箇所には、地図にも記載されていたマークが並んであった。
「ほんとだ」
「もしかして、これも犯人が置いた物なのでしょうか?」
「鍵が開いてたし、もしかしたらありえるかも」
星守の言葉を最後に、足立らは地図としばらくにらめっこした。時に送られてきた地図と照らし合わせてもみたが、これといった解決には至らなかった。点と点とがつながりそうでつながらないこの感じがどこかもどかしく思えた。
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