第2話 心霊調査を開始する

 陽がすっかり沈み、辺りに暗闇が舞い降りた頃に足立らは学校の下駄箱に集まっていた。


「中野さん、ほんとに大丈夫か?」

「わ、わわ私だって、もう生徒会の一員なんだから、だだだ大丈夫だよ」


 明らかに大丈夫ではない反応にこの先が思いやられる。メガネをかけ直すふりをして軽くため息をついていると、星守が一歩前に出た。


「行きましょ」


 手に持ったスマホのライトや懐中電灯の灯りを頼りに、暗闇の校舎へ足を踏み入れる。少しだけヒンヤリとした空気が額ににじむ汗とともに熱を奪っていく。外ではじんわりとした蒸し暑さが残っていた分、いくらか過ごしやすいのはありがたい。

 しばらくは四人の足音だけが静かな廊下に響いていった。


「何もいなさそうだな」

「廊下は異常なしってとこか。んじゃ、次は教室を見てみるとするか」


 山城は近くの扉をおもむろに開き、堂々と入っていった。そこはちょうど足立のクラスである1-2の教室だった。当然、異変なんか起きるわけもなく、足立もそれに続いて教室へと足を踏み入れた。

 教室の中は暗闇と静けさに包まれている以外、いつもとなんら変わりなかった。机が動き出すこともなければ、窓の外に突然幽霊が現れることもない。科学的に考えれば、そんなことが起こらないのは当然だと考えるのがこの足立という男なのである。

 それとは対照的に、身体を震わせながらゆっくり小刻みに足を進める中野は、今にも倒れるのではないかと思うほど血の気が失せていた。会長が背中をさすりながら支える姿を見ていると、思わず二度目のため息が出てしまう。


「なんだ。何にもねえじゃねえか」


 山城が吐き捨てるように言葉を放つ。


「そ、そそそうですよね? じ、じゃあもう出ませんか?」


 中野は急いで教室の入口に戻り、扉に手をかけた。


「あれ?」

「どうした?」

「……開かない」


 中野の一言に一同は困惑の色に包まれた。


「まさか、そんな訳ないだろ? きっと恐怖で力が出ねえだけさ」


 山城も取っ手に手をかけてぐっと引っ張った。しかし扉はミシッと音を立てるだけで開く気配は微塵もなかった。


「先輩?」

「はあ、はあ。たしかに、中野の言うとおりだ。けっこう力入れてんのに、びくともしねえ!」


 喋りながら山城は歯を食いしばり、取っ手を何度も引っ張ってみせた。運動部の中でもひときわガタイの良い山城でも開かないとなると、細身の三人にはなおさら無理な話だ。試しに教室の反対側の扉も開けてみようとしたが、こちらも開けることはできなかった。


「わ、私たち、閉じ込められちゃったんですか!?」

「そうみたいだな」


 冷静に返すと、中野の顔から再び血の気が引いていった。次に懐中電灯を持つ手が震えだし、声にならない涙声を漏らし始める。


「このまま、私たち、死ぬまで閉じ込められるんだ」


 思わずその場にしゃがみ込む中野に星守が駆け寄った。


「大丈夫。私たちがついているから」

「っ、うぐっ、はい……」


 動けなくなった中野をよそ目に、足立は扉に近づいて軽く取っ手を引いてみた。やはり扉はピクリとも動かない。廊下に面している方の扉も引っ張ってみるが、ここは元から立て付けがかなり悪く、入学から一度も開いたことがない。案の上、ギシッと軋むような音を立てるだけで開くことはなかった。

 鍵は開いている。でも扉は開かない。

 その矛盾に違和感を覚えながら、扉についた窓の外に向かってスマホのライトを照らした。すると、扉の近くに小さな影が見えた。よく目をこらしてみると、細く長いものが扉にくっついているようだった。


(あんなの扉についてたか?)


 そう疑問に思っていると隣で山城が掃除ロッカーを開き、ほうきを何本か取り出し始めた。


「何しているんですか?」

「扉から出らんないなら、窓から出るしかねえだろ」


 どこからか取ってきたガムテープでほうき同士をくっつけ始めた山城に対して、「それ本気で言ってるの?」と星守が尋ねる。


「俺は本気だ」

「ここ3階ってことは分かってる?」

「もちろん」


 ほうき同士をせっせとくっつける。その様子を足立はじっと見ていた。

 1本目のほうきが机の下へと伸びる。ライトによって作られた影が窓側に向かって細く、長く伸びていく。

 すると突然、頭の中にひとつの説が浮かび上がってきた。


「いや、そこまでしなくてもいいかもしれません」


 ぼそっと呟くように告げたその言葉が他の3人の顔をこちらに向けさせた。


「何か思いついたのか?」

「何回か、扉を全力で蹴ってくれませんか?」


 突拍子すぎるそのお願いに、山城は目を丸くした。


「まさか、扉を蹴破れっていうんじゃないだろうな? 先に言っとくが無理だぞ?」

「さすがにそんなことは頼まないですよ。騙されたと思って、蹴ってみてください」


 眉を潜めながらも、山城は扉に向かって思いっきり蹴りを入れた。扉が壊れるのではないかと思うほどの大きな音が何度か響くと、パタンと何かが床に当たる音が聞こえてきた。


「ん? 何の音だ?」

「やっぱり」


 取っ手に手をかけると、扉はガラガラと音を立てながら横にスライドしていった。


「開いた!? いったいどうして?」

「これですよ」


 足立が拾い上げたものを見て、中野と山城は首をかしげた。


「ほ、ほうき?」

「そうみたいだな。でもどうしてこんなところに」

「口で説明するよりも、実際に見てもらったほうが早いでしょう。こちらに来てください」


 そう言うと、足立は反対側の扉に向かっていった。星守だけは勘づいたのか、小さく頷いているのが見えた。

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