第18話 王女殿下と愉快な侍従たち
わたしの侍従たちから話を聞くと、彼らがわたしに近づくと、マルガや何者かに罰や圧力をかけていたのだそうです。
中には「実家の家族をどうなっても‥‥?」と脅されるなど、なかなか卑劣です。
なので、わたしとは各自で微妙な距離感を保っていたそうです。
話しかけると、ついお喋りが止まらないわたしに気を遣って、離れていたのだとばかり思っていましたが‥‥。
ヘラルドは我慢ならず、ルルさんと伯父夫婦と対策し、数ヶ月の間に水面下で証拠を取り揃えてから、今日に至ったのだそうです。
マルガことマルセラは密偵よりも洗脳と脅迫が達者だったようです。
それって多少は魔法を使ってるのでは?と、わたしは少し疑問に思いました。
ですが、魔法が得意なわたしですら、彼女を何も疑うこともなく、たった一人で任されるほどの優秀な侍女だと惑わされていたのですから。
彼女の働きぶりが凄かっただけに、魔法以外の能力があったということでしょう。
王女であるわたしは、〝誰に何をされているのか?〟を、身構えなくてはなりませんが、こう言った生命の危機ではなく、側近の人々との関わりや、プライバシーが脅かされる危機もあると言うことですね。
ユビと二人っきりで居られたのは、マルガが侍女としては叱りつつも、敢えて泳がせだったのだと思うと、わたしは欲望のまま行動していたのだと、今さらながら自分自身を恥じてしまいました。
まあ、ともあれ。これでわたしの侍従たちに平和が訪れたので、一件落着です。
わたしは自分の鈍感さに申し訳なさすぎて「気づいてあげなくて──」と言いかけたときに、ヘラルドは「王女さまがご心配されないよう、わたくしめどもが気づいて水面下で動きましたし、もう解決したことですので──」と礼しながら言われたので、「皆様、ありがとうございました!」とわたしは讃えました。
二人の侍女は、見覚えのある方々でした。
「セレナ、エレーナ‥‥! お久しぶりです!」
「ご無沙汰しております。かつてはイシドラさまの専属侍女を務めておりました、ヘラルドの妻、セレナと申します」
「娘のエレーナです! 宮廷王室の侍女を経て参りました。よろしくお願いします!」
セレナは、わたしの母と同年代で、思わず「母上〜」と呼んで飛び込みたくなるような包容力を醸し出していました。その黒い瞳には、うるんだ涙が光っています。
一方のエレーナは、わたしより三歳年上。
母親譲りの黒髪と黒い瞳を持ち、しっかりした物腰は父親似でしょうか。
落ち着いた雰囲気のお姉さまです。
セレナの涙もろさには、夫のヘラルドと娘のエレーナが、どこか呆れたような、けれど優しい笑みを浮かべていました。
「本日より、王女さまの専属侍女として‥‥えうっ‥‥お仕えさせて‥‥すんっ」
「おいおい、王女さまの前では涙は見せるなと、あれほど言っただろう」
「申し訳ございません! すんっ 王女さまがイシドラさまに瓜二つでして──!」
「構いませんよ。母も毎日のように、わたしの前で泣いていました。むしろ懐かしくてうれしいです。セレナ、エレーナ、どうぞよろしくお願いします」
「お、お気遣いに‥‥。えうっ‥‥。感謝申し上げます‥‥!」
「母は相変わらず泣き虫で、王女さまにはご迷惑をおかけしますが‥‥」
「わたしはとてもうれしいです!!」
「えうえうっ イシドラさま~~」
「わたしってそんなに母上に似てるのですか?」
「「「似てます!」」」
ヘラルドとセレナとエレーナが一家総出(?)で、そう口を揃えて言いましたので、それほどわたしは母に風貌が似てるのでしょう。
ヘラルドはセレナの肩をそっと撫で、エレーナは彼女の髪を優しく撫でていました。この光景は何度か見たことがあり、いつ見ても本当に微笑ましい親子です。
「産休と育休を理由に復帰を延ばしていたのですが‥‥。下の娘、ロレナはもうとっくに四歳になりまして、そろそろ戻らねばと思っていた矢先、王女さまを目の前にして泣くからと‥‥なかなかタイミングが難しくて、」
「代わりに、わたしがそろそろ専属侍女を‥と申し出たら、母から一緒に行こう!という話になってですね‥‥。もう、お母さん、しっかりしてよーん」
「えうえう‥‥イシド‥。いえ、マニータさま、ごめんなさーい‥‥ううう‥‥」
「エレーナ。こういうときは、こうするのですよ」
「‥‥はうんっ!?」
わたしがセレナに勢いよく抱きつくと、彼女は驚いて涙が止まりました。
昔と変わらないこの反応に、わたしは思わず微笑みました。
エレーナは「でも、それは王女さま限定ですよ?」と言ってきましたので、「冷たいこと言わずに沢山やってください。この充填作業は治癒魔法より大事なことだとテラ先生から教えられましたよ。特に‥‥ヘラルド?」と言ってヘラルドを見やると、ヘラルドは知らんぷりしました。
彼女が、過剰なる泣き虫な理由はそこじゃないの? って、うちの母もそうでした。
父は甘い言葉はかけてくるものの、母との密着を何故か全力拒否るほどのシャイでした。
まぁ、実子にすら、そういうところは見られたくないでしょう。
なので、わたしが率先して密着していたのですが、最近は拒否してきます。
男の人って難しい。
母が生きていたころは、わたしの代わりにたくさん泣いてくれていたから、わたし自身は冷静でいられたのかもしれません。
母は強い部分も弱い部分も、包み隠さず見せてくれていたのでしょう。
ユビが「捨てると三分で消えるハンカチーフ」を貰ったセレナは、またうれしくなったのか泣き出してしまい、そこがなんだか母の姿と重なってしまいました。
セレナのほうが、わたしより母に似ているのでは?
セレナと母は、幼馴染で一緒に泣き疲れて寝た仲であることも聞いたことがありますし、母が亡くなった時の彼女は、エレーナの妹であるロレナが誕生したばりで、育児中どんなに悲しかったか想像するのは可哀想ですが‥‥。
あの時のわたしも、一人になりたくて、自室に閉じこもってたほどでしたが、バルコニーからテラ先生が駆けつけるまで、泣き腫らしていましたし‥‥。
「我が家には、娘が実質四人おりますからね。ユビくんには、是非ともわたくしめの養子‥‥いや、里子でも構わぬので来ていただいて、男手一つのわたくしを助けてほしいものですな」
「んもう! ヘラルドの‥‥!!」
ヘラルドのジョークに、セレナは肩をペチンッといい音を立てるようにして叩きました。
今、さりげなく四人とか言ってますよね?
‥‥ヘラルド、そう言うところですよ??
セレナは、ユビの渡したハンカチで涙を拭い、ユビの髪をワシャワシャに撫でて感謝していました。これはもうユビの里親決定ってことなのですか? ワシャワシャにされたユビは「いやいや、感謝されるほどでは‥‥」と照れていました。
早速、泣き虫セレナによるハンカチーフの消耗が激しいようで、ユビが笑顔で詠唱してハンカチーフを補充していました。これは彼のハンカチーフ目的の説が濃厚かもですね? シシさんが「わんこそばとちゃうんやから」といってました、ワンコソバとは?
その姿がおかしくて、わたしは思わず笑ってしまいました。
レレちゃんとリオラさまがハンカチーフの魔法を興味深くユビに質問していたので、いずれは多くの人に広まりそうな予感です。 ルルさんが「放っときゃ乾くし要らんだろ」とボヤいて、レレちゃんの大きな「んもう!!」と言って、ペチンッとやっていました。ここもですか?
そのあと、ルルさんがぼそっと「でも俺さ〜、こうやって涙ながらにペチンッてされたいんだよな〜。涙で濡れた手でやられると、なおのこと良し」とボヤいたのをわたしは聞き逃しませんでした。
それに「わかる〜」と共感したのは、まさかのレレちゃん。機嫌が直るのが早いです。
似た者カップル、恐るべし。思わず笑いそうになりましたが、“泣きながらペチンッ”は、誰からされても、わたしにはちょっと怖いですよ? わたしはそれを誰にでもする気もないです。
ともあれ、専属侍女としてセレナとエレーナが側に居てくれるのは、本当に心強くて楽しみです。執事夫婦と娘が揃って側仕えしてくれるなんて、素敵すぎますよね!
ルルさんとレレちゃん、シシさんとリオラさまが、それぞれ仲良しこよしで先に食堂へ行ってしまいましたが、わたしも早く朝食を食べなきゃ〜。
ふと。わたしはある人のことを思い出しました。
ヘラルドが四人とさりげなく言ってたから‥‥。
「セレナ、エレーナ。そろそろ、わたし、ミマミマに会いたいのだけど‥‥」
「ちょっと、王女さま‥‥。シーですよ!」
さっきまで泣いてたはずのセレナが、キリッと真面目な顔になり、人差し指を口元に立てて、シーのポーズをしています。
ううう。これは叱られたようなものですね。セレナはよく泣きますが叱るときは怖いです。
こういう喜怒哀楽が激しいところも何故か母っぽい。
さっきのヘラルドの“娘が四人”のところは、なぜ見過ごされたのでしょう?
セレナ、エレーナ、ロレナ、──そしてミマミマ。
悔しい‥‥。
──ミマーナ・クエスタ・アリーバ第二王女殿下。
ミマミマこと、ミマーナはわたしの大事な実妹です。
しかし、わたしとちがって、魔法は使えませんし、魔法の効力もありません。
魔法が使えない王族の子は王族に代々伝わる掟によって死産として扱われ、死んだ者とされています。大昔は想像したくないのですが、実際に処刑されていたそうですが、それは百年以上前のお話。
現在は時代にそぐわないし、処刑がバレるといろいろと厄介なことになると言うことで、侍従家族の養子か里子として預けられることになっていますが、あくまで極秘のことです。
つまり、兄さまたちは、魔法が使えるのに魔法嫌いなんですよね‥‥?
これが本当に謎です。
ちなみに、彼女の存在を知るものは、一部の王族と侍従たちと転生者たちのみで、死産したと言うテイになっています。
この情報こそ、貴族に知られると面倒なことになりますので、おそらく宰相たちも知らないでしょうね。死産とされた妹がまさか生きていたなんて。
王族よりも貴族たちに囲まれた兄さまたちは、妹の存在はおそらく知らないのだと思いますし、興味はないでしょう。
その事情もあって、ヘラルドとセレナ夫妻のコルドバ伯爵家の王都別館で、里子として暮らしています。
夫妻の末娘のロレナに対しては、ちゃんとお姉さんしているとは聞いていて、姉のわたしよりしっかりしていそう。そう思うと姉としての威厳が‥‥。
過去に彼女から「勝手にルルお兄ちゃんを好きになってごめんなさい」と言われたレレちゃんの複雑な気持ちに、わたしも思わず泣きそうに‥。これはきっとリオラさまと仲良くなれそうな気がします‥。
とまぁ、そんな純粋な妹ちゃんなのですが、もしも次にシシさんやユビを好きになったらどうしようという不安ばかりが募ります‥‥。
ミマーナの風貌は、わたしの髪を父や兄さまたちのような真っ赤にした容姿ですが、黒く染めているので、どことなくわたしの髪の色に似ています。
少しせっかち気味なわたしよりも、だいぶおっとりとしていて、どことなく祖母のレオノーラ先生の雰囲気にも似ているそんな妹ちゃんなのです! 会いたい!
「でも‥‥元気ですか?」
「王女さまと同じこと言ってますよ。元気ですかって聞く表情も同じで‥‥ふふっ」
「ロレナちゃんとうまくやってるのですね?」
「ふふっ、むしろロレナがしっかりしていて、もうどっちがお姉さんかわからないくらいなのがおかしくて、ロレナは誰に似たのでしょう‥‥?」
「あ、こないだ、うちにユビくんが来た時は、二人ともぜんぜんユビくんから離れませんでしたよ‥‥あっ!!」
今、さらっとエレーナが大きな秘密をバラしました!!
爆弾発言です!!
ちゅどーーーん!!
セレナとユビは、エレーナの顔の前を手で振って遮ろうとしますが、もう手遅れです。
ヘラルドが額に手を当てて「あちゃー」って感じに項垂れつつも、顔は笑ってるのがちょっと腹立たしいです。
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