　猟友会のトラックが沢木一代の豪邸前に到着したとき、夕暮れの薄闇が辺りを包み始めていた。エンジンの重々しい音が住宅街の静寂を切り裂き、近隣の野鳥が一斉に飛び立った。

　トラックの荷台から降りてきたのは、猟友会のメンバーたち――年季の入った猟銃を肩に担いだ初老の男たちと、緊張した面持ちの若い猟師数名だ。

　リーダーの佐藤は、日に焼けた顔に深い皺を刻んだ男で、鋭い目つきで周囲を見回した。庭には泥にまみれた熊の足跡がくっきりと残り、豪邸のリビングに続くガラス戸は粉々に砕け散っていた。

「熊だ。間違いない」

　佐藤が低い声で呟き、メンバーに目を向けた。

「気をつけろ。まだ中にいる可能性が高い」

　彼らは無言で頷き、銃を手に握り直した。足音を殺しながら家の周囲を囲むように動き、佐藤が先頭に立って砕けたガラス戸の前まで進んだ。風が吹き抜け、カーテンが不気味に揺れる中、彼らは慎重に室内へ足を踏み入れた。

　猟友会のメンバーがリビングに足を踏み入れた瞬間、強烈な血の臭いと内臓の匂いが混ざり合った悪臭が彼らの鼻を直撃した。

　かつては豪華で整然としていたリビングは、今や地獄のような光景と化していた。

　床はべとべとした血と体液で覆われ、足を踏むたびに不快な音が響き渡る。革張りのソファは熊の鋭い爪で無残に引き裂かれ、飛び出した綿が血に染まって赤黒く変色し、ところどころに肉片がこびりついていた。高価なガラステーブルは粉々に砕け散り、その鋭い破片が血だまりの中に散乱し、赤く染まった光を不気味に反射していた。壁には血飛沫が飛び散り、まるで狂気の画家が描いたような赤と黒の模様が広がっている。カーテンは引きちぎられて床に落ち、窓枠には深くえぐられた熊の爪痕が刻まれていた。

　床に横たわる一代の遺体は――目を覆うばかりの惨状だった。

　腹部は大きく抉られ、内臓がずるずると引きずり出されている。腸は床に散乱し、肝臓や胃袋は熊の足跡に踏み潰されてぐちゃぐちゃに潰れていた。彼女の顔は半分が食いちぎられ、骨がむき出しになった部分から血が滴り落ちている。開いた口からは血と唾液が混じった液体が流れ出し、虚ろな目は天井をただ見つめていた。

　猟友会の若いメンバーの顔が青ざめたが、佐藤は動じず、熊の気配を探るように耳を澄ませた。

　突然、リビングの奥――キッチンに続く暗がりから、低く唸るような息づかいが聞こえてきた。そこに立つ熊は「一代だったモノ」を前にして巨体を構え、まるで誰にも渡すまいと決意したかのように睨みを利かせていた。血に濡れた毛皮は薄暗い光の中で不気味に輝き、口元には一代の肉片がこびりつき、牙の間から赤い滴がぽたぽたと落ちていた。

　猟友会のメンバーが近づこうとすると、熊は一声唸り、前足を力強く床に叩きつけた。血だまりが跳ね上がり、猟師たちの足元にまで飛沫が飛び散る。

　佐藤が銃を構えて一歩踏み出すと、熊はさらに激しく反応し、遺体に覆いかぶさるように体を低くした。その仕草は、エサである一代を決して手放すまいとする獣の執念そのものだった。

　威嚇するように前足を振り上げ、鋭い爪が空を切り裂く音が響く。

　若い猟師が思わず後ずさりする中、佐藤は冷静に「動くな。こいつはエサを渡す気がない」と小声で告げ、メンバーに手で合図を送った。彼らは扇形に広がり、熊を包囲するように位置を取った。

　佐藤は猟銃を構え熊の動きを追った。熊の肩がわずかに震え、息が荒くなっている。撃つタイミングを見極めるため、佐藤は自分の鼓動を抑えながら息を整えた。背後で若い猟師が緊張で歯を鳴らす音が聞こえたが、誰もが言葉を発さなかった。

　一瞬の静寂が流れた後、熊が突然動き出した。前足を振り上げ、咆哮とともに佐藤に向かって突進してきたのだ。距離は5メートルもない。

「撃て！」

　佐藤の叫びと同時に、銃声が轟いた。佐藤の放った弾丸が熊の肩口に命中し、肉が裂ける鈍い音が響いた。だが熊は止まらず、さらに一歩踏み込んでくる。隣にいた猟師が慌てて二発目を撃ち、熊の胸に赤い花が咲いた。巨体がよろめき、床に膝をついた瞬間、佐藤が最後の狙いを定めた。銃口が熊の頭部を捉え、引き金を引く。乾いた銃声とともに、熊の額に穴が開き、血と脳漿が飛び散った。

　熊の巨体が床に崩れ落ち、鈍い音が豪邸に響き渡った。

　痙攣するように前足が数回動いた後、熊は完全に動かなくなった。血が床に広がり、一代の遺体と混じり合うように流れていく。

　猟友会のメンバーは肩で息をしながら銃を下ろし、佐藤が熊に近づいて死を確認した。熊の瞳はすでに光を失い、開いた口から血が滴っていた。

　佐藤は振り返り、一代の遺体を見下ろした。かつて「熊を殺すな」と訴えていた人間だったモノがそこにある。血に塗れた手が虚空を掴むように固まり、目は見開かれたままだった。佐藤は深いため息をつき、静かに呟いた。

「熊を殺すな……か」

　その言葉には、一代の行動の皮肉、そして無意味さが重く込められていた。