第41話図書室で交わすはずだった言葉
夜七時半。
裏通りにやわらかな灯りが滲む。
カラン、カラン――と、ほぼ同時に二度、ドアベルが鳴った。
「……あれ……?」
「……えっ……?」
扉の前で立ち尽くしたのは、制服姿の男子高校生と、カーディガンを羽織った女子高校生。
お互いを見つめて、戸惑ったように立ち止まる。
マスター小鳥遊はカウンターでカップを拭きながら、静かに微笑んだ。
「いらっしゃいませ。……お二人、ご一緒にどうぞ。」
二人は目を見合わせ、ぎこちなく頷き合い、並んでカウンターに腰を下ろした。
沈黙が少しのあいだ流れる。
マスターは、やさしく問いかけた。
「コーヒーはお決まりですか?」
「……カフェモカで。」
「……私も、カフェオレで……。」
サイフォンの湯が静かに踊りはじめる。
男子は手元の借りた本を握りしめ、女子はカーディガンの袖をきゅっと握っている。
「……まさか、ここで会うとは思わなかった。」
男子がぽつりと言うと、女子は少し頬を赤らめながら小さく笑った。
「……私もです。……こんな時間に、同じ場所にいるなんて……。」
マスターは黙って二人の言葉を待つ。
やがて男子が、視線を落としたままぽつりとつぶやく。
「……図書室で……君に、声かけようと思ってたんだ。
でも、いつも勇気が出なくて……本ばっかり借りてた。」
女子は目を丸くし、そして視線を落としたまま言った。
「……私……あなたに話しかけようと思ってたんです。
でも……やっぱり勇気がなくて……。」
二人は同時に息をのみ、そして顔を見合わせる。
マスターはその瞬間、そっと二人の前にカップを置いた。
「――言葉は、いつでも遅すぎることはありません。
ここでも、図書室でも、きっと。」
湯気の向こうで、二人は小さく笑い合った。
男子が少しだけ勇気を出して口を開く。
「……あの本、面白かった?」
女子は頬を染めながらも、うれしそうに頷いた。
「……まだ読み途中だけど……感想、話したいなって思ってました。」
静かな店内に、二人の小さな会話が生まれていく。
マスターはその様子をやさしい目で見つめ、静かに呟いた。
「――言葉が繋ぐ縁は、こんなふうに、そっと始まるものですね。」
二人はコーヒーを飲みながら、少しずつ言葉を重ねていった。
カラン、とドアベルが鳴るのは、きっとまだしばらく先だろう。
カウンターの奥で、小鳥遊マスターは新しい豆をミルに入れ、
そっとハンドルを回しながら、微笑んだ。
「――図書室で交わせなかった言葉が、今、ここで芽吹いたようですね。」
そしてまた、次のお客様を待ちながら、
ゆっくりと夜を味わうように、ミルを回し続けた。
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