追放令嬢は暗黒竜を調教して世界を翻弄する ―暗黒女王覚醒譚―

コテット

第1話:背信の晩餐

王宮の大広間。

天井から吊るされた巨大なクリスタル・シャンデリアは、淡い琥珀色の光を放ち、壁面の銀糸刺繍を揺らめかせている。


繊細な王家の紋章が描かれた織物は、まるで生き物のように闇に息づき、

大理石の床に映る光の粒は宝石の破片のように瞬いていた。


貴族たちは真紅や深紫の正装を纏い、

金糸銀糸で飾られたマントをひるがえしながら社交を楽しんでいる。

グラスの縁には翡翠色のシャンパンが揺れ、乾杯の音が重層的に広がる。


侯爵令嬢レイラは、その華やぎの中心に立っていた。

翠色の絹織りドレスが腰元から緩やかに流れ、

背筋を伸ばしたその姿勢は凛とした気品を放つ。


栗色の髪には小さな紅い薔薇の髪飾りが一輪、

月明かりを受けてさりげなく輝いている。


「お美しい……」

隣に立つ貴族が呟き、耳朶を赤らめながら視線を逸らす。


しかし、レイラ自身の表情はどこか硬く、

笑顔の裏に潜む不安が翳りとして浮かんでいた。


――幸せのはずの夜宴は、まもなく悪夢へと変わる。


〈事件の発端〉

祝宴の高揚感が頂点に達した瞬間、

従者のひそやかな足音とともに、

一冊の古びた書物がレイラのテーブルに置かれた。


『禁忌魔導録――大魔導士ファレスティールの真筆』。

銀の装飾文字はかすれ、

触れる者すべてを呪縛すると伝わる禁書だ。


瞬時に飛び交う驚きの視線。

大広間の空気は凍結し、

奏楽の調べすら遠のいていく。


〈断罪の宣告〉

「これは魔女の儀式に用いられた禁書にほかならぬ!」

甲高い声が響き渡る。

国王直属・魔導騎士団長セルジュだ。


彼は白銀の剣を抜き、

冷たい瞳でレイラを睨みつけた。


「王命により――国家反逆罪に問う!」

国王の声もまた氷のように冷たかった。


父侯爵は狼狽し、

書記官に「勅令を読み上げよ」と号令を下す。


護衛騎士たちが鉄鎖を取り出し、

レイラの手首をしっかりと縛り上げた。


〈追放の瞬間〉

大理石の階段を降りる足音は重く、

背後には嘲笑と怯えが入り混じった囁きが渦巻く。


月明かりの庭園へと続く扉をくぐるレイラ。

凍てつく夜風が肌を刺し、

湿った土と夜咲きの薔薇の香りが混ざる。


護衛騎士アレクがそっと声を掛ける。


「お嬢様……私たちは、あなたの無実を――」


レイラは静かに首を振り、

涙で揺れる眼差しをアレクに向けた。


「ありがとう、アレク。だけど、私の道は自分で切り拓く」


その言葉にアレクは息を呑み、

剣の柄に手を掛けたまま無言で頷く。


〈絶望の森の入口〉

石畳はやがて苔むし、

夜の帳が深まるほどに視界は暗くなる。


巨木が牙を剥くように折り重なり、

ひときわ太い枝が一本道を塞ぐ。


風にざわめく葉音は、時に獣の唸りにも似て、

胸の奥に潜む不安を揺さぶる。


だがレイラの足は止まらない。

剣の柄を握り込むその手に、

裏切りへの怒りと失われた誇りが燃えていた。


〈心の独白〉

(私は一体、何を失ったのだろう――)


豪奢なドレスも、政略結婚の約束も、

すべては一夜にして砂の城と化した。


(父は……私を信じていなかったのか?)


かつて共に微笑んだ庭園での語らいは、

遠い蜃気楼のように儚く消え去った。


しかし胸の奥で、

小さな炎が灯るのを感じる。


(真実を、取り戻す――)


〈森の導き〉

銀色の雲間から零れた月光が、

一本の枯れ枝を淡く照らした。


枯れ枝の先には、

奇妙な輝きを放つ紋章状の刻印が浮かぶ。


かつて父が胸元に下げていた家紋と同じ――

それはレイラ自身の血筋を示す印。


思わず手を伸ばすと、

刻印は微かに振動し、

漆黒の闇がざわめくような音を立てた。


〈第一の予兆〉

辺りに漂う魔力の残滓が、

レイラの体温に共鳴する。


手のひらに伝わる振動は、

胸の奥底に眠る何かを呼び覚まそうとしていた。


(これは――呪いか、それとも導きか)


問いかける声は自分自身のものにすら聞こえず、

しかし確かに、彼女の意思を揺さぶった。


〈誓いの刃〉

鎖に繋がれた腕の痛みを噛みしめ、

レイラは剣の柄を強く握りしめた。


暗闇に浮かぶ月影を背に、

彼女は静かに言い放つ。


「真実は、深い森の闇が知っている――」


その言葉は凍てつく夜気に溶け込み、

やがて震えるような余韻を残した。


――夜の深淵へと吸い込まれていく二人の影。

これが、追放令嬢レイラの新たな物語の始まりだった。

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