天女の恋

雲乃琳雨

中学生編 1、出会い

 夢を見た。


 音のない、青い夜の森で、天女のように美しい女性が、池で水浴びをしていた。

 俺は大人の姿で、ひざ下丈のズボンに、着物のような前合わせの服を着ている。俺は、服のまま水の中に入った。女性は俺の方を見ると、無表情にこう言った。


「私は天女の真帆羅まほら。あなたの願いを一つ叶えましょう」


 真帆羅と言う漢字が自然と頭に浮かぶ。

 俺は迷わず言った。


「俺の彼女になってください!」


 真帆羅は何の表情も浮かべないまま

「分かりました。その願いを叶えましょう」


 惹かれ合うように、お互いに腰に手を回してキスをし、その後、一夜を共に過ごした。



 朝になり目が覚めた。


(すごくリアルな夢だった)


 鼓動がドキドキする。恥ずかしさで顔が赤い。

 天女の夢を見たのは、昨日のテレビで羽衣伝説を紹介していたからだな……。

 所詮、夢は夢に過ぎない。俺は、多可良たから 祐人ゆうと。背が低い、冴えない中学3年生だ。



 衣替えが終わって半袖の季節。学校に登校してから席に着いた。机の上で頬杖をついて、昨日テレビのことを考えていた。

 羽衣伝説は、世界各地にあるらしい。


(男の憧れなのか?)

 

 首をかしげる。


 羽衣伝説の内容は大体同じ、

 平民の男が水浴びをしている天女の羽衣や、衣服を隠し、天に帰れなくして自分の妻にする。子供が出来て、羽衣の隠し場所が分かり、子供を置いてささっと天に帰るという話だ。


 今朝の夢はいい夢だったけど、怪しい夢だったと思う……。


 先生が教室に入ってきた。


「おはよう。今日は、転校生を紹介する」

 どよっ 


 教室がざわめく。

 先生の後に入ってきたのは、うちの制服の白いブラウスに、短くしたプリーツスカート、分けた前髪の左の片方をピンでとめて、肩下で細くなっているペタンとした髪のロングヘアの、大人しい感じの女の子だった。


(真帆羅!)


 顔を見て驚いた。

 目の前の子は、俺と同じぐらいの年の女の子だ。偶然か? でも真帆羅によく似ている。


「自己紹介して」


 先生が名前を黒板に書く。


たちばな真秀まほです。よろしくお願いします」


(名前も似てる。偶然? 漢字が違うか)


 ずっともやもやしながら、お昼休みまで過ごした。



 昼休み時間になると、


「多可良くん。ちょっと話があるけどいい?」


 橘さんが、俺に話しかけてきた。やはり、真帆羅なのか?


「分かった」


 俺達が話しているのを、不思議と誰も気に留めていなかった。やはりおかしい。



 二人で廊下を歩く。彼女は転校生なのに前を歩いて、誰もいない理科室にさっと入っていった。

 金魚の水槽からポコポコと音がする。彼女が振り返って、無表情に言った。


「私のこと覚えてる?」

「やっぱり、真帆羅なのか?」

「そうよ。あなたの願いを叶えるために来たの」

「本当に⁉」(あれは夢だけど、本当の夢だったんだ!)


「じゃあ、君は俺の彼女ってこと?」

「ええ」

(え~、そんなことが! 天女が俺の彼女!! そんな夢みたいなことが。やっぱり男の夢)


 俺は、怪しさよりも、浮かれ気分が勝って、顔がほころんだ。


「ただし、天女と恋をするにはルールがあるの」

「……ど、どんな?」

「1つ 浮気はしない、

 2つ 仕事を持つ、

 3つ 大切にする、

 4つ 子供を持たない、の4つよ。

 もちろん断ってくれても構わない。ルールを破ると代償を払うことになるから。


 最後まで添い遂げることが出来た魂は、死後、神仙界に連れ帰ることが出来て、その後もずっと一緒にいることが出来るの。

 あなたは、天女チャレンジをしてみる?」


 どれも無理なことではない。子供を持たないのは意外なルールだった。


「子供を持たないのはどういうこと?」

「天女は実態ではないから、人のように子供を産む能力がないの。でも、願いで子供を産むことが出来るけど、願いが変わるから、そこで終わりになるの」

(なるほど! それで天に帰ったのか)


 俺は子供だから、子供のことなんか考えない。それよりも、今の彼女だ!


「俺は、チャレンジする」


 ニコ 真帆羅は初めて笑顔で、手を差し出した。


「分かったわ。よろしく」



 放課後、二人で俺の家に帰ると、母さんが夕飯の支度をしていた。急いで、真帆羅と部屋に向かう。


「ただいま。友達連れてきた。お茶は後で取りに行くから」

「分かった。お帰りなさい」


 部屋につくと、真帆羅と現実でも抱き合った。



 やっぱり現実と夢では全然違う!

 ベッドで二人で横になる。


「大丈夫?」

「うん」


 真帆羅は幸せそうな顔をしていた。俺もほっとした。

 とりあえず服を着て勉強しないと。母さんが突然入って来たら困る。


「お茶、取りに行ってくる。その後、勉強しよ」



 真帆羅は明るいうちに帰っていった。

 居間でテレビを見ていたら、母さんが話しかけてきた。


「友達って、女の子だったのね。上品なきれいな子だったわね。まさかあんたに、こんなに早く彼女が出来るなんて思わなかったわ」

(それは、俺も思った)


「これ、取っておいて良かったわ。はい、ちゃんと避妊しなさいよ。困るのは、私じゃなくてあんただからね」


 母さんから、男性用避妊具を渡される。


「……」

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