第23話 牛小屋リターンズ
「本当にここに泊まるのか……?」
オレとマリーが宿にしている牛小屋を見たアリューシアの第一声がそれだった。
だがまぁ、これが普通の反応だろう。貴族のお嬢様だとしたらなおさらだ。
まぁ、オレには豚が飛んでるテーマパークのようにも見えるのだが、それは黙っておこう。
というか、馬の被り物をしてるからてっきり動物が好きなんだと思ったんだが、やっぱりあれはバグなのか?
「普通に泊まると銀貨十枚だけど、こっちは銀貨一枚なんだ」
「お金はあるんだから、普通に泊まればいいじゃない?」
「マリー、そうは言うけど、ここで寝るだけで銀貨九枚貰えるんだよ?」
「それなら、まぁ……」
マリーが渋々といった感じではあるが納得する。
マリーの説得は楽でいいなぁ。
「ですが、今のヒイロさんはお金を持っていますから、もう少しセキュリティーの高い所を選んだ方がいい気が……」
「なるほどな……」
エミリアの言い分もわかる。こんな牛小屋ではセキュリティーのセの字もないだろうことも。
でもなぁ。なんか自分の中のケチな部分が出てしまって素直に頷けない。
「宿の主人にお金だけ預けるか」
「そこまでお嫌ですか……」
エミリアが処置なしと言わんばかりに溜息を吐く。
「ひどい臭いだ。しかし、どこで寝るというのだ? ベッドはどこだ?」
アリューシアが顔を顰めて周りを見渡している。
当たり前だが、そんなものが牛小屋にあるわけがない。
「ベッドはここだ」
「ん? 私にはただの藁の山に見えるのだが?」
「そう。この藁山がベッドだ」
「ここで寝るのか?」
「そうだ」
「ヒイロと?」
「そうだが?」
そう答えると、アリューシアが急に顔を赤らめてもじもじし始める。
どうでもいいが、顔のいいアリューシアがやるとオレまで照れちゃいそうだ。
「けけけ、結婚前の男女が、その、いけないと思うぞ? それもこんな所でだなんて……」
何を想像してるんだか……。
「するわけないだろ。ただ寝るだけだ」
「そんなドライな関係なのか!?」
「違うから、誤解しないでくれ」
「何の誤解があるんだ!?」
もう誤解を解くのも面倒なので銭湯に行こう。
「はい。皆さんこれから銭湯に行きます。着替えを忘れないでね」
「はーい」
「うんうん。マリーは素直だね」
「戦闘ですか? もう夜ですが、夜も狩りを?」
「いやいや、そっちの戦闘じゃなくて、風呂の方ね」
「そっちですか」
エミリアは納得した顔を浮かべたが、アリューシアはまだピンときていない顔をしている。
「風呂? 風呂があるのか? 銭湯とは何だ?」
貴族のご令嬢であるアリューシアは銭湯を知らないらしい。
「公衆浴場って言えばいいのかな? まぁ、行けばわかるよ」
「こうしゅう……?」
古代ローマにもあったっていうし、こっちでもメジャーな建物かと思ったら伝わらなかった。まぁ、アリューシアはお偉い貴族令嬢だし、風呂は自宅に完備が普通なのだろう。
まぁ、見れば一発でわかるだろう。そのへんの説明はマリーとエミリアに任せよう。
「着替えは忘れるなよ?」
最後にもう一度注意をすると、オレたちは銭湯に向かうのだった。
◇
「はーびばのんのん♪」
頭の上にタオルを置いて湯船でくつろいでいると、隣の女湯から女の子のキャッキャした声が聞こえてくる。
「シアって案外おっきーのね。最初は男かと思ったけど、意外とあるじゃない」
「どこを見て言ってるんだ?」
「え? おっぱ――――」
「言わなくていい! それに、一番大きいのはマリーじゃないか」
「ふふん。お姉ちゃんですから!」
「皆さん、体を洗って早く湯船に入りますよ」
「はーい」
「最初に体を洗うのか?」
「はい。アリューシア様はお一人で洗えますか?」
「シアでいい。それと、私の覚悟を舐めてもらっては困る。家を出た以上、自分のことは自分でやる」
「えー、せっかくだから洗いっこしましょうよ?」
「そのあらいっこ? とは何だ?」
銭湯の中にわんわんと響くのは馴染みのある声だった。
あー、やかましいのがいるなと思ったら、ウチのパーティメンバーだったか。オレは恥ずかしいです。
そんないたたまれないような恥ずかしいような入浴を終えて、オレは銭湯のロビーで女性陣を待つ。
しばらくすると、いつもよりも緩い格好をした女性陣が出てきた。
マリーはいつもよりもゆったりした平民が着てそうな質素なワンピースだ。
エミリアもマリーと似たようなものだ。ワンピースには繕った跡があるのだが、エミリアって聖女とか言われてるほどすごい人なんだろ? 教会ってもしかして資金難だったりするんだろうか?
最後がアリューシアなのだが、こいつがすごい。セレブが着てそうなドレスみたいなワンピースを着ている。これがネグリジェっていうやつかな? 刺繡とかすごいな。一目で高級品とわかる。
女性陣はみんな頬を朱に染め、髪も艶やかだ。どうして入浴後の女性はこんなに魅力的なんだろうね?
「じゃあ、帰るか」
「はーい!」
「わかりました」
「うむ」
お風呂でほかほかした気持ちのまま宿の横にある牛小屋に戻るのだった。
そこでまた一悶着あるのだが、まぁオレは面倒だから寝るよ。
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