第5話 挫折セット三点盛り
時計の針がもしこの世界にもあるとしたら、たぶん今は夕方。
部屋の外はほんのり茜色に染まり、そろそろ夕飯の気配が近づいてきている――だがその前に、俺の心にはまだ重力がかかっていた。
原因は、今日の日中にある。
いや、正確には「地獄の授業」だ。
* * *
朝飯を食べ終えた直後、セリーナに言われたんだ。
「はい、食べたら勉強部屋。七男坊も例外じゃないから」
・・・・・・・いや、その言い方、食後のデザートみたいなテンションで言うなよ。
どうやらこのルミナレス家、傘下にある貴族の家の子供たちをこの領主の館に集めて、勉強やら訓練やらをさせるのが
貴族育成コース、略してプチ地獄。俺にとっての「地獄の授業」だ。
貴族の子は十三歳で王都の学院に入るのが決まりで、それまでの下積みとしてこの “子供教室” に通うんだと。これは領主の子だからって例外ではない。
むしろ「率先してやれ」な立場。理不尽ってやつは異世界にもあった。
で、その“教室”が、また容赦なかった。
まず、朝の第一関門――読み書き。
俺の目の前に出されたのは、グニャグニャしたこの世界の文字の嵐。
「はい、今日の課題はここまで読めたら合格。じゃ、どうぞ~」
先生役の若い貴族が軽く言い放ったそのとき、俺の脳内には風が吹き抜けていた。
(読めねえ)
まじで、なにひとつ読めなかった。
なにせ前世は日本人で、転生したて。前のハックの知識もあるかと期待してたが、どうやらそのへんの引き継ぎはナシのようだ。
せめて自動翻訳つけとけよ、異世界仕様。
隣の席の子供が「ふん」と鼻で笑ったのが聞こえた気がする。気のせいじゃないと信じたいけど、残念ながら現実だったっぽい。
続いて第二関門――剣術訓練。
子供用の木剣を握らされ、「構えから!」と号令がかかる。
そんなこと言われても正しい構えなんて知らねぇし。
とりあえず見様見真似でやるしかない。
そう思って、いざ動こうとしたら、体が・・・・・・・重い。
もやし過ぎるだろ、この身体。木剣が鉄の剣なみに重く感じて動けない。
「左足、後ろ! そこ! 後ろって言ってるだろ!」
「お前、手が逆だ! それは剣の持ち方じゃない!」
もう踏んだり蹴ったり。冷や汗はダラダラ出るし、視線は刺さるし、地面がちょっと恋しくなる。
見てる奴のうち数名、三人くらいは絶対に「こいつ何しに来たの?」って目でこっちを見てた。しかもその中に、午前の読み書きで笑ってた奴が混じってた。
お前、絶対許さんからな。顔は覚えておく。
そして最後が、魔法訓練だった。
もちろん、やったことなんてない。
「はい、じゃあ順番にいこうかー。いつも通りでいいからね」
「「はい!」」
元気よく返事をする子供たちの中で、ひとりだけポカンとしてる俺。
なに? “いつも通り”って何? どこから何をどうすれば?
順番が回ってきて、訳も分からず手を出した。
(えーと・・・・・・気合い? 念じる? ・・・・・・波動拳?)
・・・・・・結果、何も起きず。
講師の貴族風おじさんが「ふむ」とか言いながら記録用紙に何かを書き込んでいた。たぶん、失格、とか書かれてる。
その後は、練習場の隅っこでぽつんと個人練習という名の隔離。
周囲の視線がやけに遠巻きだったのは気のせい・・・・・・じゃないな。百パー俺のせいか。
やっぱり、あれだよな。
主人公補正があるからって、初日から無双とか、ねぇから。
帰り道、セリーナに「どうだった?」と聞かれて、「まあ、ぼちぼち」と答えたのを自分で殴りたい。ぼちぼち? どこが? 全ボロじゃん。
せめてもの救いは、殴られたりはしなかったこと。子供たちも“貴族としての体裁”は一応保ってたらしい。裏でなんか言われてそうだけど、それは・・・・・・・まあ、聞かなかったことにする。
* * *
そんな地獄の授業風景を思い返しているうちに、扉の向こうからコンコン、と扉を置く音が聞こえた。
あ~、夕飯か。
そういえばお腹空いたな。
今日一日、生き延びただけで褒めてやりたい気分だった。
明日は――せめて“ちょっとマシな失敗”で済ませたい。切実に。
とはいえ、何も考えがないとまた同じ繰り返しな訳で。さぁどうするか。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。