第3話 静寂を乱す者

※この作品はAIの補助を受けて執筆しています。プロット・構成・調整は筆者自身が行っています。






 その夜のことだった。


――風だ。

 閉め切られた室内のはずなのに、不意に、微かな風を感じた。

カーテンは揺れていない。扉も窓も開いていない。それでも、確かに肌を撫でるような気配が頬をかすめた。

同時に、空気が変わる。温度も、質感も。何かが近づいてくる。


「ありゃ、起こしちまったかい?」


 声は穏やかだった。でも、どこか背筋をなぞるような響きがあった。

視線を向けると、そこにいたのは――

 真っ白な髪を後ろで束ね、高級そうな貴族の衣をまとった女。年齢はかなり上のはずだが、背筋は真っ直ぐで、しわひとつないその佇まいからは強い圧力を感じる。

 両手を袖に収めたまま、彼女は俺のベッドに近づき見下ろしている。


 ――いや、見下ろしていたというより、覗き込んでくる。俺の“奥”を。


「・・・・・・誰、ですか?」


 自然と問いが口をついた。

彼女は口元を緩める。どこか芝居がかったような、それでいて自然体の笑み。


「ノエリアさ。あんたの祖母ってことになるね。ま、あたしの顔なんか知る訳ないね。会うの、これが初めてだ」


「・・・・・・・祖母? おばあちゃ、さま?」


 思わず聞き返してしまう。だが彼女は頷きすらせず、小さな布袋を取り出した。

指先でくるくると回していたのは、透明な飴玉。袋に入ったままの状態で、光を透かしていた。

 その手つきは、まるで「ご褒美」をちらつかせる教師のようでもあり、「餌」をぶら下げてみせる猫のようでもあった。


「・・・・・・あんた、大人しく寝てるけど、ぜんぜん静かじゃないね」


 その言葉に、反射的に眉をひそめる。


「・・・・・・どういう意味、ですか?」


 ノエリアは笑わなかった。笑わないまま、ベッド脇に腰を下ろすと、じっと俺を見つめてきた。目だけで圧をかけてくるタイプだ。


「あたしらみたいなのにはね、わかるのさ。“外”の空気じゃなく、“中”の揺れで。あんた、いま、息してるだけで周囲をざわつかせてるよ。まるで、鼓膜の奥で音が鳴ってるみたいにね」


 それは比喩だろう。だけど、妙に生々しい。


「・・・・・・俺、自分じゃ何も感じない、ですけど」


「そういうもんだよ。“溢れてる側”は、気づきにくい。自分の足音ってのは、案外聞こえないもんさ」


 ノエリアは言いながら、懐から取り出した袋を指で弄んでいる。


「自覚はない。けど、あんたの中では、何かが止まらずに動いてる。“何か”がね。流れてる、というより、漏れてる。あたしからすれば、ここに来る前から騒がしかった」


 俺の中で、言いようのない不安が膨らんでいく。


「それって・・・・・・悪いことなの、・・・・・・ですか?」


「さあね。悪いかどうかは、扱う本人次第さ。ただ、今のままだと周囲に影響は出るだろうね。ゆっくりと、確実に」


「影響?」


「……水のたまった器がひとつあるとしよう。そこから水が流れ出ていたら……どうなると思う?」


 水は溢れ続ける。こぼれ出して、器の周囲を濡らす。放置すれば、床だって歪むかもしれない。

そういうことか。


「・・・・・・俺は、壊れた器ってことか」


 自然と元の自分の声が出たような気がした。


「んー・・・・・・・“未完成”って言っとこうか。壊れてるなら、それもまた才能だけどね」


「・・・・・・自分で制御できるように、なれ・・・・・・・ますか?」


 問いには、すぐには答えなかった。

ノエリアは数秒の沈黙のあと、低い声で続けた。


「なれるよ。ただし、“自分で”ならね。あたしが蓋をしてやることもできる。でも、それじゃ根本は変わらない。力はいつか、あんた自身に牙を剥く」


「つまり・・・・・・」


「誰にも頼らず、あんたが“自分”ってものを握る必要があるってことさ」


 その言葉の重さに、自然と息をのむ。

 ノエリアはそこでようやく袋から、飴玉をひとつ取り出した。


「よく聞けたね。ご褒美。甘いけど、ただの飴じゃないよ」


 それを手渡され、俺は無言で受け取る。触れた指先が、ほんのりと温かく感じた。


「・・・・・・あんたがこの先、どうなるかは知らない。でも、変に期待なんてしないでおくほうがいいよ。それが出来ても世界は広い。ちいさな器がいくつあっても、世界の広さは測れないからね」


「それでも、俺はやるよ。それしかないないなら。教えてくれてありがとう、おばあちゃ、お婆様」


「・・・・・・ふぅん」


 ノエリアは目を細める。その瞳の奥には、計り知れないものが眠っている気がした。


「じゃあ、また来るかもしれないね。あんたがならなければ、だけど」


 そう言って、ノエリアはゆっくり立ち上がる。

ベッドの脇を通り過ぎる時、彼女は唐突に立ち止まった。

 そして――


 何も言わず、俺の額に指を一本だけそっと触れた。

 驚いて反射的に身をこわばらせたが、彼女の指先はまるで羽のように軽く、温かかった。冷たさも力強さもない。ただ、そこに“意志”だけがあった。


 指はすぐに離れた。ほんの一瞬の出来事だった。

ノエリアは何も言わず、何も残さず、そのまま扉の方へと向かう。

けれど、扉を開ける直前で、一度だけ振り返った。


「忘れないで。あんたが気づいていないだけで、世界はあんたの中を覗いている。・・・・・・時々だけどね」


 そして静かに、彼女は去っていった。


     * * *


 ……静かだ。

でも、さっきまでとは何かが違う。

寝返りを打とうとしたとき、その“違い”がはっきりと分かった。

身体が、軽い。

肩も、腰も、指の先も、動きにひっかかりがない。あれだけ重かったはずの腕が、するすると持ち上がる。痛みも、怠さも、どこかへ消えていた。


 ――まさか。

俺は思わず、さっきの指先の感触を思い出す。

あれはただのタッチじゃなかった。確かに何かが流れ込んできたような、芯の部分が温かくなったような……そんな感覚。

 でも、あの婆ちゃんは、何も言わなかった。呪文も詠唱もなかった。ただ、額に指を置いただけ。


「……なんなんだよ、あのおばあちゃん……」


 息を吐くように呟いた声が、静かな部屋にひとりでに消えていった。

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