第7話『落下』に見せかけるために、どのような『技術』を用いたのか
(続き)
警察官の追及は、おれの「無関心」な日常を、まるで犯罪者のアリバイ工作のように分析し、そこに「彼女に振られたから」という、全く身に覚えのない動機を無理やりこじつけようとしていた。
「君が、彼女の『飛び降り』を『落下』と偽り、お姫様抱っこで受け止めたのは、彼女への未練、あるいは逆恨みから、世間を欺こうとしたのではないかね?」
…逆恨み?
未練?
おれは、もはや、この警察官が一体何を言っているのか、理解の範疇を超え始めていた。
「隠蔽」だとか、「世間を欺く」だとか、まるで探偵ドラマかクライムサスペンスのシナリオだ。
しかし、現実は、もっとシンプルで、もっと理不尽だった。
「いや、だから!違うって言ってるだろ!」
おれは、力なく、しかし断固として反論した。両腕の鈍い痛みが、その言葉に力を与える。
「俺が、あそこにいたのは、あの女性を助けるため。それだけだ!それ以上でも、それ以下でもない!」
「それだけ、と?」
警察官は、おれの言葉を、まるで面白がるかのように繰り返した。
「君のその『それだけ』という言葉に、我々はどうしても納得できないのだよ。普通、そんな危険な行為に、誰かを助けるため、と『それだけ』で手を出す人間は、そうはいない」
「俺が普通じゃないって言いたいのか?」
「いや、君が普通かどうかは、今はどうでもいい。問題は、君の行動とその『動機』の不自然さだ。彼女は君に振られた、と証言している。君は、それを否定している。だが、君は、彼女が落ちてくるのを、まるで予期していたかのように、そして、彼女の『飛び降り』を『落下』に見せかけるかのように、見事に受け止めた。この一連の行動は、どう見ても、単なる『偶然』や『善意』だけでは片付けられない」
警察官の言葉は、まるで、おれの人生そのものを否定するかのように響いた。
無関心で、誰にも関わらず、ただ静かに生きてきた。
それが、どうして、こんなにも複雑な「事件」に巻き込まれてしまったのか。
「…でも、俺は、彼女の『飛び降り』を隠蔽しようとしたわけでも、世間を欺こうとしたわけでもない。ただ、あんな高さから人が落ちてきたら、誰だって、助けようとするんじゃないのか?」
おれは、もはや、この状況の理不尽さに、諦めにも似た感情を抱き始めていた。
「俺は、ただ、目の前で起きた、悲劇を、止めようとしただけだ。それ以上でも、それ以下でもない。それが、俺の『理由』だ!」
「『ただ、止めようとした』、か」
警察官は、おれをじっと見つめ、ゆっくりと、しかし有無を言わせぬ口調で続けた。
「分かった。君のその『開き直り』、あるいは『揺るぎない信念』とやらを、我々も尊重しよう。だが、残念ながら、君の証言は、彼女の証言と、あまりにも食い違っている。このままでは、君の証言を、そのまま信じることはできない」
「だから、彼女に…」
「彼女にも、もちろん、さらに詳しく話を聞く。だが、君の『動機』を、君自身の口から、もっと明確に説明してもらう必要がある。君が、なぜ、あれほどまでに、彼女を『救う』ことに固執したのか。その『本当の理由』を、君は、まだ、我々に明かしていない」
警察官は、そう言いながら、おれの顔を、じっと見つめた。
その瞳には、もはや疑念だけでなく、ある種の「期待」のようなものさえ感じられた。
あたかも、おれが、まだ隠している「秘密」を、いつか白状するのではないかと、そう期待しているかのようだ。
おれは、もはや、反論する気力も失っていた。
彼女に振られた?
世間を欺こうとした?
隠蔽工作?
そんなものは、一切ない。
ただ、あの時、あの交差点で、目の前に現れた「黒い影」を、無意識のうちに「止めたかった」。
それだけだ。
あれだけ、世間に無関心だったおれが、なぜ?
それは、おれ自身にも、まだ、理解できないことだった。
「…俺は、あれを助けるために、そこにいただけです」
おれは、もはや、開き直るしかなかった。
「それだけです。それ以上でも、それ以下でもありません」
両腕の激痛は、相変わらずおれを苦しめていたが、それよりも、この、どうしようもない「理不尽」な状況に、おれは、ただ、諦めにも似た、奇妙な清々しささえ感じ始めていた。
「…はい、もう、いいです。俺は、もう、帰ります」
おれは、立ち上がろうとした。
「待て」
警察官の声が、おれを制した。
「君が『帰る』前に、いくつか確認しておきたいことがある。例えば、君が、彼女の『飛び降り』を、それを装った『落下』に見せかけるために、どのような『技術』を用いたのか。そして、その『隠蔽工作』の『報酬』は何だったのか、だ」
…報酬?
おいおい、もう勘弁してくれよ。
おれは、もはや、この状況を、笑うことも、怒ることも、できる余裕さえ失っていた。
ただ、静かに、両腕の激痛に耐えながら、この、おかしな「芝居」の続きを見守るしかなかった。
(笑)
…もう、笑えねえよ。
ただ、この、わけのわからない状況に、放り出されている、自分自身に、乾いた笑いしか、こみ上げてこなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます