999回世界を救った伝説の魔法少女は、ただ野菜を育てたいだけなのに!~なぜか私の畑に世界の危機が集まってくる件~
もこもこ
第1話 伝説の魔法少女、野菜を作る
私の名前は星野セレス。999回世界を救った元・伝説の魔法少女。そして今は――
「よし、今日もトマトに水やりだ!」
長野県の限界集落で、ただの農業初心者として第二の人生を満喫している。
トマトの苗を見つめながら、私は深い満足のため息をついた。
「ふふっ、今日も元気に育ってるね」
朝日を浴びてキラキラと輝く葉っぱたち。その一枚一枚に話しかけるように、私はジョウロで水をあげていく。平和だ。これこそが、私が求めていた日常――
『セレスティア様! 大変です! 東京に次元の裂け目が!』
頭の中に響く懐かしい声に、私の手が止まった。
「……今、なんて?」
『ですから! 東京上空に巨大な次元の裂け目が出現して、そこから異形の怪物が! 他の魔法少女たちでは手に負えません! お願いです、戻ってきてください!』
私は肩を落とし、ジョウロを地面に置いた。長野県の山奥、花見村。人口三百人のこの限界集落に移住してから、まだ三日しか経っていない。
「ルナ、私は引退したって言ったよね?」
『で、でも! セレスティア様以外に誰が!』
ルナ。私のパートナーだった白い猫のような妖精。正確には、魔法少女システムの管理者の一人だ。十年前に私が引退宣言をした時、一番泣いたのは彼女だった。
「999回も世界を救ったんだから、もう十分でしょ? 1000回目は他の子たちに任せるよ」
『そんな! キリのいい1000回目こそ、セレスティア様が!』
「キリがいいから引退するんだってば」
振り返ると、築百年の古民家が朝日を受けて佇んでいた。三日前、ネットで見つけた空き家バンクの物件。「農地付き・即入居可」の文字に惹かれて、その日のうちに契約した。
二十三歳。魔法少女としては異例の年齢だ。普通は高校卒業と同時に力を失うのに、なぜか私だけは力が残り続けた。そして気がつけば、「伝説の魔法少女スターライト・セレスティア」なんて大層な二つ名で呼ばれるようになっていた。
『セレスティア様……お願いです……』
「ルナ」
私は振り返らずに言った。
「私はもう、セレスティアじゃない。星野セレス。ただの農業初心者だよ」
『星野って、適当すぎません!?』
「いいの。これからはトマトとキュウリとナスを育てて、のんびり暮らすんだから」
そう言って水やりを再開しようとした、その時。
ドゴォォォン!
轟音と共に、我が家の畑に何かが墜落した。土煙が舞い上がり、大切なトマトの苗が――
「私のトマトがああああ!」
慌てて駆け寄ると、そこには直径三メートルほどのクレーターができていた。そして、その中心には……
「ゲギャギャギャ! ここが地球か! 我が名はザ・グール! 次元の狭間より来たりし破壊の使者! この星を我が物に……って、あれ?」
紫色の肌に、触手のような髪。身長三メートルはある異形の怪物が、きょとんとした顔で私を見下ろしていた。
「ここ、東京じゃなくない?」
「長野県花見村ですけど」
「……マジで?」
怪物――ザ・グールは慌てたようにスマホらしき物体を取り出した。次元の怪物もスマホを使う時代なのか。
「あー、やっぱり! 座標間違えてる! 東京は南東に300キロだって!」
「そう。じゃあ、とっとと行ってくれる?」
「え?」
「私のトマトの苗、三本も潰れちゃったんだけど」
ザ・グールは、クレーターの底で無残に押し潰されたトマトの苗を見下ろした。
「あー……ごめん?」
「ごめんで済んだら魔法少女はいらないよね」
私は深呼吸をした。落ち着け、セレス。あなたはもう魔法少女じゃない。ただの農業初心者。暴力はいけない。話し合いで解決するんだ。
「弁償してくれる?」
「え?」
「トマトの苗、一本三百円。三本で九百円。あと、畑の修復費用が……そうだな、全部で五千円」
「ご、五千円!?」
「日本円持ってないなら、労働で返してもらってもいいよ」
ザ・グールは困惑した表情で私と潰れたトマトの苗を交互に見た。
「あの……俺、世界征服しに来たんだけど……」
「それは東京でやって。ここは花見村。私有地への不法侵入と器物損壊で訴えることもできるんだよ?」
「う……」
どうやら異次元の怪物にも、法律という概念はあるらしい。ザ・グールは観念したように肩を落とした。
「……何をすればいい?」
「まず、このクレーターを埋めて。それから、新しい苗を植える場所を耕して」
かくして、世界征服を目論んでいた次元の怪物は、クワを持って畑仕事をすることになった。
三時間後。
「はあ、はあ……こ、これでいいか?」
汗だくになったザ・グールが、きれいに整地された畑を前に膝をついていた。
「うん、上出来。はい、麦茶」
「……ありがとう」
縁側に腰を下ろした怪物に、冷えた麦茶を差し出す。ザ・グールは一気に飲み干すと、ふうっと息をついた。
「地球の……農業って……大変なんだな……」
「まあね。でも、楽しいよ」
「楽しい?」
「うん。種を蒔いて、水をやって、少しずつ育っていくのを見守る。そして最後に、美味しい野菜ができる。単純だけど、奥が深い」
ザ・グールは、整地したばかりの畑を眺めた。
「……俺の星には、もう土がないんだ」
「え?」
「戦争で、全部焼けちまった。だから、資源のある星を探して……」
異次元からの侵略者の、意外な事情。私は立ち上がると、納屋から新しいトマトの苗を持ってきた。
「一緒に植える?」
「……いいのか?」
「労働の対価だよ。それに……」
私は微笑んだ。
「野菜を育てる人に、悪い人はいないから」
その日の夕方。東京の次元の裂け目は、なぜか突然閉じたという。ザ・グールは「また来る」と言い残して帰っていった。手には、私が持たせたトマトの種の袋を大事そうに握りしめて。
翌朝。
私はいつものように畑に出た。昨日植え直したトマトの苗に水をやり、雑草を抜き、支柱を立てる。平和な朝。これこそが私の求めていた――
ズドォォォン!
「またかあああ!」
今度は、キュウリの苗の上に、銀色の鎧を着た何かが落ちてきた。
「我こそは魔界四天王が一人! 鋼鉄のバルディオス! 地上征服のため……って、ここどこ?」
私は深いため息をついた。
どうやら私の畑は、異世界からの来訪者にとって、格好の到着地点になってしまったらしい。
星野セレス、二十三歳。元・伝説の魔法少女。
田舎でのスローライフは、まだまだ遠そうだった。
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