第7話

 だが、あと一息というところで、魔獣が奇妙な動きを見せた。


「グルゥ……」

 今まで本能のままに暴れているように見えた魔獣が、ジェロードから離れる。

 そして、ブリジェットが身を潜めている柱に向かい、突進したのだ。


「なに?!」


 あっという間の出来事だった。

 ジェロードが慌てて魔獣を追いかける。

 目を凝らすと、ブリジェットの衣装から怪しい光が放たれていた。魔獣は明らかにそれに引き付けられている。


「ブリジェット!」

 ジェロードが呼びかける。

「その石を、投げ捨てろ!!!」


 それは、会場前でクラリーヌからブリジェットに無理やり押し付けられた宝石だ。

 ただの宝石ではない。

 魔獣を引き寄せ、彼女の命を危険に晒すためのものだったのだ。


 それを悟った瞬間、ジェロードの視界は怒りで赤く染まった。

 そして、魔獣がブリジェットに迫る光景に、ジェロードの心臓は凍りついた。


「ひっ……!」

 ブリジェットが震える手で石を掴み投げ捨てる。

 だが時すでに遅く、魔獣はブリジェットに体当たりをした後、宝石へと走った。


 ブリジェットの身体が投げ出され、壁に叩きつけられる。


「この、こいつ!!!」

 ジェロードは怒りと恐怖を乗り越え、渾身の力で魔獣に飛び掛かった。

 テーブルを持ち上げて力任せにたたきつけ、魔獣の頭部を粉砕する。


「ォオオオオオ……」

 魔獣は、短い断末魔を残してその場に沈んだ。


 シンと、一瞬会場が静まり返る。


 逃げ遅れた参加者たちが、呆然と魔獣の最後を見つめていた。


 そしてしばらく後、舞台袖の扉が開かれた。

「魔獣が出たということだな! さあ、第三王子フレディエが来たぞ! 騎士団よ、魔獣を狩れ!」


 意気揚々と命令を口にするフレディエだったが……。

 会場の参加者たちは、白けた目で遅れてやって来たフレディエを見た。

 あからさまにタイミングを見計らって登場した彼の姿は、自分がこの魔獣の騒ぎを起こした張本人だと語っているようなものだった。


 フレディエ王子は、魔獣を討伐した実績を作り、落ちた評判を上げようとするため。

 クラリーヌは、ブリジェットを弱らせて捕まえ再び伯爵家で働かせるため。


 この夜会を利用したのだ。


 この浅はかな計略は、周囲から冷ややかな視線を集めただけだ。

 参加者も、楽師も、王子が引きつれてきた騎士団員さえも、この茶番劇に呆れを通り越して憐れみさえ感じている様子だった。


「ブリジェット!」


 だが、会場でただ一人。

 ジェロードだけは、倒れたブリジェットを腕に抱きしめ絶叫した。


 彼の口から溢れたその叫びは、単なる名前の呼びかけではない。それは、彼女を失うかもしれないという絶望的な恐怖と、彼女への溢れんばかりの愛情の表れであった。

 その声は会場の喧騒を突き破り、集まったすべての者の心に、二人の間にある確かな絆を印象付けた。


 痛みの中、意識が朦朧とするブリジェットは、ジェロードの叫びをはっきりと聞く。彼の声は、これまでに感じたことのない、絶対的な安心感を彼女にもたらした。

 そしてブリジェットは、自分を抱きしめるジェロードの腕の中で、静かに意識を手放した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る