第6話 エルフの国からこっちへ丁稚 #03

ある初秋の午後、瑠花さんはいつものように掃除機を取り出した。ウィィィィィンという轟音と共に、彼女の腕が軽やかに滑り出す。窓の外は透明な色をしている。

 すると、その音と動きに、銀髪のエルフ、エリアスが驚きに目を見開いた。


「る、瑠花殿!その得体の知れぬ轟音は、一体…!」

エリアスは胸元の小さなお守りをぎゅっと握りしめ、半歩後ずさる。

「これは、悪霊を吸い込む器か!? その姿、まさしく邪神の顕現…!」


瑠花さんは、彼の真剣な表情に思わず吹き出した。「え? ただの掃除機だけど?」

「そうか…ただの、掃除機…」

エリアスはしばらくの間、呆然と立ち尽くしていたが、やがてその目に決意の光が宿る。


「では瑠花殿、我にもその…邪神退散の儀式を伝授してくだされ!」


瑠花さんは、ますます面白くなって笑った。

「儀式じゃないって。いいから、やってみてよ」

おそるおそる掃除機のハンドルを握るエリアス。彼はまず、その先端を床に押し当てる前に、静かに目を閉じ、何かを唱え始めた。

「大地の底より生まれし穢れよ、この聖なる吸引の渦に、魂ごと飲み込まれよ…!」

そして、ついにスイッチオン。再び鳴り響くウィィィィィンという音に、エリアスは「うおおお!」と雄叫びをあげながら、掃除機を前後させる。


すると、ヘッドが床を滑るたび、埃や髪の毛がみるみる吸い込まれていく。

その光景に、エリアスは感動で震えた。

「なんという強力な退魔の力!穢れたる罪が、瞬く間に清められていく…!」

彼は、ヘッドの動きをまるで剣舞のように優雅に操り始めた。

角を曲がるたびに「罪を裁く!」、ソファーの下に滑り込ませては「隠れし悪を暴く!」と、叫びながら掃除をするエリアス。


瑠花さんは、そんな彼を微笑ましく見守っていたが、やがてエリアスは掃除機のゴミパックのところに、顔を近づけて真剣な表情で語りかける。

「我が聖なる吸引の器よ……お前の中に集められた罪の残滓(ざんし)は、いつか光に還るであろう。それまで、我と共に戦うのだ!」

瑠花さんは、「ねえ、もうそろそろゴミ捨てていいかな?」と尋ねる。

「む…罪の残滓を捨てる!? 瑠花殿、それはあまりに危険な行為では…」


瑠花さんは、恐る恐るゴミパックを外すエリアスを横目に、慣れた手つきでゴミ袋に中身を移した。

舞い上がるホコリを見て、エリアスは悲痛な顔で叫んだ。

「ああ…罪の欠片が、再びこの世界に散らばってしまった…!」

瑠花さんが、「だから、ただのホコリだってば」と笑いながらゴミ袋をきゅっと結ぶと、エリアスは深々と頭を垂れ、その袋に向かって敬虔な祈りを捧げた。


「我が友よ…どうか、安らかに…!」



掃除機のコツ

 ゴミパックは、掃除機メーカーの指示の物を使いましょう。類似商品をうっかり買ってしまうと、掃除機に合わなかったりします(筆者はそれで失敗しました)。

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