1224文字 三つの大戦

 第三次世界大戦が終わって、僕に残ったのは、この体と、ぼろきれの服と、薄汚れた町だけだった。

 僕には考える頭さえ残っていない。もちろん頭部がないというわけではなく幸いにも五体満足のまま終戦を迎えたが、あの頃のような想像力も感動も思考力もなくして、ユーレイみたいにがれきの間をふらふらと歩き回る骨と皮ばかりの存在になり果てたということだ。


 何しろこの戦争を終わらせたのは僕だった。

 こんな小さな坊主にどうしてそんな力があるのか知らないが、僕のせいで戦争は終わってしまった。いや、おかげで、か。

 でも僕がもっと早く動いていれば、人類はこんなに荒廃しないでも済んだのに……。


 ヒーローには悲劇が必要だと人は言う。

 姉さんも死の間際にそう言った。

 僕以外の家族全員が家の下敷きになったとき、たった一人、即死でなかった姉さん。

 痛かっただろう、辛かっただろうに。

 どうして僕に言葉なんかかけてくれたんだろう。

 どうして僕はその言葉を聞いてしまったんだろう。


 事切れた姉さんの手首を握って、脈を測ろうとした。でもその腕はとても重たかった。

 僕は、僕は逃げた。

 もう、完全なものはこの世に何一つないと言っていい……。


 あれが、人の言う〝ヒーローの悲劇〟だったのだろう。


 世界中に核爆弾を落とし合って、安全な場所というものが全くなくなってしまった後で、ようやく人類はそのことに気がついたんだ。

 全く僕らはおろかだった。


 僕はどういうわけだか放射線の影響を受けなかった。危険区域を歩き回っても、黒い雨を浴びても、爆風にさえ、僕の体は決して害されなかった。

 不死身だなんて信じない。

 お隣のお医者さんがまだここにいたならば、きっとよく調べてくれて、僕を安心させてくれただろうに。


 あぁ、お腹がすいたよぅ。

 誰かごはんをくれないかなぁ。

 でも残念、ここには誰もいないんだ。

 ごはんなんて上等なものはここにはない。

 なんにも食べなくても生きている自分が憎らしい。


 ふらふらふらふら。

 もうぼろぼろの服は裂けて垂れ下がって邪魔なんだけど、素っ裸にだけはなれないのが僕のプライドの証のようで、逆に嬉しかったりする。

 ふらふらふらふら。

 空を見上げたって何もない。

 星のひとつ、青空の一片さえ見えやしない。


 今は昼? それとも夜?


 ふらふらふらふら。

 猫の幻影を見た。幻聴も聞いた。

 にゃぁお。リンリン。

 鈴の音を鳴らして、黒猫の影は地下室に入っていく。

 僕はそれを追うしかない。それしかやることがないんだもの。


 もしかしてもしかしたら、食べ物が手に入るかもしれないし。


 リンリン。

 リンリン。

 暗い暗い細道を、反響する鈴を頼りにふらふらふらふら。


 目が慣れる頃にたどり着いた小部屋のような場所。

 僕は目をみはった。

 だってピアノがあるんだもの。


 これは夢? それとも現実?


 戦争なんて嘘だって言ってるみたいに、ぴかぴかつるつるの黒い大きなピアノ。

 あぁ、姉さんを思い出すなぁ。

 僕ははだしでピアノに近寄る。

 あぁ、あぁ。


 がさがさの人差し指で鍵盤をひとつ押すと、音は出なかった。

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