1190文字 花束

 花束をあげよう。君に花束を。言葉の花束を。

 花束は枯れるからこそ美しい。君は買ってくるなりつやつやした包装紙をむいて、一本一本ばらしていくだろう。

 茎の根本をしばる黄色い輪ゴムはまるで見てはいけなかった秘密のようで、指をのばすときにドキドキしてしまう。けれどそれをはずして湿らされたガーゼを取らなければ花瓶には生けられないのだから少しの間だけ辛抱するんだよ。


 花をすっかりほどいてしまったならそれをガラスの花瓶にさそう。せっかくほどいたというのにまた一つに束ねるのは残念かもしれないが、前と後とでは見かけが同じだろうともう全く違うものになるのだから問題はない。

 頭をこすり合わせる色とりどりの花は世界中の恋人たちのようで、君はきっと机に頬杖をつきながらのほほんと見惚れることだろう。額と額をつき合わせて微笑み合う恋人たちは燦燦と注ぐ太陽の下で祝福される。

 海の水際はどこまでも透き通っていて、そこに一匹のヤドカリが線を引きずっていくのです。


 花びらのふちは引いては寄せる夏の波のようで、君はかつての海の家を思い起こすに違いない。

 キンキンに冷えたラムネを飲み干したときの喉のひりつくような爽快感は、今でも思い出せるよ。それからがじっとかじったスイカの、歯に当たる感触も。

 それで海に目を向けるぼんやりとした君の眼はとても綺麗。


 屋根はきっと熱すぎる日差しを浴びて頬を赤く上気させていることだろうね。ある冬の日、白い息を吐きながら赤くなっていた君のように。

 子どもの頃はよく怪獣ごっこをした。過去はいつだって美化されて、どんなに苦い記憶でも綺麗に掃除してイルミネーションで飾りつけられてしまうのだからまったく呆れたことだよ。


 クリスマスプレゼントを包む包装紙には特に気を配った。それで選んだ紙を台無しにしないように不器用な手で頑張って包んだんた。金色のシールを貼って全体を見渡した時の心持ちは決して忘れない。

 凛々と冷えきった冬という海の中を泳ぐように踊るように歩いて待ち合わせ場所に向かったあの夜。街灯やイルミネーションのせいで月や星はちっとも見えなかったが、きっとそれは君のことばかり考えていたせいでもあるんだろう。


 箱の中に生花を入れるのは可哀想だから、冬らしくドライフラワーにした。からからの花はいっそう愛おしくなる。

 おそろいの栞を初めてそろえて二人で肩よせ合って本を読んだとき。

 セーターとセーターが触れ合う感触はなんだかもふもふしていて胸がすっとした。


 春は花園。夏は海。秋は公園。冬は駅前広場で待ち合わせ。

 春の花をほらいっぱいに束ねて、秋の紅葉は今も二枚、透明な箱に閉じ込めて飾ってある。


 抱えた花束を君にあげるよ。丁寧に包装をむいて、二等分して墓前の花立に。

 水をあげよう。渋い緑色の線香の香りの中で手と手を合わせて、きっと部屋の花瓶に素敵に飾ってくれるよね。ハーバリウムにしてもいいんだよ。

 永遠に。

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