第13話 “寝取り男の彼女”とペアアクセして浮かれてる俺、終わってないか?


 文化祭一日目。

 体育館から音楽が漏れ、各教室では二日目の準備に追われる声が響く中――俺は、廊下で詩乃と鉢合わせた。


「……直哉さん」


「よう、お嬢。文化祭の巡回ですか?」


「あの……少しだけ、お時間ありますか?」


 普段と同じ、落ち着いた声。でもその表情には、どこか迷いが滲んでいた。


「今日、……少しだけ、一緒に回っていただけないでしょうか?」


「え?」


 思わず聞き返した俺に、月森さんはほんの少しだけ目線を落とす。


「ちょっと、最近、少しだけ疲れてしまって……」


「……で、俺ってわけ?」


「でも、直哉さんとなら……

 ――ううん、直哉さんとだから、楽しく回れる気がしたんです」


 ……なんだよそれ。

 こっちはただの協力要員だったはずなんだけど、そんな風に言われたら――


「ああ、いいぞ。

 俺でリフレッシュできるなら、割とお得な存在だよな、俺」


 口元がつい緩んじまう。


「ありがとうございます…!」


 詩乃は、ほんの少しだけ肩の力が抜けたみたいに、ふっと笑ってみせた。


(……どうして、あんな顔で誘うんだよ)


 神崎がいる場所で、デートみたいな雰囲気になるのは避けたいはずなのに。

 あの微笑みは――


 ……あれ、どう見ても“素”の笑顔だったよな。

 気のせいってことにしたいのに、目が誤魔化せてなかった。


 そして俺たちは、自然と歩き出した。



 屋台やイベントブースでごった返す校内。

 なんか、こう、学校に文化祭の魔法かけたら、元のテンション全部吹っ飛んだって感じ。


「この校舎、けっこう変わりましたよね。いつの間にか装飾が増えてて」


「だな。昨日より、明らかに賑やかになってる気がする」


「ふふ、みんな本番に強いんですね」


 笑うその横顔は、まるで普通の文化祭デートをしてるみたいだった。


「……あのさ、神崎は?

 てっきり一緒に回るのかと……」


 聞いた俺に、詩乃は一瞬だけ動きを止めた。


「神崎さんは友達と回るって言ってました」


「へぇ……」


 思わず声のトーンが落ちた。


 あいつが、詩乃を置いて他の誰かと文化祭を回る――?


(……いや、それ、性格的におかしくないか?)


 妙にあっさりした話に、心のどこかが引っかかった。


 まるで、“詩乃を泳がせてる”ような――そんな意図すら感じてしまう。


 ……でも、今は詮索しても仕方ないな。



   ◇ ◇ ◇



「こ、これなんですか……?」


 校舎裏手の通路に設置された、妙に目立つ即席ブース。


「えーと……“シミュレーション告白体験ブース”? なんだそれ」


 雑なポップの下に、小さく注意書き。


「“くじで選ばれた台詞を、即興で相手に告白してください”って……」


「これ絶対、文芸部が遊びでやってるやつだろ!?

 なんで俺たち並んでんの!?」


 振り返ろうとしたとき、詩乃がほんの少しだけ裾をつまんだ。


「でも……せっかくだから、やってみませんか?」


 その目は、不安というより――ちょっとだけ、いたずらっぽい。


「え、ああ…わ、分かった……」


 つい、そう返事をしてしまうと、詩乃はそっと笑った。

 その笑顔に、心臓がまた一段と跳ねた。


 気づけば、俺たちはブースの中へ。

 中には、簡単な仕切りと、ガチャポンのようなくじ引き機。


「じゃあ……引きますね」


 詩乃が手を伸ばし、カプセルを一つ取り出す。


 カチャンと音を立てて落ちたそれを開けた彼女は、

 一瞬だけ目を見開き――そして、ゆっくりとこっちを見た。


「……え、と……」


 詩乃の声が、ほんのかすかに震えてる。


 それでも、ちゃんと前を向いて、俺の目を見て――言った。


「“今日は……文化祭、一緒に回れて楽しいです”」


 ……ズルい。


 普通の言葉のはずなのに、あの声と、あの目線で言われたら――


「……理性、ギリギリなんですが?」


「わ、私も……です……」


 詩乃は顔を赤らめながら、ふっと目をそらした。


「……でも、こういうの、久しぶりかもしれません」


「え、何が?」


「……誰かと、楽しいって思える時間が」


 その笑顔が、いつもより、ほんの少し――素に見えた。



   ◇ ◇ ◇



「さっきのアクセサリー作り体験、意外と楽しかったな」


「そうですね。

 私、初めてでしたが、またやりたくなりました」


 すると、詩乃が紙袋に手を入れた。

 中身は――ビーズでできたブレスレット。


「ほんとに詩乃が作ったブレスレット、奇麗だな。

 ビーズの安っぽさが感じられないし。

 詩乃はこういうのに興味あるのか?」


「いえ。たぶん、私じゃなくて……

 “今の私“には、必要な気がしたんです」


 その一言に、ちくりと胸が痛んだ。


 詩乃が、今この時間に縋っているのが分かったから。

 だから俺も――ほんの思いつきで、言ってみた。


「俺からも一本やるよ。お揃いのやつ」


「……本当に?」


「ダメか?」


「――いいえ」


 詩乃はアクセサリーを付けると、


「これで……お揃いですね……」


 少しだけ、照れくさそうに笑った。


 その笑顔が、なぜか、さっき食べたクレープよりも甘くて――

 目を逸らしたくなるほど、まっすぐだった。


 (……いや、もうマジでやばい)


 なんなんだよ、この空気。


 まさか、この場で詩乃がアクセサリーを付けると思わず、

 ペアアクセになってしまった。


 他人の彼女とペアアクセとか、常識的に考えてアウトだろ……


 でも、詩乃は――そのアウトのギリギリを、まるで狙うように嬉しそうに笑ってる。


 その時。

 詩乃のポケットで、スマホが震えた。


「………」


 彼女はそっとスマホを取り出し、ちらりと画面を覗く。


 そこに映っていた名前を、俺は偶然見てしまった。


 ――『神崎光』。


 その下に並んだ通知は、『7件』


 詩乃は、ただ一度、親指を止めかけて――そっと、スマホをしまった。


 表情は変わらない。笑顔のまま――だったはずなのに、

 ほんの一瞬、瞳の奥に何かが差した気がして、俺は息をのんだ。


(――やっぱり、彼氏持ちなんだよな)


「……浮かれてるの、私だけじゃなくて、ちょっと安心しました」


「いや、俺は全然浮かれてないけど?

 口角が勝手に上がってるだけで、無意識反応で」


「……ふふ。そういうの、浮かれてるって言うんです」


 その笑い声が、俺の心のどこかを、ゆるく締めつけた。


 でもその直後――ふと、詩乃の笑みが揺らいだ。


「……でも、こんな時間、ズルいですよね」


 ぽつりと、独り言のようにこぼされたその言葉は、

 誰に向けたわけでもなかったけど、俺の胸に引っかかった。



(……なんだろうな。こうして2人で回るの、悪くない)


 でも同時に、思ってしまう。


(……でも、彼氏持ちだろ?)


 それなのに、一緒にいると嬉しいって思ってしまう自分がいて。


(……これって浮気じゃないのか?)


 過去2回のデートは、あくまでアリバイ作りのためのデートだった。

 体育祭の準備の雨宿りや停電は偶然だった。


 でも今日は――文化祭とはいえ、完全に素のままで一緒に歩いて、楽しんでいる。


 いくら神崎が人の女を寝取るクソ野郎だとしても、

 同じことをしたら、俺もあいつと同類だ。


 ……それだけは、どうしても嫌だった。


 それに、神崎は俺に、“これ以上、詩乃と仲良くするな“と圧をかけてきた。

 俺とこうしていて、一番困らせてしまうのは詩乃なんじゃ……


 ……詩乃は、どう思ってるんだろうか?


 ――次の場所で、俺とこんな関係――

 浮気みたいな事を続けていいのか、詩乃にも聞くか……。



 ――てかこれ、現代文で読解問題出されたら絶対間違えるやつ!

 “月森詩乃の気持ちを答えよ”とか無理だろこんなん!













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