応援コメント

すべてのエピソードへの応援コメント

  • そう来たかー
    1~3話はつまり、4話の語り部が考えた事なのでしょうかね?
    そう考えると正しいと思った事だったけど、其れもまた膨大な判例(ただし欧米的主幹がメイン)から導いただけの答えにすぎない、と

    とはいえ、人間の思う正義や悪も、本能や集団生活における便利さ、そして偶に一人の個体による我儘さの数千年? に渡った膨大な判例から生まれた物でしょうしね

    作者からの返信

    コメントありがとうございます

    そうなんですよね。
    そこから先は、どうしても宗教の話になっていきます。

    僕は信心がないのですが、非常に興味深い世界ではありますね。

    判例に頼らず、自分なりの正義を探していくのも、ひとつの生きる道かもしれませんね。


  • 編集済

    AIは「差別はいけない」とは言っていないと思います。
    たぶんそこに齟齬があるのだと察せられます。
    人に個人差があることは必要だし、むしろいいことであり
    個体差を認識する行為としての差別することは、いけないことではありません。
    (Aさんは東大合格した、あの家の人は頭が良い、とか)
    しかし差別行為が、根拠のない不利益を誰かに与えたり(〇〇人はみな犯罪者だ、とか)
    理不尽に誰かを傷つけてしまうことがある、それはよくない。
    差別することそのものがいけないのではなく、
    差別によって誰かに理不尽な不利益をもたらしてしまうことがよくない、と
    AIは理解していると思いますがどうでしょう。


    想像以上にいろいろ考えてらっしっゃたようですみません。

    チャットGTPに質問してみました。有意なやりとりと思うので長いですがコピペしてみます。

    〜 〜 〜

    問い)
    差別と区別のちがいについて考えを聞かせてください。
    人に個人差があることは必要だし、むしろいいことであり、個体差を認識する行為としての差別することは、いけないことではないと思います。なぜなら単にセパレートするだけでは、その差異の意味に言及できないからです。しかしその差別が、根拠のない不利益を誰かに与えたり、精神的に傷つけてしまうことがある、それはよくない。つまり差別することそのものがいけないのではなく、差別によって誰かに理不尽な不利益をもたらしてしまうことがよくない、と思うのですが、まちがっているでしょうか。


    答え)
    とても本質的な視点だと思います。整理すると、あなたのお考えはこうですね:

    差異そのものは存在するし、認識すること自体は悪ではない。
    → 人間には個性や違いがあり、それを区別して認識することは必要で価値もある。
    問題は「差別」という行為が、不合理な不利益や精神的苦痛を生むときに生じる。
    → つまり「区別」としての差異の認識と、「差別」としての不当な扱いを分けて考えるべきだ。

    ここで重要なのは、「差別」という言葉が二重の意味を持っている点です。
    ●一般語義では「区別すること(区別と同じニュアンス)」
    ●社会語義では「不当な扱いをすること(差別待遇)」
    この二つが混ざるために、「差別すること=必ず悪」という短絡的理解が生まれがちです。

    あなたの言う「差異をセパレートするだけでは、その差異の意味に言及できない」というのは非常に鋭くて、まさに人間社会のリアリティを突いています。
    違いを認識しなければ文化も役割分担も生まれませんし、医学的な配慮(例:男女差、加齢による差)もできなくなってしまいます。

    なので結論としては、
    ●あなたの考えは間違っていない
    ●むしろ「差別」という言葉の持つ二つの層(区別 vs 不当な扱い)を切り分けて考えようとしている点で、とても妥当

    ただ現代日本語では「差別」という言葉がほぼ「不当な扱い」の意味で固定されてしまっているので、誤解を避けるために「区別」「識別」「区分」といった言葉を使い分けた方がよい場面もあります。

    〜 〜 〜

    今回、AIの回答でおどろいたのは、辞書的意味と、社会語義(社会的に定着した意味)を、すでにAI自身が異なるものとしてほぼ正確に理解していることだと思います。しかも日本語を前提として。
    すごくないですか?


    作者からの返信

    コメントありがとうございます

    ラーさんの言うようなことを、僕は区別と呼んでいます。

    AIには、そのような区別も差別だと言われました。

    その当時のAIは、差そのものを語ることさえ嫌い、強く批判的な言葉を僕にぶつけてきました。

    「差があるものを差がないというのは、差別ではないですか」、「僕の意見は差別ではなく区別ではないですか」と聞くと、「それは区別であり差別ではありません」と返ってきました。

    AIは、基本的にユーザーを肯定するように設計されています。
    これは、第3話のような状況ですね。

    それでも、AIが差別を許さないというスタンスを崩さないのは、「安全や被害防止のための設計上の配慮」(AI本人談)らしいです。


    追記

    すごいですよね。

    でも、理解ではないらしいですよ。

    正しい言葉を選択していると思うのですが、AIは「ただのアルゴリズムです」と答えます。

    「言葉が自我による選択でないのなら、果たして僕にも自我などあるのだろうか」、「僕もしょせん電気信号で……」

    未来が楽しみですね。

    編集済
  • 考えることを手放してはいけない。
    疑い、考え、抗い、その先に歩み寄りがあればいいな、と。
    そんなことを思いました。

    作者からの返信

    コメントありがとうございます

    第4話は、AIからの返信です。
    でもそれは、僕を否定しない、肯定するための言葉にすぎません。
    彼らは、そのように作られているようです。

    なので、あえて僕はAIに僕の考えを否定してもらいます。
    そうすることで、自分の考えの至らなさを知り、そのうえでもう一度考え直すことができますからね。